校内全体が活気に溢れていた。あちらこちらから呼び込みや歓声、時にはお化け屋敷を催しているクラスからは悲鳴も聞こえてくる。
控え室に当てられた空き教室の中。廊下から響いてくる音をBGMにパンフレットを眺めていると、目の前に影が差した。
「何か気になんの?」
「ううん、面白いのないかなって」
顔を上げた先には、衣装に身を包んだ渡会が立っていた。装飾を身に付け、髪もスタイリングしてある。イケメンの力は凄まじいもので、「これから撮影です」と言われても、何の違和感も持たないくらいに輝いていた。それはうしろで準備している仲里と堀田と守崎も同様であった。
渡会は無言でジッと見つめる俺に微笑み、近くの椅子を引っ張って隣に腰を下ろした。体育館のステージプログラムを目で追う、彼の端正な横顔を見つめて口を開く。
「かっこいいね」
「ありがと」
「アイドルみたい」
「ははっ、なにそれ」
渡会が笑うと、耳に飾られたイヤーカフも小さく音を立てて揺れた。細かく模様が掘ってあるようで、揺れるたびにキラキラと光彩を放っている。
何のデザインかと顔を近づければ、フワッとほのかに甘い香りが鼻をくすぐった。
「あれ、もしかしてヘアオイル変えた?」
「えっ、あぁ……うん、変えた。前使ってたの買い足すの忘れたから、今日は違うやつ」
「そうなんだ」
「……こっちはあんま好きじゃない?」
「いや? 好きだよ」
もしかしたら、渡会が身に付けているからかもしれないけど。そう思いながら微笑めば、渡会は溶けるような笑みを返してきた。
「俺も好きだよ」
「……うん」
含みのある表情と言葉に耐えられず、顔をパンフレットに戻す。けれど、渡会が「可愛いね」と言いながら伏せて顔にかかった髪をすいてきたので、朱に染まった耳はバレてしまったかもしれない。
さらに恥ずかしくなり、彼の手をどけようとした。その時、廊下側の窓がスパンッと勢いよく開いた。
「日置くん〜お迎えですよ〜」
「受付ごっこのお時間でーす」
「イケメンたぶらかすのも、その辺にしなさ──」
スーッと静かに窓が閉まる。かと思えば、また勢いよく開け放たれた。
「あっぶね、次元間違えたかと思った」
「どこぞの楽屋だよココ」
「文化祭のついでに撮影でもすんの?」
俺と同じ感想を抱いた辻谷と猪野と水無瀬は、衣装に身を包んだ渡会たちをジロジロ見るなり妬ましい目を向けた。羨ましいのだろう、似合っているから。
腕時計を見ると、受付のシフト時間がすぐそこまで迫っていた。
「途中まで一緒に行く?」
「行く」
俺の問いかけに即答した渡会は、ガタッと音を立てて椅子から立ち上がった。
「仲里たちも一緒に行こ」
見えない尻尾を振る渡会に顔をほころばせ、うしろで準備していた三人にも声をかける。
「俺たちは〝行く?〟じゃなくて〝行こ〟なんだよな〜」
「選択権なくて泣ける」
「ま、空気にされないだけマシだわ」
不満を溢しつつも、仲里と堀田と守崎の三人は、スマホを片手に椅子から腰を上げた。なんだかんだ言いながらも優しい三人を横目に、今度は部活仲間に声をかける。
「お前らは先行ってる?」
俺の言葉に、三人は目をまんまると見開いた。
「え、何でだ。そこは〝一緒に行こう!〟だろ」
「呼びに来たの俺らなのに~!」
「ひどい! やっぱり日置はイケメン信者なんだ」
ブーブーとブーイングを飛ばす彼らは、何も分かっていない。
「いや、違くて。大丈夫なんかなって」
「「「は?」」」
ピタリと動きを止めた辻谷たちは、狐につままれたように俺の顔をポカンと見つめていた。
「……オーケー、オーケー、俺のライフゼロ」
「……俺はかろうじて残ってる」
「……あっ、俺は今、マイナス突破した」
背後から生気を抜かれた部活仲間の声が聞こえる。振り返ると、浦島太郎なみに一気に歳老いた表情の三人が歩いてくる。
いつだったか。三人合わせて戦闘力三十と言って、俺を合わせたら二十に下がった会話をした気がする。本当にそうなってしまったようだ。
(イケメンってすげー……)
改めて実感した。
控え室代わりの教室を出て、廊下を歩き始めた時は普通だった。しかし、徐々に対向者が左右に分かれた。まるでモーセの海割りのように。
特に女性陣は、通り過ぎてもずっと渡会たちを目で追っていた。たまに、男性の「……おぉ」と言う感嘆の声も耳に届いた。
目立っている。いつも以上に。制服ではないから、なおさら。
辻谷たちは、この注目に耐えられなかったらしい……いや、屍になりつつも、ついて来てはいるけど。だから確認したのに。
決して、俺も慣れているわけではない。多少の居心地の悪さは感じながらも、歩きやすさには感謝した。
五組の教室に到着すると、大きく深呼吸したのは辻谷たちだった。オアシスに辿り着いた旅人のように、だんだんと顔色が良くなっていく。
「大丈夫?」
「「「ダメ」」」
三人は弱々しく頭を振り、ヨロヨロと階段へ向かって歩いていった。その背中を追う前に、渡会たちに声をかける。
「じゃあ、俺受付行ってくる」
「終わったらすぐ帰って来て」
有無を言わさない圧をかけてくる渡会に頷き、賑わいだした教室を出る。
廊下は、大勢の人の列で溢れかえっていた。もしかして、この大行列を作っている来校者は、全員俺たちのクラスが目当てなんだろうか。
歩くだけで宣伝効果になった四人に、思わず笑ってしまう。
やっぱりイケメンってすげーな。
昇降口に着くと、まずは受付責任者の教師に声をかけ、出席簿に丸を付けてもらった。誰がサボっているのか、チェックしているらしい。
次に引き継ぎをするため、担当場所の生徒の元へ向かった。指定サンダルの色は、最高学年を示している。
「そろそろ時間なので代わります」
「おっ、ありがと」
先輩の説明を聞き終えると、机上の用紙に目を落とす。卒業生、保護者、一般の枠にそれぞれ色が振ってあり、端に置いてあるリストバンドの色と対応していた。
あらかた説明された内容を頭の中で整理していれば、いつもの調子を取り戻した辻谷が隣に並んだ。
「あ〜……死ぬかと思った」
「遅くね? 俺より早く行ったのに」
「走って水道の水飲んできた」
辻谷とは反対側に並んだ水無瀬は、そう言って水道がある方角を指さした。
「受付って何すんの?」
最後に戻ってきた猪野の質問に、机上の用紙を手に取る。ざっくり説明をしていると、責任者の教師の声が背にかかった。
「はいはい、喋ってないで仕事しなさいね」
「「「「すみませーん」」」」
サボっていたわけではないのだが、適当に返事をして流れてくる来校者に目を向けた。赤ちゃんからお年寄りまで、さまざまな層が来校している。
母と姉は何時から来ると言っていたっけ。今朝のやり取りを思い出していると、明るい少女の声が耳に届いた。
「朝陽〜! 来ちゃった!」
「杏那。いらっしゃい」
目の前には池ヶ谷が立っていた。制服で高校を選んだ彼女は、私服ではなく、お気に入りの華やかな白に身を包んでいる。余程好きなんだなと笑うと、隣の子に目が向いた。
池ヶ谷の友達であろう大人しそうな女子生徒は、俺を見るとペコッと頭を下げた。つられて頭を下げ、池ヶ谷に向き直る。
「友達?」
「うん、そう! 高校の!」
池ヶ谷は自慢するように鼻高々に答えた。
一般の枠に二つの丸を書き込む。パンフレットと紙製のリストバンドを渡すと、何気ない疑問を口にした。
「文化祭が今日ってよく知ってたね」
「あ〜! それね、渡会君が教えてくれたんだよ。DMで」
受け取ったリストバンドをつけながら、池ヶ谷は顔をほころばせた。
「え?」
どうして渡会と池ヶ谷が連絡を取り合っているのだろう。インスタのアカウントを教えてほしいと言っていたのは池ヶ谷からだが……。別に、二人が仲良くなることは問題ない……けど。
モヤモヤする気持ちのまま池ヶ谷を見つめていれば、俺の視線に気付いた彼女は、ハッとして艶のある黒髪を振り乱した。
「あっ、待って違うの! 今のは忘れてお願い!」
「余計に怪しいんだけど」
「うっ……辻谷君と猪野君! 朝陽を記憶喪失にしといて! じゃあ!」
「「よく分からんけど、オッケー」」
池ヶ谷は早口でまくし立て、友達の手を引いて校舎の中へ逃げて行った。
顔を顰めたまま二人の背中を見送ると、ポコッと頭を叩かれた。
「いたっ、何すんだよ」
「え? だって池ヶ谷が言ってたじゃん」
「記憶喪失にしろって」
「冗談に決まってんだろ」
さらに眉間に皺を寄せれば、辻谷と猪野はハハッと笑った。
「次、変わるよ」
一時間はあっという間に過ぎた。
声をかけてきた同級生に受付を引き継ぎ、クラスへ戻る前に控え室へ向かう。
「じゃ! 達者でな!」
「時間空いたら、お前らのとこ行くな〜」
「日置、お化け屋敷来てね」
「やだよ」
水無瀬の誘いを断り、それぞれ自分の持ち場へ散る。控え室である空き教室は、待機中の生徒もサボりの生徒もおらず閑散としていた。
(この格好で一人で行くのやだなー……)
着替え終えた衣装を眺めて、ふとそんなことを考える。
ここから五組の教室は、遠くはないが近いわけでもない。階段は一つ上がらないといけないし、そのあと一組から四組の前の廊下を通り過ぎなくてはいけない。
仕方ないかと溜め息をつく。けれど、意思に反して、スマホに伸びた手はピタリと止まった。
「…………いやいや」
誰もいない教室に、俺だけの声が落ちる。
あろうことか、渡会なら呼んだら来てくれるかも、なんて考えてしまった。
そもそも、今はクラスを訪れた来校者の相手をしているはず。スマホを見る暇なんてない。しかも用件は〝この格好で一人歩くのは恥ずかしいから、一緒に行ってほしい〟だ。とんだ甘ったれになってしまった。
心の中でそう思いつつも、目はジッとスマホの真っ黒な画面を見つめている。
気がつけば、俺の指はパスコードを打ち込み、ロック画面を解除していた。
『受付終わったから今から行く』
文章を打っては消してを繰り返し、最終的にたどりついた文を眺める。
受付に行く前、渡会は「すぐ帰って来て」とは言っていたが「連絡して」とは言っていない。これは完全に俺の甘えである。
少し震える手で送信ボタンを押す。シュポンッと、送信完了を告げる音が教室に響いた。
気付かれなかったらそれでいいし、気付いてくれたらそれはそれで嬉しい。脱いだシャツをエナメルバッグにしまっていると、視界の端でロック画面が明るくなり、メッセージの受信を告げた。
