あれから、何時間が経っただろうか。……いいや、1時間も経っていないのかもしれない。
蒸し暑い生徒会室に、俺はいまだ一人で座り込んでいた。
床に投げつけた桃色のハチマキを睨みつける。ハチマキは、俺が握ったせいか、しわくちゃになっていた。
「はあ……」
時刻は14:00。体育祭の閉会式は、15:00頃だ。
まだ、あと1時間もあるのかよ……。まだ、外ではきっと種目が行われていて、大いに盛り上がっていることだろう。
しかし、今の俺には、盛り上がっている会場に行く気など、到底起きなかった。
「……暇」
ポツリと呟いたその言葉は、誰もいない生徒会室に反響して、誰かに拾われることすらなく消えていく。
ーーはずだった。
「じゃあ戻れ、サボり魔が」
「へっ……」
呆れたような声に、思わずびっくりしてその場に転ぶ。
見れば、いつのまにいたのやら、真柴が扉に背を預けるようにして立っていた。
「ま、しば……」
真柴の姿を見た途端、今まで何を考えていたのか、何をしていたのかを忘れてしまうくらい、頭が真っ白になる。
「あのなぁ、生徒会室はサボる場所じゃねーから」
「っ、わぁーってる……」
真柴は、呆れたようにため息をついて俺に歩み寄る。そして、俺と目線を合わせるようにしてしゃがみ込んだ。
「体調でも悪いか」
「悪くねぇよ……」
「じゃあなんで目を合わさない」
ちげぇよ、オマエのことが好きになっちまったんだよ。……なんて、そんなこと、言えるはずもなかった。
ポソポソと返事して、おまけに目も合わさない俺に痺れを切らしたのか、真柴は諦めたかのように床に落ちていた俺のハチマキを手にとって立ち上がった。
ほら、俺がこんな態度でいるから真柴にも呆れられんだ。
どうやって接したらいいかわからない、そんな言葉がぴったりだな。
「ん」
「……?」
何も言えない俺に、差し出された何か。おそるおそる顔を上げると、差し出された真柴の手の上にあったのは、赤色の布ーー真柴のハチマキだった。
「え……なん、で……」
「拗ねてんだろ、俺がオマエのリレー見なかったから」
「……」
真柴は、少し困ったような顔で笑いながら、俺の首に赤いハチマキをかけた。
その代わりに、真柴の首には、桃色のハチマキがかけられている。
「交換な、これでいいだろ?」
なんで……。
たった真柴の騎馬戦が終わった後、他の色の女子にハチマキ交換を頼まれてたじゃねえかよ。
それを断ってまで、なんで俺に……。
「そんな不貞腐れんなよ。な?」
真柴はポンっ、と頭に手を乗せて、慣れた手つきでそのままぐしゃぐしゃと撫でる
「んだよ、それ……」
そんなの、叶うはずもないことに淡い期待を持ってしまうに、決まってるだろうが。
「ほら、戻るぞ」
「……っ、さわんな」
気づけば、俺の腕を掴もうとする真柴の手を、振り払っていた。
「……千羽?」
怪訝そうに眉根を寄せる真柴。
でも俺は、そんな真柴を見ることができない。目を合わせられない。
ーー期待してしまうから。
こんなの、好きだって自覚することの方が辛いに決まってる、しんどいに決まってる。
真柴となんて、関わらない方がいいのかもしれない。
「どこに行くんだ」
「関係ない、ついてくんな」
真柴が、背を向けて逃げるように廊下に出た俺の後を追ってくる気配はなかった。
好きだから、俺が真柴のそばにいる資格なんてない。
気持ちを伝える権利なんてない。
好きだからーー。
期待なんて、しちゃダメだ。
静かな廊下に、グラウンドで行われている応援合戦の声が反響していた。
全てが、鬱陶しかった。