待ち合わせ場所に五分ほど早く着くと、すでに瀬名の姿があった。背が高いイケメンはよく目立つ。あの人かっこいい、と遠巻きにささやき合う人たちのおかげで、探す手間もなかった。
「瀬名」
「あ、モモ先輩!」
「はよ」
「おはようっす。時間的にはもうこんにちはっすかね」
「だな。じゃあ、こんにちは?」
「……ふ」
「はは、なんかこんにちはだと改まってて変な感じするよな」
「ですね。てか、私服のモモ先輩眼福っす」
「眼福って、ふはっ」
普段学校では控えめにしているが、耳に開けている穴5つ全てにピアスを飾ってきた。服のシルエットはゆるめが好きで、ラフなパンツにオーバーサイズのシャツを合わせた。いつもの休日スタイルだ。
「だって、めっちゃかっこいい。服とか、ピアスも」
「え、そんななる?」
「なるでしょ、好きな人の私服っすよ」
「……わお」
両手で覆われたすき間から、瀬名の少し染まった頬が見える。まさかそんな表情をされるなんて思っていなかった。さすがにこのリアクションは、こちらまで照れてしまう。
そんな瀬名はと言えば同じようなゆるめのシルエットながら、綺麗にまとまったスタイルがよく似合っている。お洒落な大学生だとかの特集ページに混ざっていても、違和感はなさそうだ。
ふたりで並んでいたら、不良に絡まれる陽キャ、という組み合わせに見えそうだ。
「瀬名もかっこいいじゃん」
「いやいや、そういうのいいんで」
「なんでだよ、マジで言ってるって」
「ちょっとキャパオーバーなんで」
「はは、ほんとおもしれぇ」
「からかうのナシっすマジで」
「はいはい。じゃあとりあえず、飯食おうぜ。なんにする?」
「あー……格好つかないんすけど、安いので」
「いや分かる、それ大事よな」
モール内に移動して、いくつかのショップの中からハンバーガーのファーストフードを選んだ。瀬名も桃輔もフライドポテトとドリンクがセットになったものにしたが、瀬名はそこにもうひとつハンバーガーを買い足していた。桃輔だって腹は空いていたが、そんなに食べたことは一度もない。
「瀬名すげー食うんだな。弁当もすぐ食べ終わるとは思ってたけど。若ぇわ」
「若いなって。おじいちゃんみたいっすね」
「誰がおじいちゃんだよ」
「はは。てか、ちょっと新鮮です」
「ん? なにが?」
大きな口でハンバーガーにかぶりつき、ニコニコと頬を綻ばせる瀬名の瞳がまっすぐに桃輔を映す。数秒経ってもちっとも逸らされない視線に、桃輔は少し首を傾げる。
「いつも屋上では隣に座ってるから。こうやって先輩が食べてるところちゃんと見るの、実は初めてだなって」
「ああ、たしかに。え、てか見すぎじゃね? なんかハズイからあんま見んな」
「せっかくのチャンスなんで無理っす」
「変なヤツ」
「あ、先輩、これは大事なことなんすけど……」
「ん? なに?」
突然声を潜めた瀬名が、テーブルの向こうから顔を寄せてくる。内緒話みたいに口元に手を添えてみせるから、思わず耳を寄せる。
「隣で食べるのだってめっちゃ好きっすよ。どっちも最高っす」
「は……」
いったい何事かと思えば、そんなことを言われた。しかも至って真剣に、神妙な顔で言っている。呆気にとられたのも一瞬のことで、次の瞬間にはもう抑えられないくらいの笑いが溢れてしまう。ドリンクを飲んでいる最中じゃなくて助かった。
「ちょ、瀬名、急になにかと思ったら……ははっ」
「なに笑ってんすか? すげー大事なことっすよ」
「分かった、分かったから。その顔やめろ」
「え、ひでー。真面目な顔してるだけなのに……ふはっ」
「瀬名も笑ってんじゃん。はー、笑ったー……なんか今日笑いっぱなしな気がする」
「オレもっす。あ……先輩、ちょっと時間やばいかも。急ぎましょ」
「あ、マジか。楽しくてついゆっくりしちゃったわ」
「っすね」
時間を確認した瀬名の言葉に、まだ半分以上残っているハンバーガーを慌てて食べ進める。お互い必死に食べる様子に、目が合うとまた笑えてしまった。
結局、上映開始時間には十分ほどの余裕を持って席に着くことができた。食べたばかりだからポップコーンはなし。ドリンクだけでも買おうということになって、桃輔はアイスティー、瀬名はコーヒーを注文した。
「瀬名コーヒー飲めんだな。しかもブラック? 大人じゃん」
「結構美味いっすよ。先輩はコーヒーは全然?」
