「あー……最悪……」

地面に向かって勢いよく垂直降下していく街灯に照らされた雨粒を見た瞬間、腹の奥から吐息とも言えるようなか細い落胆の声が漏れ出た。

今日、傘持ってねーのに。

ここから家まで、結構な距離あるんだよな。しかも、今日に限って自転車を修理に出しているため、今日に限って徒歩通学なのだ。

最近、俺運悪いんだな……。

ムカつく奴に図星をつかれるし、ここ3日くらい連続で、朝、遅刻して高橋に捕まり続けている。

それで、傘を持っていない俺に対する雨の攻撃と……。


「仕方ねえか……」


俺はバッグを頭にかざして、ふう……と深呼吸をする。

こんな時間まで残っているやつなんてそうそういないし、いたとしても誰も俺に傘なんて貸してくれやしない。


今日は走って帰るか……。


よし、と短く口の中で呟いた瞬間だった。


「……千羽くん?」


俺を呼ぶ声が、背後から聞こえたのは。

今、俺の苗字……。俺のことを千羽くんだなんて呼ぶやつ、いたか……?

不思議に思って振り返ると、見たこともない知らない奴。


「……誰?」


つーかコイツ、身長たけえ……!最近、誰かを見上げることばっかりじゃねえか。

別に、俺が低いってわけじゃないのに……。

男としてのプライドが少しへし折られた気がして、そんなことは考えないようにしようと軽く頭をふる。


「えー、俺のこと知らないの?同じクラスのーー……」

「知らねえ」


思ったより低い声が、目の前の奴の言葉を遮る。

自分でもハッとした。
まずい、かなり嫌な返し方をしてしまったみたいだ。


「っ、ぁ……」

「あはは、だよねぇ。つーか、千羽くん傘なくて困ってるの?」

「え……」


それなのに、相手はそんな俺の態度を気にも留めていないかのように話を続けた。

あ、コイツ、ネクタイの色、赤だ……。っつーことは、2年……俺と同い年なのか。

それなら、俺の噂だって耳にしているはず。


「俺、折り畳み傘持ってるんだけど使いなよ。俺、別に傘持ってきてるから」


ーーなんで。

誰にも頼ることができない俺を見て、楽しんでるのか。

おちょくってるのか。


黒い感情が、心臓のあたりに重くのしかかっていく。

どうせお前も、周りからの噂で俺のことを知って、悪いイメージを持ったまま俺と話そうとしている。