「うち、もう一匹猫飼ってて」
「へえ、そうなんだ。この子もすげーかわいいな」
「抱っこしてあげてください。その……アラレも絶対喜びます。あ、アラレってのはこの子の名前です」
「はは、アンミツと和菓子繋がり? かわいいな。おいで、アラレ」
腕の中にやってきてくれたアラレは、桃輔を見上げながらにゃあ、とひとつ鳴いた。アンミツよりはひと回りちいさい体で立ち上がり、桃輔の頬に頭を擦りつけてくる。
「あの……アラレも先輩の知ってる子です」
「え? ……もしかして。いやいや、さすがに……」
この模様を見て頭に浮かぶのはやはり、あの公園にいた猫だ。だがさすがにできた話過ぎるだろう、と自嘲を漏らしたのだが。瀬名がこくりと頷くから、あんぐりと大きく口を開けてしまう。
「まっ、マジで!?」
「……っす。母親の知り合いが、野良猫の保護活動してるんすけど。あの公園にいた子を保護したって聞いて、絶対にうちで飼いたいって頼みこみました。momoさんがかわいがってた子じゃん! って、なって」
「…………」
「……インスタ載せたらきっとバレるって思って、アンミツしか載せてませんでした。これでも平気? さすがにキモい、っすよね……?」
いつだってスマートな瀬名に憧れている人は、男女問わずたくさんいるのだと思う。どうしようもなく格好いい、いい男。そんな瀬名の情けないとも言える顔を、一体どれだけの人が知っているだろう。しょんぼりとした様子で、おずおずと尋ねてくるのは正直なところかわいい。自分だけに見せてくれる顔だったらいいのに、なんて身勝手なことを思ってしまう。
「ぷっ、ふ……ははっ」
「えー……モモ先輩?」
「本当にそんなこと思わねえって。平気。むしろ瀬名が引き取ったから、俺はまたアラレに会えたんだよな。すげー嬉しい。アラレも良かったな、瀬名が迎えてくれて。最高の飼い主に会えたなあ」
返事をするかのように、アラレが甘えた声で鳴く。アンミツもふたたびやって来た。それに気づいたアラレが膝を下りて、二匹で毛づくろいを始める。いつまでも見ていたいくらいかわいいが、それ以上に気を引かれるのは瀬名だ。両手で顔を覆ってしまった瀬名のほうへ、今度は桃輔のほうから距離を詰める。
まだ大切なことを伝えていない。そもそもは、言うつもりじゃなかったけれど。たくさんの想いを見せてくれた瀬名に、桃輔だって誠実な心を返したかった。
「瀬名」
「…………」
「せーな」
「……今ちょっと無理っす。変な顔してるから」
「うん。でも、こっち向いてほしい」
勇気を出して、瀬名の指先を握りこむ。手の中でひくりと跳ねた手は、けれどきゅっと握り返してくれた。瀬名がいつもしてきてくれたことを、不安がっている瀬名に贈りたい。
「瀬名、あのな、聞いてほしいんだけど。俺も……その、俺も、瀬名が、好き」
心臓が耳元で鳴っているみたいだ。バクバクとうるさくて、自分の声が遠ざかる。息は浅くて、言葉も途切れる。自分の体全部で瀬名が好きなのだと分かる。
「……っ、え? ほんとに……?」
「うん、マジだよ。あー……これ、緊張ヤバイわ。瀬名はすげーよな、ずっと言ってくれてたもんな。それなのにちゃんと受け取ってあげられなくて、本当に悪かった。でも、瀬名のこと、これからも好きでいていい、かな」
「モモ先輩っ」
腕を引かれたと思った瞬間には、もう抱きしめられていた。ぎゅっと縋るように背中を抱かれ、肩に額を擦りつける仕草がたまらない。愛おしい、ってそうか、こういうことか。引いたはずの涙がまたやってきて、ぐすんと鼻を啜る。すると瀬名もそうしたようで、音が重なった。
「瀬名ー、泣いてんの?」
「……先輩だって」
「ん……なんか、こうなるって全然思ってなかったし。やばい、嬉しい」
「モモ先輩……大好き」
