ーー数々の喧嘩を経験してきたからと言って、決して痛みに慣れるというわけではない。

人間なんだから、人に殴られたら痛いと感じるのは当たり前で。


それでも、真紘を助けたことに後悔なんてしていなかった。


忘れようとしてもどこまでもついてくる、消したい過去の記憶がある日突然蘇ってくる辛さを俺はよく知っているから。



「チッ、なんで気絶しねえんだ……」



あれから、何分間が経ったのだろうか。男子2人に拘束されて、身動きが取れない状態で殴られ、蹴られ。

体だけは頑丈にできているもんだから、何度痛みを与えられても、気絶するほど俺はやわじゃない。



「さあ、お前のその拳が軽いからじゃねーの」



さっきと同じように、はんっ、と鼻を鳴らして嘲笑してやると、俺を殴っていたソイツは目の色を変えた。



「うるさい!」


「ぐっ……」



勢いよく横腹に蹴りを入れられたその時だった。



俺の視界の隅っこに、何かひらりとした赤い物体が動くのを。


「っ!」


ハッと息を呑んだ。


「なんだぁ?ハチマキ?」


1人が、俺のポケットからするりと落ちた赤色のハチマキを拾い上げ、目の前に掲げて見せた。


「てめ、返せ!」


俺の目の色が変わったことを見逃さなかったのだろう、ソイツは今にも噛みつきそうな俺の目の前にハチマキをぶら下げた。

雨が染み込んで濃くなった赤いハチマキを。


「こんなもん持ち歩いてんのはさすがに気色悪いわ」

「捨てちゃおー」


ひゅっ、と喉の奥が、空気を掠める音を発した。


「っ、待て……!」


そう叫んだものの、時すでに遅し。

水分を含んで重みを増した赤いハチマキは、空から降ってくる雨に撃ち落とされながらーー。



川へ落ちていった。



「へへっ、ごしゅうしょうさーー……ぐはっ」



その瞬間、俺は信じられないような力で、2人の拘束を振り解き、ハチマキを落とした男を突き飛ばしていた。


そして、俺の目は川に向かって垂直に落ちていくハチマキだけを追う。

自分の身体が、宙に浮いていることさえ気づいていなかった。


唯一、俺が陸上の音や重力、全てを遮断する前に聞こえたのはーー



「千羽!」



俺を呼ぶ、アイツの声がしたこと以外はーー。