明るく日差しのよい朝。わずか数日だけどもう慣れた病室で体を起こす。今日は退院日だ。
同じ部屋の人はご年配だけど優しい方ばかりで、すごくお世話になった。
「美雨ちゃん、元気でね」
「また遊びに来てちょうだい。美雨ちゃんがいなくなって、寂しくなるわねぇ」
「はい、ありがとうございます! もちろんです」
藤間くんたちがお見舞いに来てくれたときも、おばあさんたちは元気で、とても楽しそうにしていた。
でもこの元気なおばあさんたちもどこかしら悪くて入院しているんだ。そう考えると、途端に胸が苦しくなる。
私は笑顔で病室を出た。
「あっ、美雨さん。おはよう」
「トウマ先生、おはようございます」
トウマ先生にも久しぶりに会ったのだけれど、やっぱり綺麗で憧れる。メイクはナチュラルで髪もストレートで素敵だ。
退院したらまた会える日が少なくなってしまうと思うと、それも悲しい。
「どうかな、体調のほうは」
「大分、というより、ものすごく元気です。頭が痛くなるのは、どうしてなんだろう」
「もしかしたら、記憶の欠片かもね。何か美雨さんの記憶に関係あるときに、頭痛が起きてしまうのかも。またなったら、すぐここに来てね」
「はい!」
ありがとうございました、と言って受付のホールで座っているお母さんたちのもとへ駆けていった。
今日から夏休みだから、もう学校には行かなくていいと思うと気が楽だ。真田さんに会わなくて済むから。
真田さんだってきっと悪い人じゃないと思う。それは分かっているけれど、何となく怖い気がしてしまうんだ。
「お姉ちゃん、寂しかったよ」
「美空ちゃん、心配かけてごめんね。これからは家にいられるから、いっぱいお話しよう」
「うん!」
お姉ちゃん大好きと言う美空ちゃんの笑顔が、とても可愛いと思った。やっぱり小さい子と会うと癒されるなぁ。
お母さんとお父さんも、すごく心配してくれた。私が救急車で運ばれたと知ったとき、本当に焦ったらしい。
想像すると少し笑ってしまう。でもそれだけ私のことを想ってくれて、嬉しいんだ。
「そういえば、美雨が倒れたとき救急車を呼んでくれたのは、誰なんだ?」
「えっ」
「後からお母さんに聞いたけど、美雨が出かけるって珍しいから」
――お母さん、なんでバラしたの!
お母さんのほうを見ると、ごめんと口パクで伝えようとしているのが分かった。
どうしよう。お父さんになんて言おう。あのときは藤間くんと「友達」だったけれど、今は「彼氏」だし……。嘘は吐きたくないし……。
そう考えていると、美空ちゃんが嬉しそうに言った。
「せつかちゃんと、かほちゃんでしょ!?」
「へっ?」
どうして美空ちゃんが二人を知っているのだろうと疑問に思いながらも、話を聞いた。
「美空、お姉ちゃんのお見舞いに行ったときに、せつかちゃんとかほちゃんとお友達になったんだ。お姉ちゃんのお友達は美空のお友達だもん! ねぇねぇ、そうでしょ?」
「う、うん、そうなの! お父さん、雪花ちゃんと風穂ちゃんっていうクラスメイトがいてね。その二人、なんだよ……っ」
嘘を吐いてしまったことの罪悪感が一気に胸にズキッと来る。
お父さんはなるほど、と言いながら頷いていた。信じ込んでいることに、余計に罪悪感が湧く。
「じゃあ、その二人にお礼を言わないとな。美雨の、娘の命の恩人なんだから。家知ってるか?」
「えぇっ、そ、そうだね。でも私家知らないからさぁ……」
「連絡先は? せめて電話でも、お礼を言わせてくれ」
どうしよう、と思いながら素直にスマートフォンを取り出して、私たち三人のグループチャットを探す。
こうなれば、二人に演技してもらうしかない。もしくは私がもう真実を話すしかない。
そう考えていたとき、「あれ?」という声が後ろから聞こえた。
「綾瀬、もう退院したの?」
「とっ、藤間くん!?」
「なに、そんなにびっくりして」
本人が現れちゃったんですけど。なんてピンチな状況なんだろう。
お母さんと美空ちゃんは誰だか分からないという顔で目をぱちくりさせている。だけどお父さんは、不思議そうな顔で見つめていた。
「どうして、ここに藤間くんが……?」
「え、だって綾瀬、今日退院日だろ? 家まで送ろうかなって思ってさ。でもそっか、ご家族で帰ったほうがいいね」
そう言って藤間くんは、本当に帰ろうとしてしまった。
どうしようか迷ったけれど、私よりも先に、お父さんが引き止めた。
「はじめまして、綾瀬美雨の父です。きみ、どこかで見たような気がするんだけど……名前は?」
「あっ、遅くなってすみません。藤間晴人といいます。以前、美雨さんが入院していたとき俺も入院してたので、そこでお会いしたかと。俺も記憶を失っているんです」
「お、お父さん、藤間くんだよ! 同じ学校で、同じクラスなの」
「あと、美雨さんとお付き合いさせていただいています」
――藤間くん、何で言っちゃうの〜!