「俺も、その、すげー好き、だよ……はあ、やば。恥ずかしすぎる」
どちらからともなく腕をほどいて、また額をくっつけ合った。瀬名が手を繋いできて、指が絡んでいく。
「ねえモモ先輩、キス、したいです。してもいい?」
その台詞に、夏休みの一日を思い出す。大事にしたほうがいいと言って、あの日キスはしなかった。それをこうして両想いでできるのは、どうしたって感慨深い。
「……ん、いいよ」
「まだファーストキス?」
「当たり前だろ。瀬名しかいねえもん」
「嬉しい。オレもっす」
「ん……言っとくけど、今だってキスするのは“どうってことある”こと、だからな」
「ですね。どうってことあるすごいこと、モモ先輩としたいです」
「……うん、俺も」
瀬名のおしゃべりな口が閉じて、静寂を連れてきた。瞳の中を覗き合ったらクラクラと目眩がして、瞳を閉じる。息が震える。数秒ののち、あたたかなキスが触れたのは頬だった。てっきりくちびるだと思っていたから、つい笑ってしまった。目を開ければ、瀬名が不服そうな顔をしている。すごくかわいい。
「モモせんぱぁい……なんで笑うんすか」
「ごめんって。いや、口にするんだと思ったから」
「もちろんそっちもしますよ」
「そうなんだ?」
見つめ合って瀬名はふくれっ面のまま、ちょこんとくちびるが重ねられた。一瞬で離れてしまったから、つい「はやっ」と言ってしまった。するともう1回、今度は先ほどよりゆっくりと、味わうようなキスが触れる。
「ん、瀬名……」
「っ、モモ先輩、かわいすぎます」
「ばっ、かわいくねぇよ……かわいいのは瀬名だろ」
「……もう1回いいですか? 次はかっこよくするんで」
「え? ふは、分かった。いいよ」
たしかに壊れそうなくらいドキドキしているのに、ムードなんてものとは程遠い。だがくすくすと笑いながら交わすファーストキスは、とびきり甘くてなかなかやめられなかった。
「へえ、そうなんだ。この子もすげーかわいいな」
「抱っこしてあげてください。その……アラレも絶対喜びます。あ、アラレってのはこの子の名前です」
「はは、アンミツと和菓子繋がり? かわいいな。おいで、アラレ」
腕の中にやってきてくれたアラレは、桃輔を見上げながらにゃあ、とひとつ鳴いた。アンミツよりはひと回りちいさい体で立ち上がり、桃輔の頬に頭を擦りつけてくる。
「あの……アラレも先輩の知ってる子です」
「え? ……もしかして。いやいや、さすがに……」
この模様を見て頭に浮かぶのはやはり、あの公園にいた猫だ。だがさすがにできた話過ぎるだろう、と自嘲を漏らしたのだが。瀬名がこくりと頷くから、あんぐりと大きく口を開けてしまう。
「まっ、マジで!?」
「……っす。母親の知り合いが、野良猫の保護活動してるんすけど。あの公園にいた子を保護したって聞いて、絶対にうちで飼いたいって頼みこみました。momoさんがかわいがってた子じゃん! って、なって」
「…………」
「……インスタ載せたらきっとバレるって思って、アンミツしか載せてませんでした。これでも平気? さすがにキモい、っすよね……?」
いつだってスマートな瀬名に憧れている人は、男女問わずたくさんいるのだと思う。どうしようもなく格好いい、いい男。そんな瀬名の情けないとも言える顔を、一体どれだけの人が知っているだろう。しょんぼりとした様子で、おずおずと尋ねてくるのは正直なところかわいい。自分だけに見せてくれる顔だったらいいのに、なんて身勝手なことを思ってしまう。
「ぷっ、ふ……ははっ」
「えー……モモ先輩?」
「本当にそんなこと思わねえって。平気。むしろ瀬名が引き取ったから、俺はまたアラレに会えたんだよな。すげー嬉しい。アラレも良かったな、瀬名が迎えてくれて。最高の飼い主に会えたなあ」
