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「風呂、ありがとな」
「……おう」
俺は今、最高に幸せな状態かもしれない。
まさか、風呂上がりで髪が濡れていて、しかも俺の服を着ている真柴の姿が見られるなんて……!
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あれから、このままでは帰しておけないと思った俺は、土砂降りの中特に急ぐことも走ることもせず、歩きながら真柴たちを俺の家へ連れていくことにした。
「さっきな、真紘が連絡してきてくれたんだ。千羽が大変だって」
「本当にごめんなさい!」
真柴が雨で濡れた髪を掻き上げながら苦笑すると、隣を真柴の隣を歩いていた滝が今にも泣き出しそうな表情で俺に誤った。
「僕には助ける力も勇気もなくて、結局逃げて……」
珍しく弱気な真紘。こういうところはまだまだ一年生だなと思いながら、数ヶ月前まで中学生活を送っていたんだということにも納得する。
「お前が俺を助けたんだ、何も気にすることなんてねーだろ」
俺は、誰かを慰めることなんて得意じゃないから、そんな言葉しか言えないけど。
とにかく真紘には、気にしないでほしい。その一心だった。
「……」
「……」
「……」
3人の間を、妙な沈黙が包む。
聞こえるのは、アスファルトに打ち付ける雨粒の音と、ずぶ濡れの俺たちを怪訝そうに見ながら道を歩く通行人の足音、そして車道を走る車のエンジン音。
ーー俺は、真柴を挟んでその隣を歩く真紘に目を向けた。
「ーー大丈夫か」
真紘の華奢な肩が、ビクリと震える。
やっぱり、コイツ……。
「何が」
「お前、またイジメられるとか思ってんだろ」
「っ、思ってなーー」
「思ってる」
真紘の長い前髪から、俺を睨む瞳がチラリと見えた。
「なんで抵抗しねえの?嫌なことくらい嫌って言えよ」
俺は立ち止まって、真紘の背中にそう言った。
それとともに、俺の横を歩いていた真柴も立ち止まる。
……なんで、お前は止まってくれないんだよ。
俺はぎゅっと手のひらを握りしめて、距離が離れていく真紘にもう一度口を開いた。
「さっきのお前、死ぬほどダサかったぞ。されるがままでさ、お前それが正解だと思ってーー……」
「うるさいうるさいうるさい!そんなこと僕がいちばんわかってる……!」
真紘は、悲痛な表情を浮かべながら立ち止まって、俺を振り返っていた。
突然の叫び声に、ちらほら歩いていた通行人が、ギョッとして真紘に目を向けていた。
でも、今の俺にはそんなことどうでもよくて。
ーーなんだ、言えんじゃねえか。自分の気持ち。
「僕だって最初は言ったよ!言ったのに……っ」
大きな涙をポロポロと流す真紘の口が、かすかに「やめてくれなかった」そう動いた。
俺はため息をついて、離れていた真紘との距離を再び縮める。
そして、いつもアイツが俺にするように、俺も真紘の頭に手を伸ばしてみる。
真紘はそれを、避けようとはしなかった。
「……誰かに助けてって、言ったのか」
「っ……」
真紘の目の位置に合わせるようにしてかがみながら、真紘の顔を覗き込む。
ーー言えなかったんだな。
真紘の頭に乗せた手を、ぐしゃぐしゃと撫で回してやる。
「……やめろよ」
「やだね、お前が助けてって言うまでやめねえよ」
あいにく、俺はこうやって頭をぐしゃぐしゃと撫で回される奴の気持ちを知っている。
嫌じゃないから、こいつも俺の手を本気で振り払おうとはしない。
「お前を助けるダチっつー存在がここにいんだよバーカ」
真紘が、さっきのように誰かにああいう扱いをされるのが何年続いたのかはわからないけれど、きっと中学時代はずっと続いていたのだろう。
続いた時が長ければ長いほど、助けてほしい気持ちが強くなっても言いにくくなっていく。
だからこそ、今、俺が助けてやらないといけない、そんな気がした。
俺がアイツに、救い出してもらったように。
「ぜってー俺が助けてやるから、ほら、言えよ」
血が出てしまいそうなくらいに唇を噛んで、静かに涙をこぼし続ける真紘の口が、微かに開いた。
ーーがんばれ、真紘。
「っ……たすけて……」
今にも消えてしまいそうなくらい、か細く小さな声。それでも、その声に、今までの苦痛に耐えてきた真紘の全てがこもっていた。
俺は、もう一度真紘の髪をぐしゃぐしゃに撫で回した。
「当たり前だろ」
「っ、うぅ……」
かわいいとこあんじゃねえか、なんて、柄にもないことを思った。
そんな俺たちを、真柴は微笑んで見つめていた。