なんだ、俺、動けんじゃん。

下駄箱で靴を履き替えると、並んで教室へと歩き出したところで、高杉が口を開いた。


「この前はごめんね」

「……なんかあったっけ?」


この前って、いつのことだ?高杉に悪いことされた覚えもないし。

首を傾げると、高杉は眉を八の字に下げて、申し訳なさそうな表情をした。


「せっかく魁くんが教室まで来てくれたのに……」

「あー……」


そういえばそんなことあったな……と呟きながら、当時のことを思い出す。

居場所がないやらなんやら、言われたっけな。

あの時は俺、人生のどん底を味わったような気分になったというのに、今となっては、あんな知らないやつの一言で落ち込んでいたのがバカみたいだと思えるようになった。

そんな自分に、自分でも驚いている。


ーーそれも全部、真柴のおかげなんだろうな。



「アイツらは、魁くんのことを知らないからあんなことが言えるんだ」


「別に気にしてねーよ」


「あの時止めていればーー」


「バーカ」


「いった!」



まるで捨てられた子犬のように、しゅん……と縮こまってしまった高杉の背中を思い切り叩いてやった。


「俺が蒔いた種なんだから当たり前だ」


実際、ケンカばっかりしてたのは事実。流される噂の中にも、本当のことだっていくつかある。

でもそれは、全部俺がしてきたことだから。



「アイツにまともに顔向けできるように頑張ってみんだよ」


「アイツって真柴さん?」


「あぁ……は?」



目を見開いて高杉を見ると、高杉はまるで、してやったりと言わんばかりの表情でニシシと笑った。



「な、ななななんで……っ」


「だってこの前俺に名前聞いてきたじゃん」


「いやいやいや、だからってわかるか!」


「んー、勘ってやつ?」


「なんだそれ」



なんだかおかしく思えてきて、思わず口角が緩む。

ーー俺、笑ってる。


そう自覚した途端、これまで下しか見ていなかった世界が一瞬にして一気に広くなった。そんな感覚がした。


あぁ、こんな感じだったのか。


友達と一緒にいることは、こんな感覚だったのか。


友達と笑い合うことは、こんなにも世界が明るく見えるのか。


もっともっと、早く気づくべきだった。