首を傾げたまま彼を見つめていると、不意に真柴が俺を振り返った。


「……大丈夫か?オマエ、勝手に学校から抜け出したらまた怒られるだろうが」

「……っ」


『学校』ーーその単語を聞いた途端に、思わず強張る全身。そうだ、忘れていた。

あぁもう、忘れていた方が楽だったのに。

さっきまでの出来事で空っぽになった心の中に、一気に渦巻いていくドス黒い感情。


「……どうした?」


ギリ……と歯を食いしばる俺の顔を覗き込む真柴を見るのが、今は辛い。


「……ーーんで……」

「あ?悪い、聞こえーー……」

「なんで俺みたいなヤツに構うんだよ……」


やっとの思い出振り絞った言葉はこれ。

今さっき助けてもらってこの言葉って、俺、本当に最低じゃないか。普通は「ありがとう」だろうが。

ーーそれなのに。


「俺とオマエは違う。俺みたいなヤツがお前に守ってもらう価値なんてねえ!」

「……千羽」

「ほっとけよ、俺のことなんて。俺はひとりでいい、ひとりがいいんだ。俺なんかーー」

「なあ、千羽」

「っ……」


ポン……と、頭の上に載せられる大きな手のひら。

こいつと一緒にいると、なんだかこうされることが当たり前みたいな。そんな感覚に陥る。

振り解こうとするけれど、そんな抵抗も虚しく、逆にわしゃわしゃと撫でくりまわされてしまう。


「ひとりがいい、って言ったな」

「……あぁ」


ひとりでいれば、誰も困らせない。誰も傷つけないし、誰の邪魔にもならない。


「それなのに、なんでオマエはーー……」


俺に居場所なんて、いらないんだ。


ーーそれでいい。





「泣きそうな顔、してんだよ」


「っ……触んな!」




 
今まで感じたことのないくらい、優しい手つきで俺の頭を撫でる真柴の手を、無理やり振り払う。


こうでもしないと、俺が俺でなくなりそうだから。

心の奥にかたくかたくしまっておいた感情が、溢れ出してしまいそうだから。




「千羽、ちゃんとまわり見ろ。いるだろうが、オマエ自身を見てる奴が」




まわりなんて、そんなものすら俺にはーー……



「言っただろ、俺はオマエを見捨てないって」



ハッと顔を上げた。

相変わらず大量のピアスホールの空いた耳たぶに、後ろでひとつに結んでいる黒髪。そして、切れ長の目。スッと通った鼻筋。

そして、俺に向けて微笑む唇。



ーーコイツって、こんな顔してたんだ。



俺は、今この瞬間。


初めて、人を見た。



そんな気がした。