「ミルクと砂糖いっぱい入れれば飲める」
「さっきはおじいちゃんだったのに、今度はお子ちゃまだ」
「ばーか、うっせーよ」
小声で話していたが、予告が始まると口元に人差し指を添えた瀬名が「シー」と言ってみせた。本当に子ども扱いされているみたいで腹が立つ。でもそれ以上に楽しい気持ちが勝って、瀬名の靴をつま先で小突く。顔を見合わせて、くすくすと小さく笑みを交わした。この会話がまだファーストフード店でのものだったら、またふたりしてケラケラ笑っていたような気がする。
「すげー面白かったわ……」
「マジすか? よかったー」
上映が終わり、思わず感嘆の息が零れた。館内の照明がつくとすぐに出ていく人たちを横目に、余韻で呆けてしまう。
「瀬名はよく映画観るんだっけ」
「ですね。配信がほとんどですけど」
「今度おすすめ教えて、もっと観てみたいかも」
「じゃあ今日リスト送ります」
「はは、仕事早や」
結局しばらく座ったまま話して、最後尾でシアターを出た。時間はまだ16時前だ。解散するには、ちょっとまだ早い。
「俺まだ時間平気だけどどうする? 瀬名どこか行きたいとこあるか?」
「んー、そうっすね……」
「カラオケとか?」
自分たちの共通点と言えば、音楽が好きだということだ。そう考えて提案してみたのだが。瀬名は肩を跳ねさせ、上に向けていた視線を勢いよく桃輔へと移した。その顔はなぜか薄らと染まっている。
「カラオケはちょっと……まだ早いっす」
「…………? 早いって?」
「あー、なんていうかその、先輩の生歌はめっちゃ聴きたいんすけど! 心の準備ができていないというか……」
「心の準備」
「説明が難しいんすけど……」
人前で唄うことに抵抗があるのだろうか。だから顔を赤くさせているのかもしれない。桃輔はもちろん唄うことが好きだが、苦手な人に強要してまでカラオケに行きたいわけでもない。ただ提案のひとつだっただけだ。安心させたくて、瀬名の背に手をポンポンと当てる。
「よく分かんねえけど、じゃあ他のにすっか」
「う……はい、他ので」
「おう。じゃあどうしよっか。あ、確かここゲーセンあったよな。そこ行く?」
「それいいっすね」
「じゃあ決まりな。行こうぜ」
「っ、モモ先輩!」
「……ん?」
そうと決まればと歩き出す。だがそうしたのは自分だけだったのだと、数歩進んだ後に名前を呼ばれて気づく。振り返ると、瀬名はまだ元の場所に立っていた。桃輔が立ち止まったところまで大股で距離を詰めてきて、ぐっと顔を近づけられる。毎回思うが、至近距離でイケメンの顔を浴びるのは、結構まぶしい。
「ど、どした」
「あの、カラオケ」
「ああ、ほんと気にすんなって。別に、絶対行きたいってわけじゃなかったから」
「はい、でも……いつか一緒に行きたいっす、モモ先輩と」
「カラオケに?」
「っす。オレの心の準備ができたらって言うか……」
「もっと仲良くなったら? とか?」
「…………!」
いつかの瀬名の言葉を真似てそう言うと、瀬名はまた顔を赤らめた。なんだか今日は、今までに見たことのない瀬名にたくさん出逢っている気がする。だが言ってから気づく。瀬名が言った“もっと仲良く”は、恋人になるという意味だった。
「あー、ごめん、今のな……」
「取り消しはなしっすよ」
「う……」
形勢逆転だ。つい今しがたまで、こちらが助け舟を出していたはずなのに。イニシアティブが瀬名に移ったみたいだ。あっという間に指先が瀬名の手に包みこまれる。
「あ、ばか、近いって」
「嫌っすか?」
「嫌、じゃねえけど……」
「もっと仲良くなれたら、お願いします。カラオケ」
「…………」
「約束。いいっすか?」
「……そんな日が来たら、な」
「はは、やった」
罪悪感がちくりと桃輔の胸を刺す。だってそんな日が来ることはないのだ。自分が応えないからではなく、瀬名から離れていく。その現実を伴って。
今日はただ楽しめたらと思ってきたのに、墓穴を掘ってしまった。それを払拭したくて、瀬名の手を握り直して引っ張る。
「ほら、ゲーセン行くんだろ」
「オレ結構得意なんすよ、クレーンゲーム」
「マジ? すげーじゃん。俺へたくそなんだよなあ」
「先輩が欲しいのあったら、オレが取ってあげます」
