待てよ、この声、たしか昨日も聞いた気が……。

"やべえ!"そう思った時には時すでに遅し。反射的に、声の主を振り返ってしまっていた。


「やっぱり千羽くんだ」

「げ……」

「あー、今げって言った!俺のこと見て!」


コイツはたしか、昨日の放課後、玄関で傘貸そうとしてくれたヤツ……。

『いらねぇ……』

こんなふうにひどい断り方をしてしまったものだから、俺の頭の中は気まずい気持ちでいっぱいだった。

もともと悪かった俺の印象が、さらに悪くなって、不良からヤクザに昇格したのではないか。そんな不安が俺の胸の奥を逆撫でするように不安を掻き立てる。



「おにーちゃん、このひとだぁれ?」


ハッと顔を上げる。

まずい、芽衣に学校での俺がバレたら、きっといいお兄ちゃんではいられなくなる。

それに、こんな俺に妹がいると知られたら、芽衣まで邪魔者扱いされるかもしれない。


「このひとは、おにいちゃんのおともだちだ!だから芽衣、おにいちゃんたちちょっとだけおはなししてもいいか?」

「うん!芽衣、すべりだいであそんでくる!」

「おう、きをつけてな」


芽衣の頭をよしよしと撫でてから、駆けていくのを見送った後、俺はベンチに座ってニヤニヤと笑みを浮かべながらこちらを見つめるソイツに思わずため息を吐きそうになった。


「俺と千羽くん、おともだちなんだ?」


「う、うっせえ!嘘に決まってんだろうが!」


なんだか恥ずかしい場面を見られたような気がして、顔に熱が集まった。


「つーか、俺、今までずっと千羽のこと悪いやつだと思ってた」


「はあ?」


そんなの、とっくのとうに知ってる。また俺の嫌いな話題かよ、と、少し肩に力を入れるけど、次の瞬間、目の前のそいつから発せられた言葉に俺は拍子抜けした。


「ごめん!」


「……へ?」


思ってもみなかった謝罪の言葉に、思わずマヌケな声が口から漏れる。

コイツ今、謝った……?

いやいや、何にだよ。大体コイツ、何も悪いことなんて……。


「周りの噂を信じ込んでたのが、バカみたいだ……。千羽、本当に優しくていいやつなんだね」


ボッ……と、顔に火がついたみたいに熱くなる。いきなり来て、いきなり謝って……なんだよ、褒めるって。

今まで言われたことのない言葉に、変な汗まで噴き出てくるもんだから、俺は勢いよく立ち上がって空を仰いだ。