『十分待ってて』
短い文を何度も読み直す。
これは、迎えに来てくれるということなのか。
思ってもいない返事に、しばらく画面を見つめたまま固まってしまう。『待ってる』とか『早く来て』というメッセージが返ってくると思っていた。まさか、願望通りに迎えに来てくれるとは。
ポカポカと陽だまりに包まれるような感覚に浸る。
(〝了解〟はなんか違うし……スタンプだけは失礼だよな……うーん…………)
机に腰を下ろして一人で唸る。
これが渡会以外からのメッセージであれば、端的に返して終わっていた。やはり、好きな相手には言葉一つでも悩んでしまう。
結局〝ありがとう〟が無難かと思い、文字を打ち込んでいると、ガラッと扉の開く音が教室に響いた。顔を上げた先には、少し息を乱した渡会が立っていた。
もう十分経ったのか。時計に目を向けるが、渡会のメッセージが送られてきてから二分程しか経過していなかった。
「あれ………十分って」
「うん、送ったけど早く来たかったから」
「そ、そっか」
柔らかくほころんだ笑みを見れば、ブワッと胸の内が膨れる。俺の心の隅まで愛情で満たしてくれる渡会に、温かい気持ちが溢れてくる。
目の前に立った彼を見上げると、自然と笑顔になった。
「俺、本当に渡会が好きかも」
「ん? え? あぁ、俺も……って、ちょっと待って。心の準備してなかった、から……」
渡会は徐々に頬を赤く染め、一歩後ずさった。
そんな彼が可愛くてたまらない。意識しなくても笑みが溢れる。
ぽかぽかとした気持ちを胸に、机から腰を上げた。その拍子に、スマホに手が当たったらしい。開いていたチャットルームがホーム画面に切り替わった。たまたま、インスタのアイコンが目に入った俺は、池ヶ谷との会話を思い出した。
「そういえば、杏……池ヶ谷とDMでやり取りしてるの?」
「えっ…………」
先程まで赤くなっていた顔から、サッと血の気が引いた。聞かれると思っていなかったのか、彼の視線は落ち着きがない。
地雷を踏んでしまったようだ。もしくは、俺が怒っていると勘違いをしているのだろうか。
全くもって、渡会と池ヶ谷にやましい関係があるとは思っていない。池ヶ谷と良い関係に持っていきたいのであれば、修学旅行後も俺に好意を伝えてくる理由が分からないし、渡会からの告白は冗談だとは思えない。
「怒ってるんじゃなくて、ただ疑問だったから……その、答えづらかったら全然」
「いや、それだとお互い腑に落ちないと思うから言う……言わせて」
それでも渡会はどこから話すべきか考えているようで、しばらく口を噤んでいた。
備え付け時計の秒針の音や、廊下から漏れてくる来校者の雑談の声が教室内を埋める。沈黙が破られたのは、数分経った頃だった。
「……日置に、誕生日プレゼントあげたくて」
え? 誕生日プレゼント?
想像していた斜め上の言葉に、拍子抜けした声を上げそうになる。混乱する俺を置いて、渡会はポツポツと話しだした。
「日置が好きなもの分からなくて。プレゼントなのに、本人に聞くのも変かなって」
「そ、そっか……」
男子高校生の誕生日プレゼントの相場は分からないが、渡会たちの間では違う感覚なんだろうか。俺は今まで市販のお菓子や、お手頃価格のものしか買ったことがない。正直、そのくらいで全然良い。というか、渡会から貰えれば何でも嬉しいけど。
「それで、日置に詳しい人いないかなって考えてた時に、池ヶ谷さんからフォローされてるの思い出して相談したんだよね」
「なるほど」
その流れで文化祭に誘ったというわけか。渡会のことだから、直接相談に乗ってくれたお礼もしたかったのかもしれない。
つまり、渡会はサプライズをバラすリスクの少ない池ヶ谷に相談し、俺の好きなものを誕生日プレゼントとして贈ろうとしてくれて、その計画を、俺は今言わせてしまったわけで…………。
「…………ごめん」
「え? なんで? 日置が謝ることじゃなくね?」
渡会はフルフルと首を横に振った。
もちろん、確実に謝るべきはボロを出してしまった池ヶ谷だが、俺が変に追求してしまったのも悪い。
罪悪感と嬉しさで、よく分からない感情になりながらも顔を上げる。
「もしかしたら買っちゃったかもだけど、ほんとにお金かけなくていいよ。渡会から貰えるものだったら何でも嬉しいし」
「うん、でも俺がそうしたくてしてるから」
「ありがとう。大きくなければ、いつでも受け取れるから……」
業者か俺は。受け取るってなんだ。貰う側なのに謙遜の〝け〟の字もないじゃないか。
慌てて否定しようとすると、渡会は気まずそうに口を開いた。
「えっと……もう誕生日過ぎてるならクリスマスに渡そうかと思ったけど、学校のほうが良かった?」
「………………ごめん」
彼の計画を、ことごとく踏み潰してしまった。
可能であれば、辻谷たちに頭を叩いてもらって記憶喪失にしてもらいたい。あ、でも記憶喪失になったら渡会のことも忘れちゃうか……やっぱいいや。
一人で悶々と葛藤している俺を見て、渡会は堪えきれずに笑いだした。
「サプライズって案外上手くいかないんだね。ごめん、かっこ悪いとこ見せて」
「こっちこそごめん。あと、ありがとう」
「いや、全然……あ、そうだ」
優しく微笑んだ彼は、思い出したようにバッグからボトルのようなものを取り出した。そこには花弁が円形になったロゴマークが刻まれていた。
「髪、セットさせて」
「うん」
素直に頭を預ければ、器用な渡会は、櫛と先程取り出したヘアオイルだけで完璧に整えてくれた。
「おけ。かわ……かっこよくなったよ」
「ありがとう……?」
なぜか言い直した渡会に首を傾げる。
「すごい今さらだけどさ、日置は〝可愛い〟って言われるの嫌だったりする?」
罪悪感を混ぜた声と共に、整った眉が下がる。
首を振ると、彼と同じ香りがフワッと顔周りを包んだ。
「可愛いって言われるのが好きかって話なら、そんなことないけど。渡会だから嬉しいよ」
「そっか。ありがとう。手洗うから水道寄っていい?」
「うん、いいよ」
機嫌の良い背中に続けば、その足は目指す教室とは反対の廊下を歩きだした。
水道は五組の教室の近くにもあるのだが、他にも寄るところがあるのだろうか。
「こっちから行くん?」
俺の質問に、渡会は柔らかい笑みを浮かべた。
「うん、もう少し一緒にいよ」
あぁ、そういうことか。
そういう素直なところも、好きだな。
さっきの甘い時間は、幻覚かと疑うほど忙しい。
俺の想像していた文化祭とはまるで違う。緩く仕事をこなして、ふらふらと他のクラスを回って、テーマパークのように楽しめるものだと思っていた。
うちには集客エースが四人もいる。普通に終われるわけなんてなかった。
クラスは大繁盛を超えて、大混乱と化していた。
幼い少女からマダム、時には男性まで、一人残らず四人の虜になっていた。クレープやクッキーを大量に注文する人や写真を求める人、握手を求める人など、いつになっても行列は絶えない。
そして一番疲れているのは本人たちであった。いつも笑顔を絶やさない仲里は時折苛ついた表情を見せたり、立ち回りの上手い堀田は無理を言ってくる来校者を宥めたり、守崎は普段使わない気遣いをフル稼働しているためか、たまに魂が抜けていたり。本当に大変そうだった。
唯一、渡会だけは俺がいれば何でもいいと言って、迷惑客含め、まとめてあしらっていた。
ピークの正午を過ぎ、タイミングを見計らって切り上げると、逃げるように控え室へ駆け込んだ。全員疲労感が顔に滲んでおり、文化祭を楽しむどころではない。
「……死ぬほど疲れた」
仲里はシャツのボタンを開けたまま、椅子にもたれ掛かった。
「……着替える気力もない」
堀田は衣装を身につけたまま、力なく机に突っ伏した。
「帰りてー……」
守崎は砂になって消えそうであった。
可哀想に。そんな三人に哀れみの目を向ける。
着替えるべくシャツのボタンに手をかけた瞬間、横からガシッと手首を掴まれた。
「待って。まだ一緒に写真撮ってない」
有無を言わせず、スマホを掲げた渡会に抱き寄せられる。映り込んだ画面にピースを向けると、しばらくして渡会の手が離れた。慣れなのか、最近は「撮るよ」の合図もなくなってきた気がする。
「てかアレよな。今日一緒に写真撮った人たちさ、全員使ってるアプリ違うから全部顔違うと思うんだよね」
やっと動きだした仲里は、シャツを脱ぎながら乾いた笑いを溢した。
仲里の言葉に、堀田と渡会と守崎も頷いた。
「あ〜、分かる。それやめてほしいよな」
「特に加工強すぎるやつは論外」
「あとノーマルカメラもキツい」
盛れる盛れないとか、プリクラなら分かるが普通のカメラは何が違うのだろうか。修学旅行で撮ってもらった写真は、全部かっこよかったから大丈夫だろ。
クラスTシャツに制服のズボンというアンバランスな格好になり、渡会たちが着替え終わるまで窓枠に寄りかかって待った。するといきなり、今朝と同じく、廊下側の窓が勢いよく開いた。
「日置! 一生のお願い!」
馬鹿でかい声でお馴染みの辻谷が、両手を顔の前で合わせた。
嫌な予感しかせず、とりあえず首を横に振る。
「どうか親友を助けると思って……!」
辻谷は泣きそうな顔で俺を見つめてくる。
「嫌だってば」
「いーじゃん。とりあえず話聞いてみなよ」
辻谷と俺の会話に割り込んだ守崎は、期待に満ちた笑みを浮かべていた。こういう時だけ、彼は水を得た魚のようにいきいきしている。
守崎が促したせいで、辻谷はパッと顔を輝かせた。
「結論から言うと、日置に女装してほしい」
「嫌だ、断る」
「お願い! 一生……二生のお願い!」
来世のぶんも前借りしてくんな。
考える間もなくまた首を横に振るが、辻谷は諦めずに食い下がってくる。
「お願いだって〜!」
「てか、なんで日置じゃなきゃダメなん?」
傍観している堀田が首を傾げた。
たしかに、俺でなくてはいけない理由が分からない。
辻谷に目を向けると、捨てられた子犬みたいに見えない耳が下がった。
「このあと、女装コンテストあんじゃん? でさ、うちから出るやつが床に落ちたフランクフルト食ったら腹壊してさ……」
ちょっと待ってくれ。タイム。前置きからインパクトが強すぎて、何も頭に入ってこない。とりあえず、そいつはバカだってことでいいのか?