瀬名の纏う雰囲気が、一瞬で元に戻って安堵する。得意げに顎を上げてみせる瀬名を肘で小突いて、戯れる。気安い間柄でいられる、こんな今が居心地いい。
「瀬名」
「あ、モモ先輩!」
「はよ」
「おはようっす。時間的にはもうこんにちはっすかね」
「だな。じゃあ、こんにちは?」
「……ふ」
「はは、なんかこんにちはだと改まってて変な感じするよな」
「ですね。てか、私服のモモ先輩眼福っす」
「眼福って、ふはっ」
普段学校では控えめにしているが、耳に開けている穴5つ全てにピアスを飾ってきた。服のシルエットはゆるめが好きで、ラフなパンツにオーバーサイズのシャツを合わせた。いつもの休日スタイルだ。
「だって、めっちゃかっこいい。服とか、ピアスも」
「え、そんななる?」
「なるでしょ、好きな人の私服っすよ」
「……わお」
両手で覆われたすき間から、瀬名の少し染まった頬が見える。まさかそんな表情をされるなんて思っていなかった。さすがにこのリアクションは、こちらまで照れてしまう。
そんな瀬名はと言えば同じようなゆるめのシルエットながら、綺麗にまとまったスタイルがよく似合っている。お洒落な大学生だとかの特集ページに混ざっていても、違和感はなさそうだ。
ふたりで並んでいたら、不良に絡まれる陽キャ、という組み合わせに見えそうだ。
「瀬名もかっこいいじゃん」
「いやいや、そういうのいいんで」
「なんでだよ、マジで言ってるって」
「ちょっとキャパオーバーなんで」
「はは、ほんとおもしれぇ」
「からかうのナシっすマジで」
「はいはい。じゃあとりあえず、飯食おうぜ。なんにする?」
「あー……格好つかないんすけど、安いので」
「いや分かる、それ大事よな」
モール内に移動して、いくつかのショップの中からハンバーガーのファーストフードを選んだ。瀬名も桃輔もフライドポテトとドリンクがセットになったものにしたが、瀬名はそこにもうひとつハンバーガーを買い足していた。桃輔だって腹は空いていたが、そんなに食べたことは一度もない。
「瀬名すげー食うんだな。弁当もすぐ食べ終わるとは思ってたけど。若ぇわ」
「若いなって。おじいちゃんみたいっすね」
「誰がおじいちゃんだよ」
「はは。てか、ちょっと新鮮です」
「ん? なにが?」
大きな口でハンバーガーにかぶりつき、ニコニコと頬を綻ばせる瀬名の瞳がまっすぐに桃輔を映す。数秒経ってもちっとも逸らされない視線に、桃輔は少し首を傾げる。
「いつも屋上では隣に座ってるから。こうやって先輩が食べてるところちゃんと見るの、実は初めてだなって」
「ああ、たしかに。え、てか見すぎじゃね? なんかハズイからあんま見んな」
「せっかくのチャンスなんで無理っす」
「変なヤツ」
「あ、先輩、これは大事なことなんすけど……」
「ん? なに?」
突然声を潜めた瀬名が、テーブルの向こうから顔を寄せてくる。内緒話みたいに口元に手を添えてみせるから、思わず耳を寄せる。
「隣で食べるのだってめっちゃ好きっすよ。どっちも最高っす」
「は……」
いったい何事かと思えば、そんなことを言われた。しかも至って真剣に、神妙な顔で言っている。呆気にとられたのも一瞬のことで、次の瞬間にはもう抑えられないくらいの笑いが溢れてしまう。ドリンクを飲んでいる最中じゃなくて助かった。
「ちょ、瀬名、急になにかと思ったら……ははっ」
「なに笑ってんすか? すげー大事なことっすよ」
「分かった、分かったから。その顔やめろ」
「え、ひでー。真面目な顔してるだけなのに……ふはっ」
「瀬名も笑ってんじゃん。はー、笑ったー……なんか今日笑いっぱなしな気がする」
「オレもっす。あ……先輩、ちょっと時間やばいかも。急ぎましょ」
「あ、マジか。楽しくてついゆっくりしちゃったわ」
「っすね」
時間を確認した瀬名の言葉に、まだ半分以上残っているハンバーガーを慌てて食べ進める。お互い必死に食べる様子に、目が合うとまた笑えてしまった。
結局、上映開始時間には十分ほどの余裕を持って席に着くことができた。食べたばかりだからポップコーンはなし。ドリンクだけでも買おうということになって、桃輔はアイスティー、瀬名はコーヒーを注文した。
「瀬名コーヒー飲めんだな。しかもブラック? 大人じゃん」
「結構美味いっすよ。先輩はコーヒーは全然?」
「ミルクと砂糖いっぱい入れれば飲める」