私は心のなかでハラハラしていた。お父さんが藤間くんとのお付き合いを許してくれるかな、とか。
今は記憶を取り戻すことに専念しないといけないのに、恋愛をしてる場合じゃないと怒られるんじゃないかな、とか。
だけどお父さんは腕を組んで、納得したように頷いていた。
「美雨が記憶を失って一番そばにいてくれたのは、きみ……だよね」
「……そう、かもしれません」
「美雨も高校生だもんな。記憶喪失になって、同じ記憶喪失の子と付き合うなんて素敵じゃないか。ぜひ、娘を幸せにしてやってほしい」
「はい、もちろんです」
私はお父さんと藤間くんの言葉に、とても感動した。ドラマでよくこういうシーンを見る気がする。
娘の交際を許すお父さんと、幸せにすると誓う彼氏。ロマンチックで、憧れていた。
お母さんもちょっぴり涙を流しながら、私のことを抱きしめた。
「お母さんたちは美雨のこと、守ってあげられなかったから……。晴人くん、お願いしますね」
「美空も、はるとくんと遊びたい!」
感動だったとき、急に美空ちゃんが無邪気な声でそう言って、ドッと笑いが起こった。
もちろん、美空ちゃんは何で笑われているのか分からない様子だけれど。
「さ、行こ、綾瀬」
「……うん!」
退院して一日目。
眩しく輝く空に、楽しい日々が待っていますようにと願いを込めた。
同じ部屋の人はご年配だけど優しい方ばかりで、すごくお世話になった。
「美雨ちゃん、元気でね」
「また遊びに来てちょうだい。美雨ちゃんがいなくなって、寂しくなるわねぇ」
「はい、ありがとうございます! もちろんです」
藤間くんたちがお見舞いに来てくれたときも、おばあさんたちは元気で、とても楽しそうにしていた。
でもこの元気なおばあさんたちもどこかしら悪くて入院しているんだ。そう考えると、途端に胸が苦しくなる。
私は笑顔で病室を出た。
「あっ、美雨さん。おはよう」
「トウマ先生、おはようございます」
トウマ先生にも久しぶりに会ったのだけれど、やっぱり綺麗で憧れる。メイクはナチュラルで髪もストレートで素敵だ。
退院したらまた会える日が少なくなってしまうと思うと、それも悲しい。
「どうかな、体調のほうは」
「大分、というより、ものすごく元気です。頭が痛くなるのは、どうしてなんだろう」
「もしかしたら、記憶の欠片かもね。何か美雨さんの記憶に関係あるときに、頭痛が起きてしまうのかも。またなったら、すぐここに来てね」
「はい!」
ありがとうございました、と言って受付のホールで座っているお母さんたちのもとへ駆けていった。
今日から夏休みだから、もう学校には行かなくていいと思うと気が楽だ。真田さんに会わなくて済むから。
真田さんだってきっと悪い人じゃないと思う。それは分かっているけれど、何となく怖い気がしてしまうんだ。
「お姉ちゃん、寂しかったよ」
「美空ちゃん、心配かけてごめんね。これからは家にいられるから、いっぱいお話しよう」
「うん!」
お姉ちゃん大好きと言う美空ちゃんの笑顔が、とても可愛いと思った。やっぱり小さい子と会うと癒されるなぁ。
お母さんとお父さんも、すごく心配してくれた。私が救急車で運ばれたと知ったとき、本当に焦ったらしい。
想像すると少し笑ってしまう。でもそれだけ私のことを想ってくれて、嬉しいんだ。
「そういえば、美雨が倒れたとき救急車を呼んでくれたのは、誰なんだ?」
「えっ」
「後からお母さんに聞いたけど、美雨が出かけるって珍しいから」
――お母さん、なんでバラしたの!
