宣言通り、瀬名は昼休みになると屋上へ来るようになった。

 まだまだ入学したばかりの五月、クラスメイトと交流を深めなくていいのだろうか。心配だが、本人がそうするのだから仕方ない。桃輔自身も「またか」なんて顔をしていられたのも最初だけで、瀬名と過ごす時間は正直悪くなかった。

 音楽の趣味が合うのはやはり大きい。瀬名の気に入りの曲の中には、まだ知らないものもあった。世界が広がるのは心が躍る感覚になって、どうにも抗えない。

「水沢はほんと詳しいんだな」
「サブスク様様っす。笹原先輩はミディアムテンポの曲が好きなんすか?」
「あー、だな。色々聴くけど、特にそういうのが好きかも。歌詞も切なくて、ブルージーなのが好き」
「ブルージー?」
「物悲しいとか、切ないとかそんな感じ」

 スマートフォンで流す平成のジェイポップをBGMに、弁当を食べながら音楽の話をする。それがふたりの昼休みの定番になりつつある。

「あ、そうだ。今日は先輩にお願いがあって」
「なんだ?」

 先に弁当を食べ終えた瀬名が、ブレザーのポケットからスマートフォンを取り出した。

「連絡先、教えてほしいです」
「あー……」

 たしかに交換していなかったな、と言われてから思い至った。毎日顔を合わせているのに。そんなことを考えていると、瀬名が不安そうに眉尻を下げた。断られると思ったのだろうか。

「もしかして……ダメっすか?」
「そんな顔すんなって。いいよ全然。LINEでいい?」
「マジっすか、やった」

 桃輔もスマートフォンを手に取って、メッセージアプリをタップする。すぐに専用の画面を表示したのだが、瀬名のほうがなにか手間取っているようだ。

「どうした?」
「あー……ちょっとアイコン変なのにしちゃってたの忘れてて」
「変なのって?」
「ほんと見せられないヤツです、今変えます」

 そんなの別に気にしなくていいのに。現に今の今まで、そのアイコンで過ごしていただろうに。自分にだけ隠されているみたいで、なんだか面白くない。

「別にいいじゃん。なあ、見たい」
「わ、ダメですってば!」

 覗いてやろうと手を伸ばしてみると、瀬名は背が高いのを利用してスマートフォンを高い位置に掲げた。ますます面白くない。ついには立ち上がろうとした桃輔だったが、アイコンの変更はタッチの差で完了してしまったようだ。

「よし、オッケーです」
「うーわ、つまんねー……」

 くちびるを尖らせつつ、IDの交換を行う。新しく変えたらしい瀬名のアイコンは、猫のイラストだった。元のアイコンはやはり気になるが、もうひとつの共通点を見つけられたかもしれない。

「水沢って、もしかして猫好き? 俺も好きでさ、アイコン猫にしてる」

 手元を覗くと、言うより先に桃輔のアイコンをタップして見つめていたようだ。そこに写っているのは、昨年撮ったキジトラの仔猫。もうずっと変えないままでいる。

「かわいいだろ? 昨年、ここの近くの公園にいた子でさ。しばらくご飯あげたりしてたんだけどなー……急にいなくなった。どっかで元気にしてるといいんだけど」
「……元気にしてますよ、きっと」
「ん、だよな。俺もそう信じてる」

 妙に真剣な表情で、アイコンを見つめたまま瀬名はそう言った。どうしたのだろう、そんなにこの猫が気に入ったのだろうか。

「そんなに猫好きなのか? この子の写真、まだあるけど送る?」
「いいんすか? 欲しいです」
「はは、めっちゃ好きじゃん。家で飼ってたりする?」
「飼ってますよ。家族みんな猫好きで」
「マジか、いいな。俺も飼いたいけど、父親がアレルギーでさ……はい、送った。なあ、水沢んちの猫の写真も見たい」
「えっ」
「ん?」
「あー、写真はー……ないんすよね」
「いや絶対嘘だろ」

 猫好きだという新たな共通点が見つかって、柄にもなくテンションが上がっていたのだが。瀬名はなぜか見え透いた嘘をついた。猫が好きで飼ってもいるのに、写真を撮らないなんてことがあるだろうか。自分なら絶対に、毎日大量に撮ってしまうけど。

 訝しみながら顔を覗きこむと、瀬名はなんだか苦しそうな表情でそっぽを向いた。

「なんだよー、なんか隠してる?」
「う……なんでもないっす。写真はない、っす」
「嘘下手くそか」

 ため息を吐いたところで、昼休みの終わりを報せるチャイムが鳴った。

「もう行かなきゃっすね」
「あ、お前逃げるつもりだろ」

 これ幸いと立ち上がった瀬名は、おかしそうに笑いながら肩を竦めた。そんな些細な仕草さえなぜか様になる、不思議なヤツだ。

「今日のところは諦めてやるけど、いつか猫の写真見せろよな」
「はい、その時が来たら必ず」
「やっぱあるんじゃん、写真」
「あ」
「ふ、変なヤツ」

 “その時が来たら”だなんて妙な言い方だな、と思いつつ約束をする。屋上からの階段を下りたところで、じゃあなと手を振って別れた。