返事をするかのように、アラレが甘えた声で鳴く。アンミツもふたたびやって来た。それに気づいたアラレが膝を下りて、二匹で毛づくろいを始める。いつまでも見ていたいくらいかわいいが、それ以上に気を引かれるのは瀬名だ。両手で顔を覆ってしまった瀬名のほうへ、今度は桃輔のほうから距離を詰める。
まだ大切なことを伝えていない。そもそもは、言うつもりじゃなかったけれど。たくさんの想いを見せてくれた瀬名に、桃輔だって誠実な心を返したかった。
「瀬名」
「…………」
「せーな」
「……今ちょっと無理っす。変な顔してるから」
「うん。でも、こっち向いてほしい」
勇気を出して、瀬名の指先を握りこむ。手の中でひくりと跳ねた手は、けれどきゅっと握り返してくれた。瀬名がいつもしてきてくれたことを、不安がっている瀬名に贈りたい。
「瀬名、あのな、聞いてほしいんだけど。俺も……その、俺も、瀬名が、好き」
心臓が耳元で鳴っているみたいだ。バクバクとうるさくて、自分の声が遠ざかる。息は浅くて、言葉も途切れる。自分の体全部で瀬名が好きなのだと分かる。
「……っ、え? ほんとに……?」
「うん、マジだよ。あー……これ、緊張ヤバイわ。瀬名はすげーよな、ずっと言ってくれてたもんな。それなのにちゃんと受け取ってあげられなくて、本当に悪かった。でも、瀬名のこと、これからも好きでいていい、かな」
「モモ先輩っ」
腕を引かれたと思った瞬間には、もう抱きしめられていた。ぎゅっと縋るように背中を抱かれ、肩に額を擦りつける仕草がたまらない。愛おしい、ってそうか、こういうことか。引いたはずの涙がまたやってきて、ぐすんと鼻を啜る。すると瀬名もそうしたようで、音が重なった。
「瀬名ー、泣いてんの?」
「……先輩だって」
「ん……なんか、こうなるって全然思ってなかったし。やばい、嬉しい」
「モモ先輩……大好き」
「俺も、その、すげー好き、だよ……はあ、やば。恥ずかしすぎる」
どちらからともなく腕をほどいて、また額をくっつけ合った。瀬名が手を繋いできて、指が絡んでいく。
「ねえモモ先輩、キス、したいです。してもいい?」
その台詞に、夏休みの一日を思い出す。大事にしたほうがいいと言って、あの日キスはしなかった。それをこうして両想いでできるのは、どうしたって感慨深い。
「……ん、いいよ」
「まだファーストキス?」
「当たり前だろ。瀬名しかいねえもん」
「嬉しい。オレもっす」
「ん……言っとくけど、今だってキスするのは“どうってことある”こと、だからな」
「ですね。どうってことあるすごいこと、モモ先輩としたいです」
「……うん、俺も」
瀬名のおしゃべりな口が閉じて、静寂を連れてきた。瞳の中を覗き合ったらクラクラと目眩がして、瞳を閉じる。息が震える。数秒ののち、あたたかなキスが触れたのは頬だった。てっきりくちびるだと思っていたから、つい笑ってしまった。目を開ければ、瀬名が不服そうな顔をしている。すごくかわいい。
「モモせんぱぁい……なんで笑うんすか」
「ごめんって。いや、口にするんだと思ったから」
「もちろんそっちもしますよ」
「そうなんだ?」
見つめ合って瀬名はふくれっ面のまま、ちょこんとくちびるが重ねられた。一瞬で離れてしまったから、つい「はやっ」と言ってしまった。するともう1回、今度は先ほどよりゆっくりと、味わうようなキスが触れる。
「ん、瀬名……」
「っ、モモ先輩、かわいすぎます」
「ばっ、かわいくねぇよ……かわいいのは瀬名だろ」
「……もう1回いいですか? 次はかっこよくするんで」
「え? ふは、分かった。いいよ」
たしかに壊れそうなくらいドキドキしているのに、ムードなんてものとは程遠い。だがくすくすと笑いながら交わすファーストキスは、とびきり甘くてなかなかやめられなかった。