「ぼ、僕このまま塾あるから」
さっきの天気とは打って変わって、流れが早い灰色の雲の隙間からは、青い空と太陽が顔を出していた。
そんな中、傘を閉じた真紘がコホンと咳払いをひとつして言った。
「あ?俺ん家寄んなくていいの?」
言ってから気づいた。
ああ、そうだった。びしょ濡れになっていない真紘が当たり前なのだと。
川に飛び込んで頭から足のつま先までびしょ濡れになっている俺たちがおかしいのだ。
真紘は、ツンとした態度でそっぽを向いた。
「ーーと」
「は?何?」
何かを言いたいのだろうか、真紘は耳まで真っ赤にして眉を顰めた。
まるで「一回で聞き取れよ!」そう怒っているかのようだ。
2回目を言ってくれるまで、俺は特に何も言うことなくジッと真紘を見つめていると、痺れを切らしたらしい真紘はバッと顔を上げた。
「ありがとって言ってんだよ!」
「……え」
予想もしなかった真紘の言葉に、俺は固まる。
"ありがとう"って……。まさか、俺に……?
「俺?」と言うように自分を指差す俺の顔は、さぞマヌケのようなことだろう。いやいや、仕方ないじゃないか。そんなことを言われるなんて、天地がひっくり返っても想像ができなかったのだから。
「お、お前以外に誰がいるんだこのバカ!」
真紘は、そんな捨て台詞を吐いて、青になったばかりの横断歩道を走って行ってしまった。
……しっかりと真柴に礼儀正しい挨拶をしてから。
「千羽が誰かに感謝される日が来るなんてな」
「……うっせ」
2人で並ぶ道は、少し横幅に余裕ができて、必然的に俺と真柴の距離が開いた。
肩と肩が触れ合ってしまいそうだった距離から、触れようとしなければ触れられない、そんな距離へと。
ーーもっと道が狭ければいいのにと思った。