「さっきはおじいちゃんだったのに、今度はお子ちゃまだ」
「ばーか、うっせーよ」
小声で話していたが、予告が始まると口元に人差し指を添えた瀬名が「シー」と言ってみせた。本当に子ども扱いされているみたいで腹が立つ。でもそれ以上に楽しい気持ちが勝って、瀬名の靴をつま先で小突く。顔を見合わせて、くすくすと小さく笑みを交わした。この会話がまだファーストフード店でのものだったら、またふたりしてケラケラ笑っていたような気がする。
「すげー面白かったわ……」
「マジすか? よかったー」
上映が終わり、思わず感嘆の息が零れた。館内の照明がつくとすぐに出ていく人たちを横目に、余韻で呆けてしまう。
「瀬名はよく映画観るんだっけ」
「ですね。配信がほとんどですけど」
「今度おすすめ教えて、もっと観てみたいかも」
「じゃあ今日リスト送ります」
「はは、仕事早や」
結局しばらく座ったまま話して、最後尾でシアターを出た。時間はまだ16時前だ。解散するには、ちょっとまだ早い。
「俺まだ時間平気だけどどうする? 瀬名どこか行きたいとこあるか?」
「んー、そうっすね……」
「カラオケとか?」
自分たちの共通点と言えば、音楽が好きだということだ。そう考えて提案してみたのだが。瀬名は肩を跳ねさせ、上に向けていた視線を勢いよく桃輔へと移した。その顔はなぜか薄らと染まっている。
「カラオケはちょっと……まだ早いっす」
「…………? 早いって?」
「あー、なんていうかその、先輩の生歌はめっちゃ聴きたいんすけど! 心の準備ができていないというか……」
「心の準備」
「説明が難しいんすけど……」
人前で唄うことに抵抗があるのだろうか。だから顔を赤くさせているのかもしれない。桃輔はもちろん唄うことが好きだが、苦手な人に強要してまでカラオケに行きたいわけでもない。ただ提案のひとつだっただけだ。安心させたくて、瀬名の背に手をポンポンと当てる。
「よく分かんねえけど、じゃあ他のにすっか」
「う……はい、他ので」
「おう。じゃあどうしよっか。あ、確かここゲーセンあったよな。そこ行く?」
「それいいっすね」
「じゃあ決まりな。行こうぜ」
「っ、モモ先輩!」
「……ん?」
そうと決まればと歩き出す。だがそうしたのは自分だけだったのだと、数歩進んだ後に名前を呼ばれて気づく。振り返ると、瀬名はまだ元の場所に立っていた。桃輔が立ち止まったところまで大股で距離を詰めてきて、ぐっと顔を近づけられる。毎回思うが、至近距離でイケメンの顔を浴びるのは、結構まぶしい。
「ど、どした」
「あの、カラオケ」
「ああ、ほんと気にすんなって。別に、絶対行きたいってわけじゃなかったから」
「はい、でも……いつか一緒に行きたいっす、モモ先輩と」
「カラオケに?」
「っす。オレの心の準備ができたらって言うか……」
「もっと仲良くなったら? とか?」
「…………!」
いつかの瀬名の言葉を真似てそう言うと、瀬名はまた顔を赤らめた。なんだか今日は、今までに見たことのない瀬名にたくさん出逢っている気がする。だが言ってから気づく。瀬名が言った“もっと仲良く”は、恋人になるという意味だった。
「あー、ごめん、今のな……」
「取り消しはなしっすよ」
「う……」
形勢逆転だ。つい今しがたまで、こちらが助け舟を出していたはずなのに。イニシアティブが瀬名に移ったみたいだ。あっという間に指先が瀬名の手に包みこまれる。
「あ、ばか、近いって」
「嫌っすか?」
「嫌、じゃねえけど……」
「もっと仲良くなれたら、お願いします。カラオケ」
「…………」
「約束。いいっすか?」
「……そんな日が来たら、な」
「はは、やった」
罪悪感がちくりと桃輔の胸を刺す。だってそんな日が来ることはないのだ。自分が応えないからではなく、瀬名から離れていく。その現実を伴って。
今日はただ楽しめたらと思ってきたのに、墓穴を掘ってしまった。それを払拭したくて、瀬名の手を握り直して引っ張る。
「ほら、ゲーセン行くんだろ」
「オレ結構得意なんすよ、クレーンゲーム」
「マジ? すげーじゃん。俺へたくそなんだよなあ」
「先輩が欲しいのあったら、オレが取ってあげます」
瀬名の纏う雰囲気が、一瞬で元に戻って安堵する。得意げに顎を上げてみせる瀬名を肘で小突いて、戯れる。気安い間柄でいられる、こんな今が居心地いい。