意気込んだのはいいものの、どうやって恋愛って進めていくのだろう。
 恋愛経験ゼロ、これが初恋の私にはどうすればいいのか全く分からない。
 恋愛っていうのはゲームみたいなものだと思っている。片思いの間は一つ一つミッションをクリアして、最終的にゴールして両思い。
 だけどそのミッションがよく分からない。手を繋ぐとか、ハグをするとか、あるいはそれ以上――。
 でもそれは恋人がやること。片思い同士はやらないよね。

 「はぁぁ……どうしよう」

 「ため息ついたら幸せ逃げるよ?」

 いま頭のなかで考えていた人が――目の前に。
 藤間くんっていつも話す距離が近い気がするのだけれど。心臓に悪いから驚かすのやめてほしい……。

 「どうしたの、綾瀬。何か悩み事?」

 「……幸せってどういうことなのかなって。藤間くんにとっての幸せってなに?」

 「んー、自分の理想を叶えたときかな。例えば食べたいと思ったものを食べたときとか、好きなことをしてるときとか」

 「理想……」

 私の理想って、何があるのかな。
 夢なんてないし、好きなこともない。ただ、願っていることはある。
 記憶を取り戻したい。藤間くんへの恋を叶えたい。
 難しい理想だけど、この理想が叶ったとき“幸せ”だって思えるのかな。

 「綾瀬は、ちょっと難しく考えすぎてるんだよ」

 「難しく……?」

 「うん、たぶんだけどさ、何かを変えたくて行動しようと思ったときに大丈夫かな、とか不安になっちゃって結局動けずにいない? 思いのまま言葉にして、行動すればいいんだよ」

 思いのまま言葉にして、行動すればいい――。
 藤間くんのこの言葉が胸にズシン、と重く感じた気がする。
 全部藤間くんの言っていることは正しいと思う。私はきっと行動できずにいる。
 いまの私じゃ、藤間くんの恋も叶わずに、記憶も失ったままかもしれない。
 ――このままじゃ、嫌だ。

 「……とうま、くん」

 緊張と焦りで、体が震える。――気持ちを伝えるのって、こんなに怖いの?
 世の中のカップルってすごい。両思いという奇跡のなか、彼女か彼氏のどちらかが告白して、お付き合いしているんだ。
 私も一歩踏み出さないといけない。右手の拳をぎゅっと握りしめる。

 「私……っ、藤間くんのことが、好き、なの」

 やっと喉の奥から出すことができた声は、少し掠れていて。弱々しい告白をしてしまったことに後悔。
 “好き”という二文字を口にするのがとても勇気がいるとは思わなかった。
 藤間くんは目を丸くしていて、状況を呑み込めずにいるみたい。
 ドキドキ、ドクドク、と鼓動が早くなる。しーん、としている私たち二人きりの空間が、何だか気まずい。

 「……知らなかった、ごめん」

 え、と思わず声を出してしまう。いま藤間くん、ごめんって言ったよね。
 ――私、告白を断られた? 振られた?
 でもよく考えればそんなこと分かりきったことだ。私なんてそこら辺にいる、普通の女子高校生。
 アイドルやモデルみたいに可愛くないし、優しくもないし、ただ普通なだけ。おまけに記憶喪失にもなっている。
 こんなんじゃ、藤間くんに好きになってもらえるはずなかったんだ。
 グッと堪えていた涙が、少しずつポタポタと制服にこぼれ落ちる。

 「え、え、ごめん。綾瀬、泣かないで」

 「だって……っ、ごめんなさい、私。藤間くんのこと考えないで勝手に告白して……」

 「違うよ、綾瀬、よく聞いて」

 ――聞いて、って言われても無理だよ。
 この先の言葉は分かる。私とは付き合えないからごめん、と言うだけでしょう?
 そんなの聞きたくない。聞けない。私は必死に耳を塞いでいた。

 「俺、綾瀬のこと仲間としか考えてなくて。でもいま綾瀬に告白されて、びっくりした。……考えても、いいかな」

 「……えっ?」

 「俺と一回、デートしてほしい。そこから付き合うか考えたい。自分勝手でごめん、ダメかな」

 冗談言わないで、と言おうとしたけれど、私は口を閉じた。
 ――藤間くんの真剣な瞳で見つめられちゃ、何も言えないよ。
 私は黙ってこくん、と頷いた。

 「ありがとう。今週の日曜日、空けといて。また連絡するから」

 そう言って藤間くんは走って去ってしまった。
 つまり、私はまだチャンスがあるということだ。これは、藤間くんが気持ちの整理する期間。
 藤間くんとお付き合いする。これが、私の理想の一つ。叶わないと思っていたことだったけれど、もしかしたら――。
 私なんか無理かもしれない。でもチャンスがあるのだから前向きに生きようと決心した。
 藤間くんとのデート、緊張でたまらないけど、精一杯頑張ろうと思った。