それからは結局手を繋いだまま、日がとっぷりと暮れるまで話しこんでしまった。さすがに帰ろう、ということになって、改札に向かってゆっくりと歩く。

「ちゃんとまっすぐ帰んだぞ。……なあ、やっぱりそっちの駅まで送ってこうか?」
「大丈夫ですって。オレのこと、赤ちゃんかなんかだと思ってません?」
「うん、割と」
「やっぱり。男として見られたいのに」
「いや、むしろ犬?」
「ええ、人間ですらないじゃん……」
「はは、ごめんって。でもマジで気をつけてな。家着いたら連絡して」
「はい、そうします」
「ん」

 会っている相手とどうにも離れがたい。そんな夏休みを今まで過ごしたことがあったっけ。過去を見渡してみても見つからなくて、つい引き止めるみたいに声をかけてしまう。

「じゃあ、そろそろ行きますね」
「おう」

 だが本当にもうタイムリミットだ。立ち止まった桃輔を置いて、少しずつ瀬名が後ずさり始める。

「瀬名、今日はありがとな。これとかこれもサンキュ」

 ゲームセンターの大きな袋と、スマートフォンについた猫のぬいぐるみを揺らして見せる。すると、瀬名も真似るようにスマートフォンを振り、もう片手でバイバイと手を振ってきた。

「こちらこそありがとうございました」
「どういたしまして」

 改札を通った瀬名がホームへの階段を上がり、見えなくなるまで見送る。最後の最後に振り返って、両手を上げながらぴょこぴょこ飛んで見せるので、ひとりで吹き出してしまった。

 ふう、と息をつき、家路を歩き出す。間もなく、電車の発車する音が聞こえてきた。進行方向が、瀬名を乗せているのだと知らせる。また見えなくなるまでぼんやり見守った。

 暗い道を歩いていると、スマートフォンから通知の音が鳴った。瀬名かと思ったが、確認すればそれはアンミツからのメッセージだった。

<momoさんこんばんは。今日はいいことがあったので、momoさんの歌を聴きにきました。こないだアップされたものが、今の自分にマッチしていてつい浸ってしまいます。momoさんにとっても今日がいい日だったならいいな、なんて思います。それでは>

 最近アップした曲と言えば、例の片想いソングだ。アンミツは今恋をしているのだろうか。その心に音楽で寄り添えているのだとしたら、選曲に悩みつつ唄った自分としても胸が躍らずにはいられない。

 すぐに返事をしたくなって、その場に立ち止まる。

<アンミツさんこんばんは。アンミツさんの日々に寄り添えているかのようで嬉しいです。ちなみに俺も今日はすごくいい日でした。楽しかったから、今夜はなかなか寝られないかも。それでは。いつもありがとうございます>

 例の曲をつい口遊みながら、送信ボタンを押す。するとすぐにまた通知が鳴った。今度は本当に瀬名だ。メッセージアプリに移動すれば、写真が添えられていた。そう言えば、瀬名にせがまれて今日撮ったのだった。お互いのために獲った猫のぬいぐるみストラップを手に持っての、ツーショット。

 ああ、俺は今日こんな顔をしていたのか。

 写真を撮られること自体、あまり好きではないのに。肩の力が抜けた、気を許した顔で笑っている。瀬名の隣の居心地のよさが、この一枚によく写し出されている。

 保存ボタンをタップして、夜空を仰ぐ。堪えようと思っても、つい口角が緩む。なんだか無性に歌が唄いたい。きっとまた、誰かを想うような歌を選んでしまうのだろう。

 そんな予感を覚えながら、瀬名への返信を考える。電車に揺られ、今か今かと待っているだろう瀬名を、笑顔にできるような。そんなことを思う自分は、なんだか新鮮だった。