お母さんのほうを見ると、ごめんと口パクで伝えようとしているのが分かった。
どうしよう。お父さんになんて言おう。あのときは藤間くんと「友達」だったけれど、今は「彼氏」だし……。嘘は吐きたくないし……。
そう考えていると、美空ちゃんが嬉しそうに言った。
「せつかちゃんと、かほちゃんでしょ!?」
「へっ?」
どうして美空ちゃんが二人を知っているのだろうと疑問に思いながらも、話を聞いた。
「美空、お姉ちゃんのお見舞いに行ったときに、せつかちゃんとかほちゃんとお友達になったんだ。お姉ちゃんのお友達は美空のお友達だもん! ねぇねぇ、そうでしょ?」
「う、うん、そうなの! お父さん、雪花ちゃんと風穂ちゃんっていうクラスメイトがいてね。その二人、なんだよ……っ」
嘘を吐いてしまったことの罪悪感が一気に胸にズキッと来る。
お父さんはなるほど、と言いながら頷いていた。信じ込んでいることに、余計に罪悪感が湧く。
「じゃあ、その二人にお礼を言わないとな。美雨の、娘の命の恩人なんだから。家知ってるか?」
「えぇっ、そ、そうだね。でも私家知らないからさぁ……」
「連絡先は? せめて電話でも、お礼を言わせてくれ」
どうしよう、と思いながら素直にスマートフォンを取り出して、私たち三人のグループチャットを探す。
こうなれば、二人に演技してもらうしかない。もしくは私がもう真実を話すしかない。
そう考えていたとき、「あれ?」という声が後ろから聞こえた。
「綾瀬、もう退院したの?」
「とっ、藤間くん!?」
「なに、そんなにびっくりして」
本人が現れちゃったんですけど。なんてピンチな状況なんだろう。
お母さんと美空ちゃんは誰だか分からないという顔で目をぱちくりさせている。だけどお父さんは、不思議そうな顔で見つめていた。
「どうして、ここに藤間くんが……?」
「え、だって綾瀬、今日退院日だろ? 家まで送ろうかなって思ってさ。でもそっか、ご家族で帰ったほうがいいね」
そう言って藤間くんは、本当に帰ろうとしてしまった。
どうしようか迷ったけれど、私よりも先に、お父さんが引き止めた。
「はじめまして、綾瀬美雨の父です。きみ、どこかで見たような気がするんだけど……名前は?」
「あっ、遅くなってすみません。藤間晴人といいます。以前、美雨さんが入院していたとき俺も入院してたので、そこでお会いしたかと。俺も記憶を失っているんです」
「お、お父さん、藤間くんだよ! 同じ学校で、同じクラスなの」
「あと、美雨さんとお付き合いさせていただいています」
――藤間くん、何で言っちゃうの〜!
私は心のなかでハラハラしていた。お父さんが藤間くんとのお付き合いを許してくれるかな、とか。
今は記憶を取り戻すことに専念しないといけないのに、恋愛をしてる場合じゃないと怒られるんじゃないかな、とか。
だけどお父さんは腕を組んで、納得したように頷いていた。
「美雨が記憶を失って一番そばにいてくれたのは、きみ……だよね」
「……そう、かもしれません」
「美雨も高校生だもんな。記憶喪失になって、同じ記憶喪失の子と付き合うなんて素敵じゃないか。ぜひ、娘を幸せにしてやってほしい」
「はい、もちろんです」
私はお父さんと藤間くんの言葉に、とても感動した。ドラマでよくこういうシーンを見る気がする。
娘の交際を許すお父さんと、幸せにすると誓う彼氏。ロマンチックで、憧れていた。
お母さんもちょっぴり涙を流しながら、私のことを抱きしめた。
「お母さんたちは美雨のこと、守ってあげられなかったから……。晴人くん、お願いしますね」
「美空も、はるとくんと遊びたい!」
感動だったとき、急に美空ちゃんが無邪気な声でそう言って、ドッと笑いが起こった。
もちろん、美空ちゃんは何で笑われているのか分からない様子だけれど。
「さ、行こ、綾瀬」
「……うん!」
退院して一日目。
眩しく輝く空に、楽しい日々が待っていますようにと願いを込めた。