「風呂、ありがとな」
「……おう」
夜の8時。
バスタオルを肩に掛け、リビングに入ってきた真柴は、俺の初めて見る髪を下ろした状態だった。
それに、もともと綺麗だった黒髪は、水分を含んでさらに艶やかなきらめきを放っていた。
ーーそれだけじゃない、俺がいちばん楽しみにしていたのは。
「服も、助かった」
「おー」
興味のないふりを装おうと、テレビに顔を向けたまま、目線だけを真柴に向けて凝視する。
そう、風呂上がりの真柴が今着ているのは、俺のTシャツ、俺の長ズボンーー。
俺は普段から、サイズが大きくゆるゆるな服を好むから、俺よりもひと回り体のでかい真柴が俺の服を着ると、意外にもジャストサイズだった。
これが彼シャツってやつかぁ……なんて、その場に寝転がって悶えたい衝動をを必死に堪えた。
「……何?」
「へっ」
そんな真柴の声にパッと顔を上げると、真柴は俺を見て苦笑していた。
「べっ……つ、に……」
ガン見してること、バレたか……?と、俺は焦ってすぐさま目を逸らす。
平静を装う俺の外観とは裏腹に、心臓は爆発しそうなくらいに音を立てていた。
「お兄ちゃんたち、へんなくうき!」
「っ、ばっ……空……」
顔を真っ赤にして怒る俺と、本日何度目かもわからない苦笑いを浮かべる真柴。
あぁもう、普通にしろよ、俺!
「俺も風呂入ってくる」
とうとう耐えられなくなった俺は、足早にリビングを出た。
泥臭いシャツやズボンを全て洗濯機に放り込み、風呂場に入ると、温かい蒸気が俺の体を包む。
適当に体と頭を洗って、湯船に浸かった。ちゃぽ、と、1時間ほど前に散々聞いた水の音とは大違いな優しい音が風呂場に響いて、「あぁ、俺そういえば川に落ちたんだ」と、改めて感じた。
ずっと濡れたままで、しかも長時間そのままにしておいたからか、夏だというのに完全に体の芯まで冷えてしまっている。
浸かりきれていない部分に、パシャパシャと湯をかけると、その湯の熱が体に浸透していくようにぬるくなっていった。
そこでふと考える。
俺は今日、今まで以上に真柴を意識してばっかりだ。それに、真柴だってなんだかおかしい。
人の家にいるというのもあるだろうが、どこか居心地を悪そうにしてる。
いくら久しぶりに話すからとはいえ、変な空気になりすぎじゃないか。
なんなんだ、あの気持ち悪りぃ空気は……。どうしろっていうんだよ、と、ため息を吐きそうになって、ふと思う。
ーーまさか、俺の気持ちが……。
そこまで考えて、あわてて頭をブンブンと横に振った。
……まさかな。
とにかく、気にしすぎないようにしねえと。
俺は、のぼせてしまう前に湯船から立ち上がって、風呂場のドアに手をかけた。