弾けるような衝撃が顔や肩に広がる。

その瞬間に、俺の体は大量の気泡に包まれた。重力、感覚、力の入れ方。

一瞬、何もかもがわからなくなるほどに、俺の体の神経が、重い液体の中で全てを麻痺させられた。


ここ、どこだ。


きっとここは、陸の上じゃない。陸上と全ての感覚が切り離された場所だ。


俺、死ぬのかな。


何か重いものが邪魔して自由に動かせない四肢が、急激に冷えていく体が、俺に問いかけたーー。




ーーーーーーーーーー




水の中は驚くほどに冷たく、そして流れが強かった。

濁った茶色い水中は何も見えず、どっちが水面でどっちが水の底なのかすらわからないほどだ。



ほんの一瞬、ぼんやりしていた俺の頭が正気に戻る。


そうだ、俺、ハチマキを川に落とされて、ヤベェって思って、それで……。

頭の中が軽くパニックになっていることにも気づかず、俺はこの息ができない環境に焦っていた。


鼻の中に水が入ってくる。そして、平衡感覚を失ってしまった俺の体は、どこに向かって四肢を動かせばいいのかがわからなかった。



確かなのは、俺の右手にはしっかりとハチマキの感触があるということ。



濁流に飲まれてしまった俺の体が、どんどん流されていく。
その度に、俺の腕や足が自由を失い、体力も奪われていく。




ーー死ぬ。




そう思った時だった。





俺の左腕が、誰かの手によって流れとは全く別の方向へと力強く引っ張られた。

その手は、決して俺を離そうとしない。

『絶対に離さない』ーーそう言っているみたいで。



どうしてか、俺もその手を信じようと思った。





ーー気づけば、俺の体には、もとの重力が戻っていた。

何が……起きたんだ……?目の前には、砂利、砂利に打ち付ける雨粒、そして、俺の手にしっかりと握られた赤い布。


よかった、ハチマキ、離してなくて。


そう思った瞬間、胃の中から何かが競り上がってくる感覚が俺を襲った。


「っ、ゲホッ、ゲホッ……っ、はぁっ、カハッ……」


それは完全に俺の器官を塞ぎ、酸素の通り道を塞いだ。そして、胃から大量に逆流してくる川の水。

きっとさっきの拍子に飲み込んでしまったのだろう。

信じられないくらいの水の量だった。



「はぁっ、はっ……」


浅い呼吸をなん度も繰り返しながら、四つん這いになって息を整える。

そういえば、俺、なんで生きて……。


目の前がチカチカしていてまともに立てそうもない中、俺はふとそんなことを思う。


飛び込んで、死ぬかもって思って、その後ーー……。


「千羽お前……っ!」


ようやく立ち上がった俺の名前を、誰かが呼ぶ。知っている声、だけど聞いたことのない声が。



「真柴……」


見れば、真柴が俺のすぐ後ろに立っていた。俺と同じように、頭から足のつま先までずぶ濡れの状態で。

真柴が、俺を……?

真柴は、俺が今まで見たこともないような表情をしていた。


泣きそうなほどに怒っていて、歯を食いしばって。


初めて見る、真柴のそんな顔。


ーー俺がそんな顔をさせたんだという自覚が、忽然として俺の胸の内側を曇らせた。


「真柴のハチマキ取り上げられてさ、つい」


だから別に俺はなんともない、そう伝えるために、ヘラヘラとした笑顔を浮かべたつもりだったのに。

それなのにーー……。




俺の体はいつのまにか、大きな胸板と長い腕によって包まれていた。