まずい、非常にまずい。

今にも破裂してしまいそうなくらい、どくどくと脈打っている心臓もまずいのだが、それ以上にこの体勢自体がまずい。


胡座をかいている俺の腿に、真柴の頭が乗っている。

こいつ、背は高えくせして、頭が信じられないくらいに小さい。脳みそ入ってんのか?なんて、疑いたくなるくらいだ。


「落ち着け、俺……」


ふーっと深呼吸しながら、自分を落ち着かせようと空を仰ぎ見る。

そして、少し落ち着いたと思ったら、再び真柴の寝顔が目に入ってきて、血の巡りが倍になる。


くそ、ダメだ。人間の本能にはどうやっても逆らえない。

ちょっとくらい、いいよな?



「うわ……」



特に真柴の頭が乗っている下半身を絶対に動かさぬようにと、慎重に目線を下に落とす。

真柴の寝顔は、恐ろしいほどに整っていた。まるで、どっかの美術館に飾られている彫刻のよう。


それに、まつ毛も異様に長い。


ーーでも。


「ん……」


一瞬だけ眉根を寄せた真柴の動作に、ぴくりと飛び上がりそうになるけれど、かろうじて耐える。

あ、危なかった。真柴がここで起きてしまったら、真柴をこんなに至近距離で見つめていることが、バレてしまうところだった。


ほっと胸を撫で下ろして、再び真柴の"気になる箇所"に目をやった。


「……クマ?」


いいや、見間違いじゃない。

真柴の目の下には、黒いクマができていた。


こいつ、寝てないのか……?



ふと、昨日の疲れていた真柴の様子を思い出す。机の上に散乱した大量の資料や、あちこちに散らばった筆記用具。


そして、生徒会室のドアのそばに置いてあった、教科書やワークなどの教材が大量に詰め込まれた真柴のリュック。


昼飯だって食ってない。


「……ましば……?」


腹の中で、不安の芽がどんどん大きくなっていく。まるで内臓が、全て不安に食い尽くされて空っぽになったかのような、そんな感覚。

そんな俺に追い討ちをかけるようにーー



「熱い……」



真柴の額に手を当てると、とんでもなく熱いのだ。


「真柴、起きれるか」

「っ……」


真柴の肩を揺すると、苦しげな吐息が真柴の口から漏れる。

ほら、やっぱり。


「保健室、連れてくぞ」


動けそうにない真柴に痺れを切らし、熱を持った真柴の上半身を起こそうとする。

「っ、いい、やめろ」

「はあ?何言ってーー」

「平気だ」

荒く、浅い呼吸を繰り返しながら、真柴は俺の手を振り払う。その手は、感覚の鈍い俺でもわかるくらいに、震えていた。


「……死にてえのか」


「まだ雑務が残ってる」


何を言っても聞こうとしない真柴に、イライラと頭を掻く。


「んなこと明日やりゃいいだろうが!さっさと行くぞ」


くらくらして目を開けることができないのか、真柴は、「……悪い」と一言呟いて、俺の肩に腕を回した。