休み明けの学校。藤間くんのことを好きだと自覚してから、初めて顔合わせする。
 昨晩はメッセージのやり取りもして、何だかドキドキしてよく眠ることができなかった。今もずっと緊張気味だし。
 ――こんなので、ちゃんと藤間くんと会話できるのかな。

 「綾瀬っ」

 「……う、うわぁぁっ!?」

 家を出て数分。肩をトントンとされ振り向くと、藤間くんがいた。
 肩をトントンとされたことよりも、藤間くんの顔の距離が近いことに私はすごく驚いてしまった。
 最悪の朝だ。変な声出してしまって恥ずかしい……。
 だけど藤間くんは気にせずクスクスと笑っている。

 「驚きすぎっ」

 いたずらっ子みたいな、ちょっとだけ憎たらしい笑顔。その笑顔を見て胸がドキドキする。
 距離が近すぎて、この心臓の音聞こえていないだろうか。そう考えると、また鼓動が早くなっていく気がする。

 「藤間くんって、もしかしていじわる?」

 「なんだよそれ。俺はいじわるじゃないよ」

 「本当かなぁ」

 他愛もない会話をしながら、このドキドキが伝わらないか心配になる。
 ――私、すぐに顔に出やすい気がするから、気をつけないとなぁ。

 「ていうかさ、綾瀬、なんでここにいるの? この前会ったときも思ったんだけどさ、綾瀬の家ってここらへんから近いの?」

 「うん、すぐそこだよ。藤間くんは?」

 「え、本当に? 俺もそこなんだけど」

 そうやって指差したのは、私の家から歩いて一分も満たないところだった。
 ――え? どういうこと?
 つまり、私の家と藤間くんの家は、とても近いところにあったということ。
 理解ができず、喉に言葉が詰まる。

 「……綾瀬ん家、近かったんだ」

 「う、うん」

 「じゃあなんだ、学校じゃなくても会えるじゃん、いつでも」

 藤間くんはそう言って、少し照れくさそうに微笑んだ。

 「どうせだし、これからも一緒に学校行こうよ。綾瀬が良ければ」

 「……えっ!? も、もちろん。私は全然、いいよ」

 心のなかで叫びを上げた。
 これからも、藤間くんと一緒に登校できる。待ち合わせとかしたり家のインターホン鳴らしたり……なんて、想像するだけで楽しい。
 最高の朝だなと実感した。

 二人で学校の近くまで来たとき、真田さんの姿があった。

 「晴人。……と、綾瀬?」

 「あっ、真田」

 真田さんにすごく睨まれているような気がする。きっと綾瀬って呼び捨てするくらいなのだから、私のこと嫌っているのかもしれない。
 ――これは私の憶測だけど。真田さん、たぶん藤間くんのことが好きなんじゃないかな。
 だからクラスのみんな、リーダーの真田さんが好きな相手だから藤間くんのことを“さん付け”で呼んでいるんだと思う。

 「なんで二人で登校してるの?」

 「俺たち家が近いから。たまたま今朝会って、な?」

 な? と聞かれて、私は首を縦に振るしかなかった。本当のことだけど、真田さんの睨む視線が怖くて。
 もしかして、私のことを恨んでいるのだろうか。藤間くんと一緒に学校へ来たから……。
 だけど真田さんは何も言わず、学校へ先に歩いて行った。
 何もされなくて良かった、とほっと一息つく。

 「大丈夫か、綾瀬」

 「へ? な、なんで?」

 「真田ってなんか雰囲気怖いし。いま綾瀬ビクビクしてたから、苦手なのかなって思ってさ」

 「ううん、ビクビクはしてないよ。……確かに、真田さんのこと苦手とは思ってるけど」

 正直、きっと関わることはないんだろうなぁ、と思う。私にはああいうリーダータイプ、合わないから。
 そんなことを考えていると、藤間くんは私の頭をぽんぽんと軽く叩いた。

 「何かあったら相談して」

 「……うん、ありがとう」

 藤間くんの優しさがすごく嬉しい。言葉でも行動でも伝えてくれて、本当に嬉しかった。
 ――やっぱり私、藤間くんのことが好きだ。


 「そっか、真田さんのこともあるのか……」

 私は雪花ちゃんと風穂ちゃんに、真田さんのことを相談したんだ。
 もしかしたら真田さんは藤間くんのことが好きなんじゃないか、って。そしたら二人はうんうん、と頷いてくれた。
 もしそうなら、私は今よりも更に真田さんに嫌われてしまうだろう。それが怖くてたまらないんだ。

 「確かに、美雨の言う通りかも。真田さん、藤間さんのこと好きだと思う……」

 「うん、そうだよね……」

 二人が申し訳なさそうにそう言う。
 きっと私のことを気遣ってくれているんだ。

 「私も思ってたんだ、真田さん、灼けに藤間くんのこと見てるなって。それに二人とも、藤間くんのこと“さん付け”で呼んでるよね。やっぱりそれが関係してる?」

 だけど二人は、初めて会ったときのような青ざめた表情をした。
 ――なんだろう。私、何か変なこと言っちゃったかな。

 「真田さんと藤間くんのことが関係してるんだと思ったんだけど……」

 「それは、なんていうか」

 「関係はあるんだけど。美雨ちゃんの、記憶のことで」

 私の記憶のことに関係がある……?
 藤間くんのことを“さん付け”で呼ぶ理由を聞いてしまうと、私が記憶を取り戻す可能性がある。だから二人は頑なに話してくれないのかもしれない。
 でも私は真実を知りたい。本当のことを知りたいのに。

 「話してほしいの。私、記憶を取り戻したいから」

 「……それは無理だよ。だって美雨ちゃんが傷ついちゃうかもしれないもん」

 「でも記憶を取り戻さないと、雪花ちゃんや風穂ちゃんに申し訳ない。もちろん藤間くんも、真田さんも、家族にも――自分にも。元の生活に戻らないとダメなんじゃないかなって、思うの」

 ありのままの気持ちを伝えるけれど、二人は俯いたまま、何も答えてくれなかった。
 ――どうしたら、伝わるんだろう。

 「……じゃあ、美雨。美雨の記憶を取り戻すことができたら、美雨はきっと藤間さんのことを好きじゃなくなると思う」

 「えっ」

 「それでも、本当にいいの? せっかく見つけた恋なのに、終わってしまうのは。本当に後悔しない?」

 どういう意味なのか分からなかった。
 私の記憶を取り戻すことができたら、藤間くんのことを好きではなくなってしまう。
 それは、嫌だ。私の記憶と藤間くんは何が関係あるのか分からないけれど、叶わないまま終わる恋は嫌だ。

 「私たち、美雨ちゃんの恋を心から応援したいの。だから……お願い。分かってほしい」

 「……うん、分かった。今は、藤間くんへの恋に専念する」

 今は、藤間くんへの恋を叶えることが優先。もちろん、叶うかは分からないけれど。
 そして自分の記憶も、絶対に取り戻すんだ。