渡会たちに目を向ければ、四人とも肩を震わせて笑いを堪えていた。
辻谷は真面目な顔でさらに話を続けた。
「んで、そいつ今保健室だからコンテスト出れるやついなくて……だから日置に」
「いや、なんでだよ。クラス内で解決しろよ」
意味が分からない。なんで三秒ルールの法則に負ける胃の持ち主の代わりに、俺が出ないといけないのか。しかも辻谷は一組だ。俺は五組。本当に意味が分からない。
「それだとまだ説得力弱いけど」
すかさず助け船を出してくれる渡会。さすがだ。渡会大好き。
救世主の異議に、辻谷はまた一段と眉を八の字にした。
「いや、フランクフルトの身長と同じやつクラスにいなくてさ。無駄にオーダーメイドで作っちゃったし」
しれっと友人のことをフランクフルト呼びしていることは置いといて……そんなことある?
いろいろ突っ込みどころは満載だが、辻谷の言葉を聞いてハッとした。
「じゃあ俺じゃなくて、仲里でいいじゃん」
仲里と俺は身長が変わらない。ミリの差で俺が大きいくらいだ……もうお互い伸びているから正確じゃないけど。
俺の提案に反対したのは、もちろん仲里だった。大きく頭を振って否定してくる。
「ヤダ! 絶対ヤダ!」
「なんで、俺より顔整ってるし可愛いじゃん。優勝できるよ」
「日置のが可愛いって! 女装したら化けるタイプだって」
「仲里のが遺伝子レベルで可愛い」
「日置のが細胞レベルで可愛い」
「まぁまぁジャンケンで決めれば?」
「「お前が言うな」」
なぜか頼んでいる立場で仲裁に入った辻谷に、仲里と口を揃えて突っ込む。
「あ。俺、日置に〝貸し〟あるよな?」
何かを思い出した仲里は、ビシッと俺に人差し指を突きつけた。
「は? んなもんな…………」
あった。修学旅行中に、俺が池ヶ谷の件で担任に詰められていた時、話を合わせてくれた貸しが。
そのまま、しらばくれれば良かったものの、思い出してしまったがために喉奥で唸る。
ずるい。何で俺には貸しがないんだ。
何も言葉が出ない俺を了承と見なした辻谷は、安心した笑顔を浮かべた。
「ありがとう! 日置! 恩に着る!」
「おい、まだ良いって言ってな…………」
「参加者には、人気店の焼肉食べ放題チケットが付いてくるからさ」
「そ………………」
〝そんなんで引き受けるわけない〟と言おうとしたが、あまりにも魅力的すぎて、最初の一文字しか発することができなかった。食べ物に罪はない。
しかし、いくら焼肉食べ放題と言っても、女装への抵抗感を打ち消せるだけの力はない。
「頼むよ日置〜! 三生のお願い! ステージ立つだけでいいからさ!」
「てか、時間なくない?」
辻谷のお願いに頭を悩ませていると、守崎がチラッと時計を見た。
女装コンテストの開始時間は知らないが、文化祭の終了時間を考えると、十五時からとかそんなとこだろう。となると、あと一時間もない。
辻谷を窺えば、涙目で俺を見上げてくる。
泣きたいのは、俺のほうなんだけど。
「……………………分かった」
「ありがとう! 日置! 大好き! 愛してる! なぁ、日置が良いって!」
「え???」
辻谷の呼びかけに、廊下の奥から数人の女子生徒が教室内へ入ってきた。
え、ずっと居たの?
「ありがとう! 日置! 早速コレ着て!」
「メイクもするからよろしく!」
「ズボン履いたままでいいよ!」
女子たちは早口にまくし立て、机の上にメイク道具を広げた。
わけが分からないまま、押しつけられた衣装を持って立ち尽くす。恐る恐る衣装を広げると、クラスの女子たちが着ていたメイド服と似ている何かだった。とりあえず、脚や腹を出すことは回避したようで安心する。
「ここ座って〜! 大丈夫、この日のためにメイク猛勉強したから」
ここまで来ると、もはやどうでもいい。
テキトーに頷き、椅子に座って目を閉じた。
神様。どうか。どうか事故だけにはなりませんように。
「できた〜! 過去最高〜!」
「ヤバ! 可愛いじゃん!」
「えっ!? フランクフルトより全然可愛い!」
女子たちは椅子に座ったままの俺を見下ろし、パチパチと拍手を鳴らした。本心なのかお世辞なのかは分からない。
うしろで駄弁っていた友人たちも気になるようで、ガタガタと机や椅子の音を立てて俺の真正面へ回ってきた。
「え、可愛いじゃん」
「普通にいそう」
「お姉さんに少し似た感じ」
「がたい以外は可愛い」
仲里と堀田と守崎に加えて、辻谷も賞賛の声を上げた。どっちとも受け取れる微妙な表情で、こちらも本気で言ってるのか冗談なのか分からない。
「じゃ! 日置! 一組のためによろしく!」
「期待してんね〜!」
「バイバーイ!」
女子たちは、バタバタと教室をあとにした。
シンッ……と静まり返った教室に、男五人と女装した俺が取り残される。
途端に気が抜けて机に突っ伏すと、襟元をグイッと引っ張られた。突然締まった首に、蛙がつぶれたような声がでる。
首をさすって振り返れば、守崎が顔を覗き込んできた。
「メイク崩れるから突っ伏すのやめろ」
「急に引っ張んのやめろ」
「てか写真撮らせて」
話を聞けや。
呆れて真顔のままピースを向ける。守崎がスマホを構え、それを合図に仲里や堀田と辻谷もスマホを向けてくる。辻谷に「足閉じろよ」と言われたが無視。
渡会だけはスマホを持たず、ジッと俺を見下ろしていた。
やっぱり引かれたか。
心配になっても、今さら遅い。渡会から目を逸らすと、辻谷が俺の腕を引っ張った。
「そろそろ行かねーと! 体育館行くぞ!」
「はぁ……やっぱ行かなきゃだよな」
「当たり前だろ! ここで引き下がったら男じゃねーぞ」
「本当にお前はもう何も言うな」
散々一生のお願いを使って泣きそうな顔してたくせに。
辻谷に腕を引かれ、ひとけのない廊下を歩く。チラホラとすれ違った生徒や来校者に目を向けられ、死ぬほど恥ずかしかった。
「続いては二年生の登場でーす」
司会の生徒の声で、体育館内に拍手が巻き起こる。
人間というものは、ダンスや演劇よりも奇抜な企画のほうが好きなようで、体育館は生徒や来校者含め、大勢の人で埋め尽くされていた。
ここまで来たら腹を括るしかない。
女の子らしい歩き方など微塵も意識せず、大股で指示された位置につく。多分、目は死んでいる。
二年生全員が登壇すると、司会の生徒が俺にマイクを渡してきた。
辻谷は立ってるだけでいいと言っていたが、何か言わないといけないのだろうか。
「一組は〝さーちゃん〟ですね!」
さーちゃんとは、辻谷が勝手につけた名前だ。〝あさひ〟の〝さ〟を取ってさーちゃんらしい。意味分からん。
腰元に付けたネームプレートにも、可愛らしい文字でさーちゃんと書いてある。そこかしこから、知らない男たちの「さーちゃん可愛いよ〜!」とか「さーちゃんこっち向いて!」とか、いらないコールサービスも聞こえてきた。
インタビュー中に気付いたことは、とにかく外野がうるさい。主に三年生を中心に、男子生徒はエントリー者の名前を呼んで騒ぎ立て、女子生徒はこのためだけに作ったのであろう、うちわを掲げていた。
「それでは十秒間のアピールタイムです!」
司会の生徒はそう言って、ポケットから一枚の紙を取り出した。
なんだろうと首を傾げると、彼女は紙の内容を淡々と読み上げた。
「〝一組代表のさーちゃんは指示されたポーズをします〟らしいです!」
司会の生徒は紙をカメラへ向けた。うしろを振り向けば、スクリーンに辻谷の馬鹿でかい字が映っていた。
何も用意していなかったよりはマシだけど、指示は誰が出すのか。そう思った矢先、観客席からいっせいに要望が飛んできた。
「指ハートして〜!」
「萌え萌えキュンして〜!」
「投げキスちょうだい!」
「ウィンクください〜!」
「結婚してくださ〜い!」
多すぎて聞き取れない。
困惑しながら視線をさまよわせる。視界の端で、最前に座っている女子生徒が手でハートの形を作っていた。それにならって、いくつかポーズをとってみる。典型的なハートを作ったり、頬に手を当てたりして十秒流れるのを待つ。
こういう時の時間は長いもので、十秒が十分に感じた。
「はい、ありがとうございました〜! さーちゃんの魅力たっぷりでしたね!それでは次に二組の──……」
無事、試練はクリアできたようだ。二組の生徒のアピールタイムを背に、逃げるように幕裏へはける。
そういえば、五組は誰なんだろう。舞台袖からステージを覗くと、柔道部のクラスメイトが出場していた。おそらく、うちのエースたちが断ったから、ネタ枠に走ったのだろう。本人もノリノリである。
十秒アピールはなかなか難しいもので、ほぼ一発芸だった。うちの柔道部の彼は瓦割りで、全然女装と関係がなく、逆に好感が持てる。見た目がアレだから、優勝はないと思うが。
「以上が二年生のエントリー者になります! 審査結果が出るまでお待ちください〜!」
司会の声に拍手が巻き起こる。
ステージ横の控え室で、用意されたパイプ椅子に腰を下ろせば、隣に柔道部のクラスメイトが腰掛けた。
「なんで日置が一組代表なん?」
