「お前、やっぱ中学の頃から変わってねえのな!」

「相変わらずガリ勉って……キッショ」

「どーせ友達いねえんだろ?」



「……」



ただ俯いて、黙っている真紘を囲んでいる他校の制服を着た4人の男子は、真紘のリュックに入っていた教材を踏み付けにして下品な笑い声を響かせていた。



「なんとか言えよ!なあ!」


遠くて聞こえなかったその怒鳴り声も、俺が近づくにつれてはっきりと聞こえるようになっていく。

それとともに、俺の腹の中ではイライラが確実に堆積していた。



話からして、アイツらは真紘の中学時代の同級生なのだろう、その内の1人が、真紘の髪を掴んで顔を上げさせた。


「はは、コイツなんも変わってねーわ!」


真紘の顔からは、完全に感情というものが消えていた。

ーー中学時代も、そうだったのだろうか。


そんな真紘を見て、ゲラゲラと笑う奴ら。

ーーダセェ、コイツらも、真紘も。



「何やってんの、お前ら」



俺の目の前には、真紘の髪を乱暴に掴むヤツの腕を、力強く握る手。

それが俺の手だと、そう気づくまでに時間がかかった。


ーー気づけば俺は、真紘を助けるために体を動かしていたのだ。


そして、自分でも予想をしなかったような低い声が、地獄の底から這い上がるような声が、真紘の髪を掴んでいたその手を緩ませた。


「誰だよお前……?」


俺の頭髪を見たからか、一瞬怯んだものの、ソイツらは真紘を視界から外し、すぐ俺にゆらゆらと詰め寄る。

俺の視界の端で、真紘は微動だにしなかった。俺を見ることも、表情を変えようともしない。


全てを諦めたかのように、ただ、地面に散らばった教材をぼんやりと見つめていた。


「コイツが世話になったみたいだな、猿のパシリとして」


はんっ、と鼻を鳴らして、首を傾げる。煽るのは逆効果だっただろうか。

いや、まあいいか。



「誰が猿だテメェ……ッ!」



俺の侮辱に顔を真っ赤にさせた1人が、俺に向かって拳を振り上げた。

完全に、人の顔面に拳を入れようとしているその体勢に、俺の体は意外にもすぐ動いた。



「は、やっぱ1ヶ月やめただけで簡単にはなまらねーもんだな」

「口を開くんじゃねえ!大体、誰なんだお前は……!」



俺に拘束された腕を解こうともがきながら、俺を威嚇するかのように睨みつけるソイツは、やっぱり弱かった。



「俺らはなぁ、中学ん時からコイツの大親友だったんだよ」

「なあ?滝ー?」



他の2人が、真紘の肩に腕を乗せてニヤリと嫌な笑みを浮かべる。

大親友、ね。

俺の脳裏には、たった数ヶ月前の記憶が蘇っていた。



「ダチっつーのは、間に格差なんてもんはねえんだよ」


「何言ってんのかわかりませーん」

「大丈夫この人?何勝手に語り出しちゃってんのー?」



俺は、拘束していたやつの腕を離してやる。



「わりーけど、俺のダチに近づくな」


ハッ、と息を呑む音が確かに聞こえた。不安げな瞳をした真紘と、目が合った。




「友情ごっことかいらねえんだよ!」



それでも、真紘は絡まれている腕を振り払おうとはしなかった。

その代わり、前方から軸の通っていない拳が顔面を目掛けて飛んできた。


おいおい、マジかよ……ため息をつきたい気持ちを抑えながら、俺は素早くしゃがんで拳を交わした。



「人を殴るなんて、おもしれーことなんもねえのに」

「うるさいんだよ!」



4人を相手にするんじゃ、さすがの俺でも限界がある。

せめて真紘だけでもこの場から離れてくれたら……。


「真紘!」


振り回された拳が頬を掠める。

バランスを少し崩した拍子に、突き出された足が鳩尾に入る。


真紘の名前を呼んでも、返事はない。


「さっさとここ離れろバカ!」


ポツ、ポツポツ……と、いつからか降ってきていた雨粒がリズムのスピードを増して地面にシミを作っていく。

まるで、真紘にここから早く離れてほしい俺の焦りを表現しているかのように。


「でも、千羽先輩は……っ」

「っ、どーでもいいんだよ!行けよ!」


俺が叫んだ拍子に、まるで真紘の体が何かに突き動かされたかのように走り出した。

「はっ、まだまだ感情あんじゃねえか」

俺に背を向けた一瞬、泣きそうな表情をしていた真紘の横顔を見て、安心した。


「は?勝手に決めんなよ!ゴラァ!滝ぃ!」

「っ、待て……!」


俺の背中にも、腕にも目はついていない。相手よりどれだけ力があっても、目はふたつしか無いのだ。

真紘のことを追いかけようとしたソイツを引き止めるのに、全てが遅れてしまった。


まずい、これじゃあ守りきれねえ……!


ダメだ、ダメだダメだ。ここで真紘を逃しきれないのは……っ!

俺は、ソイツの襟首に向かって全力で手を伸ばした。

頼む、届いてくれ……っ!



ザアザアと強く体に打ちつけてくる雨水とともに、たしかに、俺の手が、ワイシャツの袖を掴んだ感触があったーー。