「あらあら、魁ちゃんどうしたの!そんなにびちょびちょになって……!」
「その魁ちゃん呼びやめろって……」
よりによって真柴もいる前で……と頭を抱えてしゃがみたくなる衝動を抑え、なんとか耐え凌ぐ。
頼む、真柴、スルーしてくれ……!
もう1人分が玄関に立てるスペースができるように俺が隅の方に移動すると、ドアの後ろから、真柴がひょっこりと顔を出した。
「はじめまして、真柴亜月と申します。すみません、突然お邪魔しちゃって」
「あらぁ……イケメンねぇ……」
「母さん、もうほんとにいいからやめてくれ……」
「あはは……」
一軒家の千羽家にて。
玄関では、ずぶ濡れの男子高校生2人、ぽやっとしてその男子高校生に見惚れる母親、そしてその様子をジッと見ている幼稚園児の妹。
「だぁれ?」
二つに結んだ髪の毛をふわふわと揺らしながら、妹の空が真柴に駆け寄る。
真柴は、「男前ねぇ……」と呟く母さんに苦笑いをしながら、空と目線を合わせようと屈んだ。
「亜月っていうの。お邪魔するね」
真柴の口から「ね」なんていう語尾がついたことにギョッとしながらも、俺は真柴を凝視しすぎないよう平然を装って母さんに言った。
「悪い、風呂貸す」
「あぁ、そうね。今沸かすから、ちょっとこれで体を拭いてちょうだい」
「あぁ」
「ありがとうございます」
視界の端でカラフルなタオルが見えたものだから、気になって見ると、真柴の手にはどう見ても小学生が使うような、クマのキャラクターがプリントされた小さなバスタオルーーそれは、俺が小学生の時に使っていたお古だった。
よりによってなんでそれを真柴に……!
顔から湯気が出そうなほどに恥ずかしい。穴があったら入りたいとは、こういう状況のことを言うのだろう。
母さんが風呂場へ行った今、玄関に残されたのは、俺と空、そして真柴。
なんとも言えぬ気まずさが、俺と真柴の間を包んだ。きっと、空はなんとも思っていないのだろうけど。
「あつきおにーちゃん、あとでね、空がかいたじゆうちょう見せてあげる!」
舌ったらずな口調で、真柴の手を、小さな手でぎゅっと握る空は、目をキラキラと輝かせていた。
ーーまずい、これは、空が真柴を気に入ってしまった合図だ。
「あぁ、楽しみにしてる」
小さな子供に対する真柴の姿が見ることができるのは幸せとして、妹に真柴を取られると思うと、不満でならない。
大体、空は気に入った人間は気が済むか、眠くなるまで絶対に離そうとしないからなおさらだ。
俺は、唇を尖らせて、濡れた頭をガシガシとかいた。