「ちょっとフランクフルトが……」
「は? フランクフルト?」
柔道部の彼は、困惑の表情を浮かべた。
「間違えた。なんか出場予定の子が体調不良らしい。そいつとピッタリの身長が俺だって」
「へー、じゃあ日置が優勝したら、俺らのクラスが優勝ってことになんの?」
「さぁ? でも優勝はないから、どのみち一組はなんも貰えないと思うよ」
「ふーん」
柔道部の彼は話の興味を失ったようで、俺の格好をジロジロと観察してきた。
ひとしきり視察されたあと、突然手を伸ばしたかと思えば、ガバッとスカートを捲り上げられる。
「なんだズボン履いてんだ」
「当たり前だろ。そっちは……履いてるわけないか」
「この短さじゃ無理だな」
そう言って彼は、ペラッと自身のスカートを捲った。俗に言うミニスカポリスの制服に身を包んだ彼の、見たくもないボクサーパンツが目に入り、すぐに視線を逸らす。
「それでは、エントリー者全員ステージに上がってくださーい!」
司会の声に続き、各学年七人ずつ、計二十一名の男たちがステージに登壇する。
前列から一年、二年、三年と並んだが、三年はガチで優勝を狙っているらしく、低身長の先輩が多かった。
「さて皆さま! 投票ありがとうございました〜! 時間が押しているので申し訳ございませんが、一人ずつのコメントは控えさせていただきます! それでは早速投票結果発表でーす!」
司会がマイクを下ろせば、会場内がパッと暗くなり、スポットライトが右往左往動き回る。緊張感のあるドラム音が体育館に響き渡った。
「まずは一年生の優勝者はエントリーナンバー6! ルナちゃんでーす!」
盛大な拍手と共に、スポットライトが一カ所に集まる。スクリーンには、セーラー服に身を包んだ可愛らしい顔立ちの男子生徒が映っていた。
「お次は二年生! 優勝者は〜……エントリーナンバー3! サエキちゃんでーす!」
スポットライトを浴びたサエキちゃんはナース服の裾を握りながら頬を染め、恥ずかしそうはにかんだ。途端に拍手と歓声が上がる。
「最後を飾るのは三年生! 優勝者は! エントリーナンバー7! アロエちゃんです!」
再びスポットライトに照らされ、着物を身につけた凛々しい顔の先輩が映しだされた。可愛い系統が多かったから、逆に良い意味で目立ったのだろう。
表彰されている三人は、女装だというのにやけに誇らしげだった。再び盛大な拍手と歓声が体育館を包み、同時に文化祭の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
帰りのホームルームを終え、ばらばらとクラスメイトが教室から散っていく。
うちの学校は、前夜祭や後夜祭がない。少し味気なさを感じるが、文化祭はこれで終了。
荷物を整理していると、視界の端に見慣れた指定サンダルが映った。
「日置はもう帰る?」
顔を上げた先で、渡会はニコリと微笑んだ。
「んー……あのさ、このあと予定ある?」
「予定? ないけど」
「堀田たちは?」
渡会のうしろに立っていた三人にも声をかける。三人とも首を横に振った。全員このあとはただ帰宅するだけらしい。
四人の予定が分かれば、一枚のチケットを掲げた。
「行く? 食べ放題」
「え、行く!」
「マジでいいの?」
「待って、今家に食べて帰るって連絡するから」
お昼もろくに取れなかった堀田と仲里と守崎は、パッと顔を輝かせた。歓喜の声を上げながら家に電話をしたり、連絡を入れている。渡会も同じように、スマホに向き合っていた。
その間に準備を済ませると、バタバタと廊下を駆ける音が聞こえてきた。足音は五組の前で止まり、扉から辻谷と猪野と水無瀬が顔を覗かせた。
「な! 一緒に帰ろ!」
「打ち上げしよーぜ!」
「ファミレス行こ〜」
手元のチケットには「高校生は最大十名まで利用可能」と書いてある。
「お前らも行く? 焼肉食べ放題」
お腹ペコペコの三人に、ひらひらとチケットをちらつかせる。
「「「行く」」」
三人は即答し、親指をビシッと立てた。
盛り上がる三人を横目に立ち上がれば、ふいに「あ」と声が漏れた。
「ごめん、忘れ物したから先行ってて」
「俺も行く」
辻谷たちとは反対の扉へ足を向けると、渡会も隣に並んだ。
ちょうどよかった。話したかったことがあるから好都合だ。
「校門のとこで待ってるな~」
堀田の声に頷き、渡会と二人で教室を出た。
控え室だった空き教室に向かいながら、端正な横顔を見上げる。
「今日は変なもの見せてごめん」
女装に関して、最大限の謝罪を口にした。けれど、渡会は想定外の反応を見せた。
「えっ、なんで? 可愛かったよ」
「えぇ……? 引いてないの? 反応微妙だったじゃん」
「うーん……それは」
渡会が口ごもる。
「……なんて言うか、再確認してた感じ?」
「再確認? 何を?」
「日置が女の子だったら修学旅行でずっと一緒に過ごせなかったなとか、もしかしたら恋愛に発展しなかったのかもなとか考えてた」
「あ〜…………」
たしかに、俺が女だったら今の関係どころか、話すことすらなかったかもしれない。
今日はたくさんお世話になった空き教室の扉を開けると、渡会は入り口で立ち止まった。
「やっぱり、俺は男とか女とか関係なく日置が好き」
「うん。ありがとう」
真っ直ぐな告白に微笑む。渡会も安心したように微笑んだ。
空き教室に戻ってきた目的は、忘れた腕時計を回収するため。使っていた机の中に手を突っ込み、手探りで腕時計を取り出した。
目的を達成したタイミングで、スマホが着信を告げる。スマホの画面には、辻谷の名前とアイコンが表示されていた。
通話ボタンをタップすると、元気な声が聞こえてくる。
『日置! フランクフルトが謝りたいらしいから早く戻って来て』
『秒で来いよ〜! 腹減った!』
『混む前に行こうぜ〜』
辻谷の声に加えて、猪野と水無瀬の声も混ざっていた。
「あー……おけ」
それだけ呟いて通話を切り、渡会に向き直る。
「早く来いって。忙しないやつらだな」
「俺としては気が気じゃないけどね」
渡会は、神妙な面持ちで廊下へ足を踏み出した。夕陽に照らされる渡会の横顔には、嫉妬の色が滲んでいた。そんな彼に笑みを溢す。
付き合っていなくても、付き合ったとしても、渡会とはずっとこんな距離感だと思う。
これからどんな関係に変化しようと、ずっとこうであればいいなと思う。
そんな俺の気持ちを表すかのように、夕陽の差し込む廊下で二つの影がずっと遠くまで伸びた。
控え室に当てられた空き教室の中。廊下から響いてくる音をBGMにパンフレットを眺めていると、目の前に影が差した。
「何か気になんの?」
「ううん、面白いのないかなって」
顔を上げた先には、衣装に身を包んだ渡会が立っていた。装飾を身に付け、髪もスタイリングしてある。イケメンの力は凄まじいもので、「これから撮影です」と言われても、何の違和感も持たないくらいに輝いていた。それはうしろで準備している仲里と堀田と守崎も同様であった。
渡会は無言でジッと見つめる俺に微笑み、近くの椅子を引っ張って隣に腰を下ろした。体育館のステージプログラムを目で追う、彼の端正な横顔を見つめて口を開く。
「かっこいいね」
「ありがと」
「アイドルみたい」
「ははっ、なにそれ」
渡会が笑うと、耳に飾られたイヤーカフも小さく音を立てて揺れた。細かく模様が掘ってあるようで、揺れるたびにキラキラと光彩を放っている。
何のデザインかと顔を近づければ、フワッとほのかに甘い香りが鼻をくすぐった。
「あれ、もしかしてヘアオイル変えた?」
「えっ、あぁ……うん、変えた。前使ってたの買い足すの忘れたから、今日は違うやつ」
「そうなんだ」
「……こっちはあんま好きじゃない?」
「いや? 好きだよ」
もしかしたら、渡会が身に付けているからかもしれないけど。そう思いながら微笑めば、渡会は溶けるような笑みを返してきた。
「俺も好きだよ」
「……うん」
含みのある表情と言葉に耐えられず、顔をパンフレットに戻す。けれど、渡会が「可愛いね」と言いながら伏せて顔にかかった髪をすいてきたので、朱に染まった耳はバレてしまったかもしれない。
さらに恥ずかしくなり、彼の手をどけようとした。その時、廊下側の窓がスパンッと勢いよく開いた。
「日置くん〜お迎えですよ〜」
「受付ごっこのお時間でーす」
「イケメンたぶらかすのも、その辺にしなさ──」
スーッと静かに窓が閉まる。かと思えば、また勢いよく開け放たれた。
「あっぶね、次元間違えたかと思った」
「どこぞの楽屋だよココ」
「文化祭のついでに撮影でもすんの?」
俺と同じ感想を抱いた辻谷と猪野と水無瀬は、衣装に身を包んだ渡会たちをジロジロ見るなり妬ましい目を向けた。羨ましいのだろう、似合っているから。
腕時計を見ると、受付のシフト時間がすぐそこまで迫っていた。
「途中まで一緒に行く?」
「行く」
俺の問いかけに即答した渡会は、ガタッと音を立てて椅子から立ち上がった。
「仲里たちも一緒に行こ」
