気づけば、目の前のソイツに背中を向けていた。
「いらねぇ……」
どうせコイツだって、今までの奴らと一緒なんだから。
「あ……そう?じゃあ、先帰るよ」
爪が食い込むくらいに、拳を握りしめる。
「はー……」
俺は、重いため息をつきながらその場にしゃがみこんだ。
俺の気分の重さに比例するかのように、雨足がさっきよりも格段に強くなっていく。
……なんか、帰る気もなくなっちまったし。
もう一生、このままでいいのに。
「ほんとに困ったやつだな、オマエ」
笑いを含めたため息混じりの声に、ビクリと肩が跳ねる。
「っ……」
俺の前に立つ人影。
見上げるまでもない。
ーーアイツだ。
「怖いのかよ」
「……は?」
俺の顔を覗き込むようにして、目の前のそいつもその場にしゃがみ込んだ。
なんだよ、何が言いたいんだよ。
地面のタイルを見ていた視線を上げ、鋭く睨む。
「誰かに興味を持たれて、その誰かが自分からいずれ離れていくのが怖いんだろうが」
ギュッと心臓を鷲掴みされたように、身体中の血管が細くなったような、そんな感覚がした。
ドクドクドク……と、脈が早くなっていく。
「意味わかんねー……」
やっとの思いで振り絞った言葉。
喉の奥がカラカラで、まるで体の内側が砂漠になったみたいだ。
「人と関わることを諦めて、現実から目を背けて、逃げた結果がこれなんだよ」
「っ、なに……」
何言ってんだよ、そんな言葉、会えるはずがなかった。
ーー図星だから。
「周りの奴らから勝手に遠ざけられて、ありもしない噂をでっちあげられて、事実には話を盛りに盛られて」
やめろ、やめてくれ。
もう、話すなよ。
ギリ……と奥歯を噛み締める。だんだんと呼吸が浅くなる。早くなる。
「その現実を直そうとしないオマエは、ただの臆病者だ」
「っ……!オマエ……!」
『臆病者』ーーそんなの、自分でもわかりきってる。
でも、その単語がまるで俺の体に電流を流したかのようにして、俺は無意識にそいつに向かって拳を振り上げていた。
「図星か?」
なんなんだ、コイツは。俺に関わって、何がしたいんだよ……。
俺なんかに関わってたら、お前まで同じような目に見られるだけなんだよ。
フッと力の抜けた腕を、俺はゆっくりと降ろした。
そして、その瞬間、ポンと頭の上に何かが置かれるとともに、目の前のソイツはふっと笑った。
「大丈夫だよ、オマエは」
「は……」
「周りがオマエを見捨てようが、オマエは堂々としてればいい」
ソイツの大きくて平べったい手が、俺の頭をよしよしと撫でる。
「俺は見捨てないから」
ソイツの黒い瞳の中には、目を見開いて呆然とする俺の姿が見えた。
ーー雨は、いつのまにか止んでいた。