もう時期は八月に突入していて、少し外に出て歩くだけでも汗がダラダラと止まらなくなる。
 もう夏休みの半分が終わってしまったと思うと時の流れは早く感じる。
 藤間くんと、お父さんのお墓へ一緒に行ってみた。だけど藤間くんは涙一粒流さなかった。私と一緒だったから、強がっているのかもしれないけれど。
 今日は雪花ちゃんと風穂ちゃんが恋の近状を聞きたいというので、私の家に招待した。いわゆる女子会だ。
 部屋の片付けをしながら準備していると、家のインターホンが鳴った。

 「お邪魔します! 美雨、これお母さんから」

 「美雨ちゃん、どうぞ。良かったら食べてね」

 「わぁ、ありがとう」

 雪花ちゃんからは可愛らしい花形のクッキー、風穂ちゃんからはお母さん特製のカレーライスを差し入れで貰った。
 記憶喪失になる前は分からないけれど、記憶を失ってから友達を家に招き入れるなんて初めてだから、何だかドキドキしてしまう。
 今日が楽しみで仕方なかったけれど。

 「あっ、せつかちゃん、かほちゃん!」

 「美空ちゃん、久しぶりっ」

 「美雨ちゃん、相変わらず可愛いね、妹さん」

 私は少し照れながらありがとう、と答えた。
 美空ちゃんは花のように明るくて、目が大きくて、お人形みたいな感じ。私くらいの年になったときは美人なんだろうな……。
 人懐っこくて、もう二人とも仲が良い。さすが子供ってすごいなと感心する。

 「じゃあ雪花ちゃん、風穂ちゃん。私の部屋でも大丈夫かな」

 「えぇ、美空もふたりと遊びたい……!」

 「うーん、でも、今日はなぁ」

 なんたって、二人は私の恋愛話を聞きに来た訳だし。
 もちろん他の話もするけれど、美空ちゃんは私たちの話についていけないと思う。
 それで泣き出しちゃったら、二人も困惑しちゃうだろう。今日は両親とも仕事で家にいないし。
 そう考えていたら、雪花ちゃんと風穂ちゃんは笑みを浮かべた。

 「いいよいいよー、美雨は私たちに気遣ってくれてるんだよね?」

 「それだったら気にしないで。私たち、美空ちゃんとも仲良くなりたいし。大丈夫だよ」

 「ね、お姉ちゃん、お願いっ」

 三人の圧に押されて、私は頷くしかなかった。


 雪花ちゃんと風穂ちゃんを部屋に招待すると、二人は目を丸くして私の部屋を見渡していた。

 「美雨の部屋、すごいね」

 「なんていうか、透明で、片付いてて綺麗……」

 「そんなことないよ、ありがとう。綺麗っていうより何もないってだけだよ」

 本当に何もない部屋だ。
 勉強机と、ソファと、ベッドと――という、普通の家具しか置いていない。
 こんな部屋で暮らしていて楽しいのかっていうくらい何もないから。
 でも私はこの自分の部屋が好き。落ち着いた気分になれるし、一人でまったりする時間に浸れるから。

 「で、美雨ちゃん。聞かせて、藤間さんとのこと」

 「どうー? いい感じ?」

 うっ、いざ聞かれると何だか恥ずかしくて、答えにくい。
 何から言えばいいのか分からなくてとりあえず、二人で映画やカフェに行ったことを話した。告白して、まだ付き合っていなかった頃だけど。
 すると二人は近所にも響くくらいきゃーっ、という叫びを上げた。

 「何の映画観たの!?」

 「ゾ、ゾンビ映画」

 「えぇ、なにそれ、ホラー映画じゃん。デートにしては重いなぁ」

 確かに私も最初は、デートでホラー映画を観るものなのか、と不思議に思った。というか、本当は苦手だから観たくなかったし。
 でもそのホラー映画を観たおかげで、嬉しいこともあったから結果良かったんだ。

 「でもね、私が怖がってたら、手を握ってくれたの」

 今度は、声にならない叫びを上げた。
 何だか嬉しさと驚きで、笑ってしまう。

 「えぇっ!? 藤間さんが!?」

 「なにそれ、大胆!」

 「もう、美雨ちゃん、恋人繋ぎすれば良かったのに」

 「だよねだよね。美雨、もったいないなぁ」

 あのときは緊張でいっぱいで、恋人繋ぎなんて発想がなかった。付き合ってないのに、恋人繋ぎなんかしても良かったのかな。
 でも確かに、いつかは藤間くんと恋人繋ぎしてみたいなぁ、と思った。
 そして夏休みに色々なところに行こうと約束したこと、電話も何回かしたこと、ハグをしたことを恥ずかしさ混じりで話した。

 「ねぇ、美雨!」

 「な、なに?」

 「ズルいぞ、リア充!」

 リア充というのは、現実が充実しているという意味。最近は恋愛面で充実している、つまり彼氏や彼女がいる人に使う言葉だ。
 雪花ちゃんだけでなく、風穂ちゃんも頬を膨らませた。

 「いいなぁ。私も恋人、欲しいなぁ」

 そうだ。前に私が藤間くんのことを相談したときに少しだけ話を聞いたけれど、風穂ちゃんは好きな人が転校しちゃったんだっけ。
 何だかそれも切ない話だなぁと思う。仮に藤間くんが転校してしまったら、遠距離恋愛になってしまう。会う頻度が今よりも少なくなるのは、とても耐えられないかも。

 「風穂、それいつの話? 小学校のとき、転校しちゃった子なんていたっけ?」

 「へっ!? えっと、よ、幼稚園の話だよ」

 「二人は、小学校のときからの親友なの?」

 「そうだよ。私たちは家が近くて、すぐ仲良くなったの。あいにく私は保育園で風穂は幼稚園だったから、幼馴染じゃないんだけどね」

 そうか。家が近所だと、幼馴染という可能性もあるんだ。
 もしかしたら藤間くんと幼馴染かも、なんて思ったけれど、お母さんたちは藤間くんと面識がなかったから、きっとその可能性は低い。
 でも家が近いということは、小学校と中学校は一緒だったのだろうか。思い出そうとするけれど、到底無理だった。

 「お姉ちゃん」

 「うん? なに?」

 「お姉ちゃんは、素敵なしんゆうがいて、幸せだね!」

 「雪花ちゃんと風穂ちゃんは親友かもしれないけど、私は友達だよ。まだ仲良くなったばかりだもん」

 もちろん私も二人と親友になりたい。でもきっと雪花ちゃんと風穂ちゃん、今まではずっと二人きりでいたんだ。
 なのに急に私が割って入るとなると、何だか申し訳なくなってしまう。
 だから私はこのままでいい。二人と友達という関係になれて嬉しいから。
 だけど雪花ちゃんと風穂ちゃんは、首を横に振って笑顔で応えた。

 「ひどいなぁ、美雨。ずっと、私たちのことを親友だと思ってくれてなかったわけ?」

 「……え?」

 「美雨ちゃん。もう私たちは、親友だよ」

 「雪花ちゃん。風穂ちゃん……」

 私が勝手に身を引いていただけで、二人は私のことを『友達』じゃなく『親友』だと思ってくれていたんだ。
 舞い上がりそうなほどの嬉しさが胸に広がった。

 「ありがとう。大好き、二人とも」

 私の親友はもう、隣にいてくれた。
 思えば私が今記憶喪失のなか毎日を頑張れているのは、二人と出会えたから。
 これからもきっと支えてもらうばかりだと思うけれど、親友という関係を大切にしようと心に決めた。