見えない尻尾を振る渡会に顔をほころばせ、うしろで準備していた三人にも声をかける。
「俺たちは〝行く?〟じゃなくて〝行こ〟なんだよな〜」
「選択権なくて泣ける」
「ま、空気にされないだけマシだわ」
不満を溢しつつも、仲里と堀田と守崎の三人は、スマホを片手に椅子から腰を上げた。なんだかんだ言いながらも優しい三人を横目に、今度は部活仲間に声をかける。
「お前らは先行ってる?」
俺の言葉に、三人は目をまんまると見開いた。
「え、何でだ。そこは〝一緒に行こう!〟だろ」
「呼びに来たの俺らなのに~!」
「ひどい! やっぱり日置はイケメン信者なんだ」
ブーブーとブーイングを飛ばす彼らは、何も分かっていない。
「いや、違くて。大丈夫なんかなって」
「「「は?」」」
ピタリと動きを止めた辻谷たちは、狐につままれたように俺の顔をポカンと見つめていた。
「……オーケー、オーケー、俺のライフゼロ」
「……俺はかろうじて残ってる」
「……あっ、俺は今、マイナス突破した」
背後から生気を抜かれた部活仲間の声が聞こえる。振り返ると、浦島太郎なみに一気に歳老いた表情の三人が歩いてくる。
いつだったか。三人合わせて戦闘力三十と言って、俺を合わせたら二十に下がった会話をした気がする。本当にそうなってしまったようだ。
(イケメンってすげー……)
改めて実感した。
控え室代わりの教室を出て、廊下を歩き始めた時は普通だった。しかし、徐々に対向者が左右に分かれた。まるでモーセの海割りのように。
特に女性陣は、通り過ぎてもずっと渡会たちを目で追っていた。たまに、男性の「……おぉ」と言う感嘆の声も耳に届いた。
目立っている。いつも以上に。制服ではないから、なおさら。
辻谷たちは、この注目に耐えられなかったらしい……いや、屍になりつつも、ついて来てはいるけど。だから確認したのに。
決して、俺も慣れているわけではない。多少の居心地の悪さは感じながらも、歩きやすさには感謝した。
五組の教室に到着すると、大きく深呼吸したのは辻谷たちだった。オアシスに辿り着いた旅人のように、だんだんと顔色が良くなっていく。
「大丈夫?」
「「「ダメ」」」
三人は弱々しく頭を振り、ヨロヨロと階段へ向かって歩いていった。その背中を追う前に、渡会たちに声をかける。
「じゃあ、俺受付行ってくる」
「終わったらすぐ帰って来て」
有無を言わさない圧をかけてくる渡会に頷き、賑わいだした教室を出る。
廊下は、大勢の人の列で溢れかえっていた。もしかして、この大行列を作っている来校者は、全員俺たちのクラスが目当てなんだろうか。
歩くだけで宣伝効果になった四人に、思わず笑ってしまう。
やっぱりイケメンってすげーな。
昇降口に着くと、まずは受付責任者の教師に声をかけ、出席簿に丸を付けてもらった。誰がサボっているのか、チェックしているらしい。
次に引き継ぎをするため、担当場所の生徒の元へ向かった。指定サンダルの色は、最高学年を示している。
「そろそろ時間なので代わります」
「おっ、ありがと」
先輩の説明を聞き終えると、机上の用紙に目を落とす。卒業生、保護者、一般の枠にそれぞれ色が振ってあり、端に置いてあるリストバンドの色と対応していた。
あらかた説明された内容を頭の中で整理していれば、いつもの調子を取り戻した辻谷が隣に並んだ。
「あ〜……死ぬかと思った」
「遅くね? 俺より早く行ったのに」
「走って水道の水飲んできた」
辻谷とは反対側に並んだ水無瀬は、そう言って水道がある方角を指さした。
「受付って何すんの?」
最後に戻ってきた猪野の質問に、机上の用紙を手に取る。ざっくり説明をしていると、責任者の教師の声が背にかかった。
「はいはい、喋ってないで仕事しなさいね」
「「「「すみませーん」」」」
サボっていたわけではないのだが、適当に返事をして流れてくる来校者に目を向けた。赤ちゃんからお年寄りまで、さまざまな層が来校している。
母と姉は何時から来ると言っていたっけ。今朝のやり取りを思い出していると、明るい少女の声が耳に届いた。
「朝陽〜! 来ちゃった!」
「杏那。いらっしゃい」
目の前には池ヶ谷が立っていた。制服で高校を選んだ彼女は、私服ではなく、お気に入りの華やかな白に身を包んでいる。余程好きなんだなと笑うと、隣の子に目が向いた。
池ヶ谷の友達であろう大人しそうな女子生徒は、俺を見るとペコッと頭を下げた。つられて頭を下げ、池ヶ谷に向き直る。
「友達?」
「うん、そう! 高校の!」
池ヶ谷は自慢するように鼻高々に答えた。
一般の枠に二つの丸を書き込む。パンフレットと紙製のリストバンドを渡すと、何気ない疑問を口にした。
「文化祭が今日ってよく知ってたね」
「あ〜! それね、渡会君が教えてくれたんだよ。DMで」
受け取ったリストバンドをつけながら、池ヶ谷は顔をほころばせた。
「え?」
どうして渡会と池ヶ谷が連絡を取り合っているのだろう。インスタのアカウントを教えてほしいと言っていたのは池ヶ谷からだが……。別に、二人が仲良くなることは問題ない……けど。
モヤモヤする気持ちのまま池ヶ谷を見つめていれば、俺の視線に気付いた彼女は、ハッとして艶のある黒髪を振り乱した。
「あっ、待って違うの! 今のは忘れてお願い!」
「余計に怪しいんだけど」
「うっ……辻谷君と猪野君! 朝陽を記憶喪失にしといて! じゃあ!」
「「よく分からんけど、オッケー」」
池ヶ谷は早口でまくし立て、友達の手を引いて校舎の中へ逃げて行った。
顔を顰めたまま二人の背中を見送ると、ポコッと頭を叩かれた。
「いたっ、何すんだよ」
「え? だって池ヶ谷が言ってたじゃん」
「記憶喪失にしろって」
「冗談に決まってんだろ」
さらに眉間に皺を寄せれば、辻谷と猪野はハハッと笑った。
「次、変わるよ」
一時間はあっという間に過ぎた。
声をかけてきた同級生に受付を引き継ぎ、クラスへ戻る前に控え室へ向かう。
「じゃ! 達者でな!」
「時間空いたら、お前らのとこ行くな〜」
「日置、お化け屋敷来てね」
「やだよ」
水無瀬の誘いを断り、それぞれ自分の持ち場へ散る。控え室である空き教室は、待機中の生徒もサボりの生徒もおらず閑散としていた。
(この格好で一人で行くのやだなー……)
着替え終えた衣装を眺めて、ふとそんなことを考える。
ここから五組の教室は、遠くはないが近いわけでもない。階段は一つ上がらないといけないし、そのあと一組から四組の前の廊下を通り過ぎなくてはいけない。
仕方ないかと溜め息をつく。けれど、意思に反して、スマホに伸びた手はピタリと止まった。
「…………いやいや」
誰もいない教室に、俺だけの声が落ちる。
あろうことか、渡会なら呼んだら来てくれるかも、なんて考えてしまった。
そもそも、今はクラスを訪れた来校者の相手をしているはず。スマホを見る暇なんてない。しかも用件は〝この格好で一人歩くのは恥ずかしいから、一緒に行ってほしい〟だ。とんだ甘ったれになってしまった。
心の中でそう思いつつも、目はジッとスマホの真っ黒な画面を見つめている。
気がつけば、俺の指はパスコードを打ち込み、ロック画面を解除していた。
『受付終わったから今から行く』
文章を打っては消してを繰り返し、最終的にたどりついた文を眺める。
受付に行く前、渡会は「すぐ帰って来て」とは言っていたが「連絡して」とは言っていない。これは完全に俺の甘えである。
少し震える手で送信ボタンを押す。シュポンッと、送信完了を告げる音が教室に響いた。
気付かれなかったらそれでいいし、気付いてくれたらそれはそれで嬉しい。脱いだシャツをエナメルバッグにしまっていると、視界の端でロック画面が明るくなり、メッセージの受信を告げた。
『十分待ってて』
短い文を何度も読み直す。
これは、迎えに来てくれるということなのか。
思ってもいない返事に、しばらく画面を見つめたまま固まってしまう。『待ってる』とか『早く来て』というメッセージが返ってくると思っていた。まさか、願望通りに迎えに来てくれるとは。
ポカポカと陽だまりに包まれるような感覚に浸る。
(〝了解〟はなんか違うし……スタンプだけは失礼だよな……うーん…………)
机に腰を下ろして一人で唸る。
これが渡会以外からのメッセージであれば、端的に返して終わっていた。やはり、好きな相手には言葉一つでも悩んでしまう。
結局〝ありがとう〟が無難かと思い、文字を打ち込んでいると、ガラッと扉の開く音が教室に響いた。顔を上げた先には、少し息を乱した渡会が立っていた。
もう十分経ったのか。時計に目を向けるが、渡会のメッセージが送られてきてから二分程しか経過していなかった。
「あれ………十分って」
「うん、送ったけど早く来たかったから」
「そ、そっか」
柔らかくほころんだ笑みを見れば、ブワッと胸の内が膨れる。俺の心の隅まで愛情で満たしてくれる渡会に、温かい気持ちが溢れてくる。
目の前に立った彼を見上げると、自然と笑顔になった。
