藤間くんが手を握ってくれていたからか、映画はあっという間に終わった。
 映画の中盤は少しホラー要素が高かったけれど、目を開けていられるくらい安心できた。
 映画が終わってから藤間くんは手を離してしまったけれど、まだ握ってくれた左手だけがあたたかい。
 ――びっくりはしたけど、嬉しかったなぁ。

 「次はどうしようか」

 「藤間くんは行きたいところない?」

 「うーん、俺はどこでもいいよ。綾瀬が行きたいところがいいかな」

 そう言ってくれたので、私は近くのカフェに入った。
 雪花ちゃんと風穂ちゃんが言っていた、近くに可愛くてSNSサイトでバズっているカフェというのはここだ。
 お店には女子中高生やカップルが勢揃いだった。

 「わぁ、美味しそう。パフェが人気なんだって」

 「へぇ、そうなんだ」

 「藤間くんは甘いもの好き?」

 「好きだよ」

 好きだと答えられて、一瞬ドキッとしてしまった。甘いものが好きと言っているだけなのに、なんだか胸が破裂しそうなくらいドキドキする。
 私はいちごのパフェ、藤間くんはフルーツあんみつを選んだ。

 「カフェってあまり来たことなかったけど、内装もすごく可愛いんだね」

 「うん、そうだな」

 「また来たいなぁ」

 ――あっ。言ってから、しまったと思う。
 何気なく『また来たい』と言ってしまったけれど、このデートはただのお試しだ。まだ付き合っていないのに口にしてしまって、焦る。
 藤間くんは何も言わず、外を見つめた。

 「あ、あのさ、藤間くん。返事のことだけど――」

 「お待たせしました。いちごのパフェとフルーツあんみつでございます!」

 沈黙に耐えきれず、告白の返事を聞こうとしたとき、注文していたものが届いた。
 パフェは思っていたよりも量が多くて、キラキラと宝石みたいに輝いていて、とても美味しそう。

 「ありがとうございます!」

 「こちらこそ、ご来店ありがとうございます。ごゆっくりどうぞ」

 私が一言お礼を言うと、店員のお姉さんは太陽みたいな、眩しい笑顔を見せた。
 このカフェはすごい。お店だけではなく、働いている人たちまで可愛くて、輝いていて、本当に素敵だ。

 「いただきますっ」

 スプーンですくって、私は口に運ぶ。
 いちごとクリームの甘酸っぱさが口いっぱいに広がる。
 スポンジとコーンフレークの甘さも引き立っていて、バランスが取れていて美味しい。
 ――記憶を失ってから、初めて食べるパフェ。それは予想以上の美味しさだった。

 「藤間くん、パフェ一口いらない?」

 「大丈夫だよ。フルーツの気分だし」

 「あんまり好きじゃない……?」

 「いや、そういうことじゃないよ。……じゃあ、一口貰うよ」

 私は藤間くんのスプーンで、一口すくおうとしたとき。藤間くんは口を開いた。
 ――藤間くん、何をしているのかな。
 私は訳が分からずあたふたしていると、藤間くんは顔を赤くした。

 「えっ、な、なんで」

 「えっ? どうしたの、食べないの?」

 「た、食べるよ。でも綾瀬、食べさせてくれないの?」

 食べさせるとは、どういうことだろうか。
 藤間くんは、私が食べろって命令したと思っているってこと……?
 いやいや、そんなわけないよね。そんな勘違いするわけない。
 じゃあ、どういう意味だろう。

 「だ、だから、あーんとかしないのって、聞いてるんだけど……?」

 ――えっ!? あーん!?
 そういうことか、と納得する。全然思いつかなかった私が恥ずかしすぎる。
 でも、ということは。藤間くんは私からの“あーん”を期待してたということになる。
 もう何が何だかさっぱり分からなくなって、急いでパフェをすくったスプーンを、藤間くんの口のなかに突っ込む。

 「綾瀬、鈍感すぎる」

 パフェを一口食べ終わってから、藤間くんは笑いながらそう言った。
 藤間くんの照れている姿を見れて嬉しいと思っていたけれど、私が鈍感すぎることにとても恥ずかしくなる。
 ――でも、あーんできて嬉しかったな。
 そう考えていると、藤間くんがフルーツあんみつをスプーンいっぱいにして、私の口に入れてきた。

 「ん……!?」

 「さっきの仕返しだから」

 藤間くんのいたずら感が可愛すぎて仕方ない。やっぱり普段は大人っぽいけれど、子どもっぽいところもあるよね。
 付き合っていないのに、こんなにカップルがするようなことしていいのかな、って不安になるけれど。
 私たちはそれからも食事を楽しんで、カフェから出た。

 「はぁ、美味しかったね」

 「うん、そうだな」

 もう夕日が見えるほど、太陽が沈む夕方になってきた。午後待ち合わせだったから、時間が経つのが早く感じる。
 ――ううん、待ち合わせは関係ないよね。きっと藤間くんと過ごしていたから、時間が経つのが早く感じたんだ。

 「今日はありがとう、藤間くん」

 「こちらこそ。綾瀬が鈍感だってことを知ったよ」

 「もう、それいいって……!」

 私の家まで二人で歩いている最中、そんな他愛もない会話をしているけれど、私は心臓が飛び出そうなほどドキドキしていた。
 ……たぶんだけど、告白の返事が貰えるから。
 だけどなかなか、藤間くんは話を切り出してくれない。もしかして今日じゃないのかな。
 そんなことを考えていたけれど、藤間くんはふと立ち止まった。

 「どうしたの?」

 「……告白の、返事。しようと思って」

 「えっ」

 緊張で立っているのが困難なほど、ものすごく足が震える。
 成功したら、きっとこれからも楽しく過ごせる。藤間くんが私の彼氏になってくれて、毎日が輝いていると思う。
 でも、振られたら。私は立ち直れるのだろうか。藤間くんと友達関係に、戻れるよね……?
 緊張と不安に押しつぶされそうななか、藤間くんが口を開いた。

 「今日一日過ごしてみて、学校では分からない綾瀬の一面が分かった。苦手なものも相手に合わせてくれるところ、店員にちゃんとありがとうを言うところ、鈍感で可愛いところ」

 「……うん?」

 今、可愛いって言ってくれた気がするんだけど。
 それに、今日の私の行動のことを全部褒めてくれている。


 「俺で良ければ、付き合ってください」


 ――えっ?
 私、告白された? 藤間くんからいい返事を貰えた?
 状況が信じられず、言葉を発せない。頭のなかが真っ白になる。

 だけどその途端、頭がズキン、ズキンと傷んだ。病院に入院していた、あのときの頭の痛みと同じ。
 どうして、この痛みは起こるのだろう。よりによって、なんで藤間くんの隣にいるときに――。

 「いた……っ」

 「綾瀬? 綾瀬、どうした!?」

 段々と頭の痛みが強くなってきて、視界が真っ白になっていく。意識が遠のいていくのが分かる。
 ギリギリ意識があるとき、藤間くんの叫ぶ声が聞こえたけれど、そのまま私は目を閉じた。