「千羽、今日は逃げるんじゃねーぞ?」

「はあ?逃げてるのはいつもお前らの方だろ」

「チッ……なめんな!」


俺の言葉に怒りで顔を真っ赤にさせた数人の男が、俺に向かって拳を振り上げる。

あぁ、今日もまたいつもと同じ日々なのか。

朝っぱらから知り合いでもないやつらにつるまれて、ケンカして。

ここでしかまともにしゃべらず、体を動かさず、誰とも目を合わせない。


ここでしか自分の存在意義を感じられない自分の人生に、とてつもない嫌悪感が這い上がる。

どうして俺には、ここしかない。

他の誰からもいいように思われないこの場所でしかーー


生きられないんだ。


「あっ、待てコラ!」


気づけば、俺に飛びつく奴らを力づくで振り解いて走り出していた。

このままどこかへ行ってしまいたい。

消えてしまいたい。

もう一度人生をやり直したい。


ーーそう毎日思い続けても、逃げた先に俺を待ち構えるものは。


「また遅刻しやがって!千羽!」


俺にとって、地獄ばかりなのだから。


「ゲッ……高橋……」


校門に立って、俺に向かって怒鳴り散らかすシルエットが見えた途端、思わず口がへの字に歪む。

「今何時かわかってんのか!」

そっちこそ今が朝だってことをわかっているのか、そんなコメントは喉の奥にグッと仕舞い込んだ。


「仕方ねえ……!」


俺は、校門の数十メートル前にある曲がり角を曲がり、高橋に先回りされないよう全速力で住宅街を駆け抜ける。


「へっ、さすがの高橋もこんなに早くはこれないだろ……よっと」


俺は、校舎を囲うようにして建てられている高さ1.5メートルほどの塀を勢いをつけて乗り越える。

ーーここまでは、いつもの朝だった。


「こらぁー!そんな所から入っても無駄だ!」

「はあ!?なんで……っ」


見れば、高橋が先回りするように俺の元へ走ってきた。

あまりにもここに来るまでが早すぎる。……まさか、先読みして……。

いや、そんなことは今どうでもいい。

担任でもあり生徒指導でもある高橋に捕まるとたいそう面倒なことになるのだ。

とにかく、早く逃げねえと。

俺は、塀の上に置いていたリュックを引っ掴むと、一目散に生徒玄関から校内に逃げ込んだ。