「俺、本当に渡会が好きかも」
「ん? え? あぁ、俺も……って、ちょっと待って。心の準備してなかった、から……」
渡会は徐々に頬を赤く染め、一歩後ずさった。
そんな彼が可愛くてたまらない。意識しなくても笑みが溢れる。
ぽかぽかとした気持ちを胸に、机から腰を上げた。その拍子に、スマホに手が当たったらしい。開いていたチャットルームがホーム画面に切り替わった。たまたま、インスタのアイコンが目に入った俺は、池ヶ谷との会話を思い出した。
「そういえば、杏……池ヶ谷とDMでやり取りしてるの?」
「えっ…………」
先程まで赤くなっていた顔から、サッと血の気が引いた。聞かれると思っていなかったのか、彼の視線は落ち着きがない。
地雷を踏んでしまったようだ。もしくは、俺が怒っていると勘違いをしているのだろうか。
全くもって、渡会と池ヶ谷にやましい関係があるとは思っていない。池ヶ谷と良い関係に持っていきたいのであれば、修学旅行後も俺に好意を伝えてくる理由が分からないし、渡会からの告白は冗談だとは思えない。
「怒ってるんじゃなくて、ただ疑問だったから……その、答えづらかったら全然」
「いや、それだとお互い腑に落ちないと思うから言う……言わせて」
それでも渡会はどこから話すべきか考えているようで、しばらく口を噤んでいた。
備え付け時計の秒針の音や、廊下から漏れてくる来校者の雑談の声が教室内を埋める。沈黙が破られたのは、数分経った頃だった。
「……日置に、誕生日プレゼントあげたくて」
え? 誕生日プレゼント?
想像していた斜め上の言葉に、拍子抜けした声を上げそうになる。混乱する俺を置いて、渡会はポツポツと話しだした。
「日置が好きなもの分からなくて。プレゼントなのに、本人に聞くのも変かなって」
「そ、そっか……」
男子高校生の誕生日プレゼントの相場は分からないが、渡会たちの間では違う感覚なんだろうか。俺は今まで市販のお菓子や、お手頃価格のものしか買ったことがない。正直、そのくらいで全然良い。というか、渡会から貰えれば何でも嬉しいけど。
「それで、日置に詳しい人いないかなって考えてた時に、池ヶ谷さんからフォローされてるの思い出して相談したんだよね」
「なるほど」
その流れで文化祭に誘ったというわけか。渡会のことだから、直接相談に乗ってくれたお礼もしたかったのかもしれない。
つまり、渡会はサプライズをバラすリスクの少ない池ヶ谷に相談し、俺の好きなものを誕生日プレゼントとして贈ろうとしてくれて、その計画を、俺は今言わせてしまったわけで…………。
「…………ごめん」
「え? なんで? 日置が謝ることじゃなくね?」
渡会はフルフルと首を横に振った。
もちろん、確実に謝るべきはボロを出してしまった池ヶ谷だが、俺が変に追求してしまったのも悪い。
罪悪感と嬉しさで、よく分からない感情になりながらも顔を上げる。
「もしかしたら買っちゃったかもだけど、ほんとにお金かけなくていいよ。渡会から貰えるものだったら何でも嬉しいし」
「うん、でも俺がそうしたくてしてるから」
「ありがとう。大きくなければ、いつでも受け取れるから……」
業者か俺は。受け取るってなんだ。貰う側なのに謙遜の〝け〟の字もないじゃないか。
慌てて否定しようとすると、渡会は気まずそうに口を開いた。
「えっと……もう誕生日過ぎてるならクリスマスに渡そうかと思ったけど、学校のほうが良かった?」
「………………ごめん」
彼の計画を、ことごとく踏み潰してしまった。
可能であれば、辻谷たちに頭を叩いてもらって記憶喪失にしてもらいたい。あ、でも記憶喪失になったら渡会のことも忘れちゃうか……やっぱいいや。
一人で悶々と葛藤している俺を見て、渡会は堪えきれずに笑いだした。
「サプライズって案外上手くいかないんだね。ごめん、かっこ悪いとこ見せて」
「こっちこそごめん。あと、ありがとう」
「いや、全然……あ、そうだ」
優しく微笑んだ彼は、思い出したようにバッグからボトルのようなものを取り出した。そこには花弁が円形になったロゴマークが刻まれていた。
「髪、セットさせて」
「うん」
素直に頭を預ければ、器用な渡会は、櫛と先程取り出したヘアオイルだけで完璧に整えてくれた。
「おけ。かわ……かっこよくなったよ」
「ありがとう……?」
なぜか言い直した渡会に首を傾げる。
「すごい今さらだけどさ、日置は〝可愛い〟って言われるの嫌だったりする?」
罪悪感を混ぜた声と共に、整った眉が下がる。
首を振ると、彼と同じ香りがフワッと顔周りを包んだ。
「可愛いって言われるのが好きかって話なら、そんなことないけど。渡会だから嬉しいよ」
「そっか。ありがとう。手洗うから水道寄っていい?」
「うん、いいよ」
機嫌の良い背中に続けば、その足は目指す教室とは反対の廊下を歩きだした。
水道は五組の教室の近くにもあるのだが、他にも寄るところがあるのだろうか。
「こっちから行くん?」
俺の質問に、渡会は柔らかい笑みを浮かべた。
「うん、もう少し一緒にいよ」
あぁ、そういうことか。
そういう素直なところも、好きだな。
さっきの甘い時間は、幻覚かと疑うほど忙しい。
俺の想像していた文化祭とはまるで違う。緩く仕事をこなして、ふらふらと他のクラスを回って、テーマパークのように楽しめるものだと思っていた。
うちには集客エースが四人もいる。普通に終われるわけなんてなかった。
クラスは大繁盛を超えて、大混乱と化していた。
幼い少女からマダム、時には男性まで、一人残らず四人の虜になっていた。クレープやクッキーを大量に注文する人や写真を求める人、握手を求める人など、いつになっても行列は絶えない。
そして一番疲れているのは本人たちであった。いつも笑顔を絶やさない仲里は時折苛ついた表情を見せたり、立ち回りの上手い堀田は無理を言ってくる来校者を宥めたり、守崎は普段使わない気遣いをフル稼働しているためか、たまに魂が抜けていたり。本当に大変そうだった。
唯一、渡会だけは俺がいれば何でもいいと言って、迷惑客含め、まとめてあしらっていた。
ピークの正午を過ぎ、タイミングを見計らって切り上げると、逃げるように控え室へ駆け込んだ。全員疲労感が顔に滲んでおり、文化祭を楽しむどころではない。
「……死ぬほど疲れた」
仲里はシャツのボタンを開けたまま、椅子にもたれ掛かった。
「……着替える気力もない」
堀田は衣装を身につけたまま、力なく机に突っ伏した。
「帰りてー……」
守崎は砂になって消えそうであった。
可哀想に。そんな三人に哀れみの目を向ける。
着替えるべくシャツのボタンに手をかけた瞬間、横からガシッと手首を掴まれた。
「待って。まだ一緒に写真撮ってない」
有無を言わせず、スマホを掲げた渡会に抱き寄せられる。映り込んだ画面にピースを向けると、しばらくして渡会の手が離れた。慣れなのか、最近は「撮るよ」の合図もなくなってきた気がする。
「てかアレよな。今日一緒に写真撮った人たちさ、全員使ってるアプリ違うから全部顔違うと思うんだよね」
やっと動きだした仲里は、シャツを脱ぎながら乾いた笑いを溢した。
仲里の言葉に、堀田と渡会と守崎も頷いた。
「あ〜、分かる。それやめてほしいよな」
「特に加工強すぎるやつは論外」
「あとノーマルカメラもキツい」
盛れる盛れないとか、プリクラなら分かるが普通のカメラは何が違うのだろうか。修学旅行で撮ってもらった写真は、全部かっこよかったから大丈夫だろ。
クラスTシャツに制服のズボンというアンバランスな格好になり、渡会たちが着替え終わるまで窓枠に寄りかかって待った。するといきなり、今朝と同じく、廊下側の窓が勢いよく開いた。
「日置! 一生のお願い!」
馬鹿でかい声でお馴染みの辻谷が、両手を顔の前で合わせた。
嫌な予感しかせず、とりあえず首を横に振る。
「どうか親友を助けると思って……!」
辻谷は泣きそうな顔で俺を見つめてくる。
「嫌だってば」
「いーじゃん。とりあえず話聞いてみなよ」
辻谷と俺の会話に割り込んだ守崎は、期待に満ちた笑みを浮かべていた。こういう時だけ、彼は水を得た魚のようにいきいきしている。
守崎が促したせいで、辻谷はパッと顔を輝かせた。
「結論から言うと、日置に女装してほしい」
「嫌だ、断る」
「お願い! 一生……二生のお願い!」
来世のぶんも前借りしてくんな。
考える間もなくまた首を横に振るが、辻谷は諦めずに食い下がってくる。
「お願いだって〜!」
「てか、なんで日置じゃなきゃダメなん?」
傍観している堀田が首を傾げた。
たしかに、俺でなくてはいけない理由が分からない。
辻谷に目を向けると、捨てられた子犬みたいに見えない耳が下がった。
「このあと、女装コンテストあんじゃん? でさ、うちから出るやつが床に落ちたフランクフルト食ったら腹壊してさ……」
ちょっと待ってくれ。タイム。前置きからインパクトが強すぎて、何も頭に入ってこない。とりあえず、そいつはバカだってことでいいのか?
渡会たちに目を向ければ、四人とも肩を震わせて笑いを堪えていた。
辻谷は真面目な顔でさらに話を続けた。
「んで、そいつ今保健室だからコンテスト出れるやついなくて……だから日置に」
「いや、なんでだよ。クラス内で解決しろよ」
意味が分からない。なんで三秒ルールの法則に負ける胃の持ち主の代わりに、俺が出ないといけないのか。しかも辻谷は一組だ。俺は五組。本当に意味が分からない。
「それだとまだ説得力弱いけど」
すかさず助け船を出してくれる渡会。さすがだ。渡会大好き。
救世主の異議に、辻谷はまた一段と眉を八の字にした。
「いや、フランクフルトの身長と同じやつクラスにいなくてさ。無駄にオーダーメイドで作っちゃったし」
しれっと友人のことをフランクフルト呼びしていることは置いといて……そんなことある?
いろいろ突っ込みどころは満載だが、辻谷の言葉を聞いてハッとした。
「じゃあ俺じゃなくて、仲里でいいじゃん」
仲里と俺は身長が変わらない。ミリの差で俺が大きいくらいだ……もうお互い伸びているから正確じゃないけど。
俺の提案に反対したのは、もちろん仲里だった。大きく頭を振って否定してくる。
「ヤダ! 絶対ヤダ!」
「なんで、俺より顔整ってるし可愛いじゃん。優勝できるよ」
「日置のが可愛いって! 女装したら化けるタイプだって」
「仲里のが遺伝子レベルで可愛い」
「日置のが細胞レベルで可愛い」
「まぁまぁジャンケンで決めれば?」
「「お前が言うな」」
なぜか頼んでいる立場で仲裁に入った辻谷に、仲里と口を揃えて突っ込む。
「あ。俺、日置に〝貸し〟あるよな?」
何かを思い出した仲里は、ビシッと俺に人差し指を突きつけた。
「は? んなもんな…………」
あった。修学旅行中に、俺が池ヶ谷の件で担任に詰められていた時、話を合わせてくれた貸しが。
そのまま、しらばくれれば良かったものの、思い出してしまったがために喉奥で唸る。
ずるい。何で俺には貸しがないんだ。
何も言葉が出ない俺を了承と見なした辻谷は、安心した笑顔を浮かべた。
「ありがとう! 日置! 恩に着る!」
「おい、まだ良いって言ってな…………」
「参加者には、人気店の焼肉食べ放題チケットが付いてくるからさ」
「そ………………」
〝そんなんで引き受けるわけない〟と言おうとしたが、あまりにも魅力的すぎて、最初の一文字しか発することができなかった。食べ物に罪はない。
しかし、いくら焼肉食べ放題と言っても、女装への抵抗感を打ち消せるだけの力はない。
「頼むよ日置〜! 三生のお願い! ステージ立つだけでいいからさ!」
「てか、時間なくない?」
辻谷のお願いに頭を悩ませていると、守崎がチラッと時計を見た。
女装コンテストの開始時間は知らないが、文化祭の終了時間を考えると、十五時からとかそんなとこだろう。となると、あと一時間もない。
辻谷を窺えば、涙目で俺を見上げてくる。
泣きたいのは、俺のほうなんだけど。
「……………………分かった」
「ありがとう! 日置! 大好き! 愛してる! なぁ、日置が良いって!」
「え???」
辻谷の呼びかけに、廊下の奥から数人の女子生徒が教室内へ入ってきた。
え、ずっと居たの?
「ありがとう! 日置! 早速コレ着て!」
「メイクもするからよろしく!」
「ズボン履いたままでいいよ!」
女子たちは早口にまくし立て、机の上にメイク道具を広げた。
わけが分からないまま、押しつけられた衣装を持って立ち尽くす。恐る恐る衣装を広げると、クラスの女子たちが着ていたメイド服と似ている何かだった。とりあえず、脚や腹を出すことは回避したようで安心する。
「ここ座って〜! 大丈夫、この日のためにメイク猛勉強したから」
ここまで来ると、もはやどうでもいい。
テキトーに頷き、椅子に座って目を閉じた。
神様。どうか。どうか事故だけにはなりませんように。
「できた〜! 過去最高〜!」
「ヤバ! 可愛いじゃん!」
「えっ!? フランクフルトより全然可愛い!」
女子たちは椅子に座ったままの俺を見下ろし、パチパチと拍手を鳴らした。本心なのかお世辞なのかは分からない。
うしろで駄弁っていた友人たちも気になるようで、ガタガタと机や椅子の音を立てて俺の真正面へ回ってきた。
「え、可愛いじゃん」
「普通にいそう」
「お姉さんに少し似た感じ」
「がたい以外は可愛い」
仲里と堀田と守崎に加えて、辻谷も賞賛の声を上げた。どっちとも受け取れる微妙な表情で、こちらも本気で言ってるのか冗談なのか分からない。
「じゃ! 日置! 一組のためによろしく!」
「期待してんね〜!」
「バイバーイ!」
女子たちは、バタバタと教室をあとにした。
シンッ……と静まり返った教室に、男五人と女装した俺が取り残される。
途端に気が抜けて机に突っ伏すと、襟元をグイッと引っ張られた。突然締まった首に、蛙がつぶれたような声がでる。
首をさすって振り返れば、守崎が顔を覗き込んできた。
「メイク崩れるから突っ伏すのやめろ」
「急に引っ張んのやめろ」
「てか写真撮らせて」
話を聞けや。
呆れて真顔のままピースを向ける。守崎がスマホを構え、それを合図に仲里や堀田と辻谷もスマホを向けてくる。辻谷に「足閉じろよ」と言われたが無視。
渡会だけはスマホを持たず、ジッと俺を見下ろしていた。
やっぱり引かれたか。
心配になっても、今さら遅い。渡会から目を逸らすと、辻谷が俺の腕を引っ張った。
「そろそろ行かねーと! 体育館行くぞ!」
「はぁ……やっぱ行かなきゃだよな」
「当たり前だろ! ここで引き下がったら男じゃねーぞ」
「本当にお前はもう何も言うな」
散々一生のお願いを使って泣きそうな顔してたくせに。
辻谷に腕を引かれ、ひとけのない廊下を歩く。チラホラとすれ違った生徒や来校者に目を向けられ、死ぬほど恥ずかしかった。
「続いては二年生の登場でーす」
司会の生徒の声で、体育館内に拍手が巻き起こる。
人間というものは、ダンスや演劇よりも奇抜な企画のほうが好きなようで、体育館は生徒や来校者含め、大勢の人で埋め尽くされていた。
ここまで来たら腹を括るしかない。
女の子らしい歩き方など微塵も意識せず、大股で指示された位置につく。多分、目は死んでいる。
二年生全員が登壇すると、司会の生徒が俺にマイクを渡してきた。
辻谷は立ってるだけでいいと言っていたが、何か言わないといけないのだろうか。
「一組は〝さーちゃん〟ですね!」
さーちゃんとは、辻谷が勝手につけた名前だ。〝あさひ〟の〝さ〟を取ってさーちゃんらしい。意味分からん。
腰元に付けたネームプレートにも、可愛らしい文字でさーちゃんと書いてある。そこかしこから、知らない男たちの「さーちゃん可愛いよ〜!」とか「さーちゃんこっち向いて!」とか、いらないコールサービスも聞こえてきた。
インタビュー中に気付いたことは、とにかく外野がうるさい。主に三年生を中心に、男子生徒はエントリー者の名前を呼んで騒ぎ立て、女子生徒はこのためだけに作ったのであろう、うちわを掲げていた。
「それでは十秒間のアピールタイムです!」
司会の生徒はそう言って、ポケットから一枚の紙を取り出した。
なんだろうと首を傾げると、彼女は紙の内容を淡々と読み上げた。
「〝一組代表のさーちゃんは指示されたポーズをします〟らしいです!」
司会の生徒は紙をカメラへ向けた。うしろを振り向けば、スクリーンに辻谷の馬鹿でかい字が映っていた。
何も用意していなかったよりはマシだけど、指示は誰が出すのか。そう思った矢先、観客席からいっせいに要望が飛んできた。
「指ハートして〜!」
「萌え萌えキュンして〜!」
「投げキスちょうだい!」
「ウィンクください〜!」
「結婚してくださ〜い!」
多すぎて聞き取れない。
困惑しながら視線をさまよわせる。視界の端で、最前に座っている女子生徒が手でハートの形を作っていた。それにならって、いくつかポーズをとってみる。典型的なハートを作ったり、頬に手を当てたりして十秒流れるのを待つ。
こういう時の時間は長いもので、十秒が十分に感じた。
「はい、ありがとうございました〜! さーちゃんの魅力たっぷりでしたね!それでは次に二組の──……」
無事、試練はクリアできたようだ。二組の生徒のアピールタイムを背に、逃げるように幕裏へはける。
そういえば、五組は誰なんだろう。舞台袖からステージを覗くと、柔道部のクラスメイトが出場していた。おそらく、うちのエースたちが断ったから、ネタ枠に走ったのだろう。本人もノリノリである。
十秒アピールはなかなか難しいもので、ほぼ一発芸だった。うちの柔道部の彼は瓦割りで、全然女装と関係がなく、逆に好感が持てる。見た目がアレだから、優勝はないと思うが。
「以上が二年生のエントリー者になります! 審査結果が出るまでお待ちください〜!」
司会の声に拍手が巻き起こる。
ステージ横の控え室で、用意されたパイプ椅子に腰を下ろせば、隣に柔道部のクラスメイトが腰掛けた。
「なんで日置が一組代表なん?」
「ちょっとフランクフルトが……」
「は? フランクフルト?」
柔道部の彼は、困惑の表情を浮かべた。
「間違えた。なんか出場予定の子が体調不良らしい。そいつとピッタリの身長が俺だって」
「へー、じゃあ日置が優勝したら、俺らのクラスが優勝ってことになんの?」
「さぁ? でも優勝はないから、どのみち一組はなんも貰えないと思うよ」
「ふーん」
柔道部の彼は話の興味を失ったようで、俺の格好をジロジロと観察してきた。
ひとしきり視察されたあと、突然手を伸ばしたかと思えば、ガバッとスカートを捲り上げられる。
「なんだズボン履いてんだ」
「当たり前だろ。そっちは……履いてるわけないか」
「この短さじゃ無理だな」
そう言って彼は、ペラッと自身のスカートを捲った。俗に言うミニスカポリスの制服に身を包んだ彼の、見たくもないボクサーパンツが目に入り、すぐに視線を逸らす。
「それでは、エントリー者全員ステージに上がってくださーい!」
司会の声に続き、各学年七人ずつ、計二十一名の男たちがステージに登壇する。
前列から一年、二年、三年と並んだが、三年はガチで優勝を狙っているらしく、低身長の先輩が多かった。
「さて皆さま! 投票ありがとうございました〜! 時間が押しているので申し訳ございませんが、一人ずつのコメントは控えさせていただきます! それでは早速投票結果発表でーす!」
司会がマイクを下ろせば、会場内がパッと暗くなり、スポットライトが右往左往動き回る。緊張感のあるドラム音が体育館に響き渡った。
「まずは一年生の優勝者はエントリーナンバー6! ルナちゃんでーす!」
盛大な拍手と共に、スポットライトが一カ所に集まる。スクリーンには、セーラー服に身を包んだ可愛らしい顔立ちの男子生徒が映っていた。
「お次は二年生! 優勝者は〜……エントリーナンバー3! サエキちゃんでーす!」
スポットライトを浴びたサエキちゃんはナース服の裾を握りながら頬を染め、恥ずかしそうはにかんだ。途端に拍手と歓声が上がる。
「最後を飾るのは三年生! 優勝者は! エントリーナンバー7! アロエちゃんです!」
再びスポットライトに照らされ、着物を身につけた凛々しい顔の先輩が映しだされた。可愛い系統が多かったから、逆に良い意味で目立ったのだろう。
表彰されている三人は、女装だというのにやけに誇らしげだった。再び盛大な拍手と歓声が体育館を包み、同時に文化祭の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
帰りのホームルームを終え、ばらばらとクラスメイトが教室から散っていく。
うちの学校は、前夜祭や後夜祭がない。少し味気なさを感じるが、文化祭はこれで終了。
荷物を整理していると、視界の端に見慣れた指定サンダルが映った。
「日置はもう帰る?」
顔を上げた先で、渡会はニコリと微笑んだ。
「んー……あのさ、このあと予定ある?」
「予定? ないけど」
「堀田たちは?」
渡会のうしろに立っていた三人にも声をかける。三人とも首を横に振った。全員このあとはただ帰宅するだけらしい。
四人の予定が分かれば、一枚のチケットを掲げた。
「行く? 食べ放題」
「え、行く!」
「マジでいいの?」
「待って、今家に食べて帰るって連絡するから」
お昼もろくに取れなかった堀田と仲里と守崎は、パッと顔を輝かせた。歓喜の声を上げながら家に電話をしたり、連絡を入れている。渡会も同じように、スマホに向き合っていた。
その間に準備を済ませると、バタバタと廊下を駆ける音が聞こえてきた。足音は五組の前で止まり、扉から辻谷と猪野と水無瀬が顔を覗かせた。
「な! 一緒に帰ろ!」
「打ち上げしよーぜ!」
「ファミレス行こ〜」
手元のチケットには「高校生は最大十名まで利用可能」と書いてある。
「お前らも行く? 焼肉食べ放題」
お腹ペコペコの三人に、ひらひらとチケットをちらつかせる。
「「「行く」」」
三人は即答し、親指をビシッと立てた。
盛り上がる三人を横目に立ち上がれば、ふいに「あ」と声が漏れた。
「ごめん、忘れ物したから先行ってて」
「俺も行く」
辻谷たちとは反対の扉へ足を向けると、渡会も隣に並んだ。
ちょうどよかった。話したかったことがあるから好都合だ。
「校門のとこで待ってるな~」
堀田の声に頷き、渡会と二人で教室を出た。
控え室だった空き教室に向かいながら、端正な横顔を見上げる。
「今日は変なもの見せてごめん」
女装に関して、最大限の謝罪を口にした。けれど、渡会は想定外の反応を見せた。
「えっ、なんで? 可愛かったよ」
「えぇ……? 引いてないの? 反応微妙だったじゃん」
「うーん……それは」
渡会が口ごもる。
「……なんて言うか、再確認してた感じ?」
「再確認? 何を?」
「日置が女の子だったら修学旅行でずっと一緒に過ごせなかったなとか、もしかしたら恋愛に発展しなかったのかもなとか考えてた」
「あ〜…………」
たしかに、俺が女だったら今の関係どころか、話すことすらなかったかもしれない。
今日はたくさんお世話になった空き教室の扉を開けると、渡会は入り口で立ち止まった。
「やっぱり、俺は男とか女とか関係なく日置が好き」
「うん。ありがとう」
真っ直ぐな告白に微笑む。渡会も安心したように微笑んだ。
空き教室に戻ってきた目的は、忘れた腕時計を回収するため。使っていた机の中に手を突っ込み、手探りで腕時計を取り出した。
目的を達成したタイミングで、スマホが着信を告げる。スマホの画面には、辻谷の名前とアイコンが表示されていた。
通話ボタンをタップすると、元気な声が聞こえてくる。
『日置! フランクフルトが謝りたいらしいから早く戻って来て』
『秒で来いよ〜! 腹減った!』
『混む前に行こうぜ〜』
辻谷の声に加えて、猪野と水無瀬の声も混ざっていた。
「あー……おけ」
それだけ呟いて通話を切り、渡会に向き直る。
「早く来いって。忙しないやつらだな」
「俺としては気が気じゃないけどね」
渡会は、神妙な面持ちで廊下へ足を踏み出した。夕陽に照らされる渡会の横顔には、嫉妬の色が滲んでいた。そんな彼に笑みを溢す。
付き合っていなくても、付き合ったとしても、渡会とはずっとこんな距離感だと思う。
これからどんな関係に変化しようと、ずっとこうであればいいなと思う。
そんな俺の気持ちを表すかのように、夕陽の差し込む廊下で二つの影がずっと遠くまで伸びた。