陽が沈んだ街を照らすのは揺れる提灯。現代ではこんなほのかな灯りだけでは足りないとでもいうように、街頭や屋台も負けじと足元を照らしている。

 俺は歩く度に足首に布が触れているのが落ち着かない。人が多くてどうしても大和と距離が近くなる。閃く袖が隣を歩く腕をくすぐっているのも伝わってるけど、大和は嫌な顔ひとつせずに俺を見下ろした。

「夏祭りって感じでいいね。似合ってる」
「帯が緩んだりしたら大惨事だけどな」
「普通にしてたら大丈夫だよ」

 俺は今、浴衣を着ている。
 甚平なら子どもの頃の写真が残ってるけど、浴衣なんて人生初なんじゃないだろうか。
 女将さんが花火の前に店に寄ってくれって言うからその通りにしたら、なんと浴衣着てくれってことだった。

「おじいちゃんの若い時のなのー!」

 と嬉しそうに見せられたのは、黒っぽい生地にもっと暗い黒の縦筋模様の入ったシンプルな浴衣だった。純和風で落ち着いた雰囲気の服は絶対大和の方が似合うだろって思って、

「大和が来た方がいいんじゃないか? 大将のなんだろ」

 と、俺にしては珍しくはっきり伝えたんだけど。

「僕には丈が足りないんだよ」

 納得せざるを得ない理由であっさり却下されてしまった。
 大和は人混みにいても分かりやすそうなスラリとした長身だが、大将は俺と同じ平均くらいの体だ。

 俺は浴衣が嫌ってわけでもなかったし、せっかくあるのを着せて懐かしみたい女将さんの気持ちを汲んで着付けてもらうことにした。
 草履もあるって言ってたけど歩きにくいからスニーカーのまま。女将さんは渋い顔をするかと思ったら、

「今はそういうのもおしゃれに見えていいわねー!」

 だってさ。本当に柔軟な人だと思う。

 カバンも普段使いの肩掛けポーチで、しかも大和と行った原画展の特典キーホルダーがついている。見るたびに大和がニコニコするから外し損ねた代物だ。
 そういうわけで、相当カジュアルな雰囲気の浴衣姿で夏祭りという、風流と言っていいのか分からないことになっているんだが。

「暑い……」

 今日は一日中どんよりと空が重く、いつ雨が降るかとヒヤヒヤする一日だった。それでも熱気と湿気で肌に汗が滲む。
 首元をすこしでも涼しくしようと、いつもはハーフアップにしている髪を全て纏めた。女将さんが渡してくれた扇子でバタバタと仰ぐ。風が当たると汗をかいたところが冷えて涼しいけど、一時的なものだった。

 隣を見れば、なんでもないような表情をしている大和の額にも水滴が浮かんでいる。
 Tシャツと短パンというラフな格好をしていてもそうなんだから、しっかりした生地の浴衣を着ている俺は尚更だ。
 見た目は華やかで涼しげな周りの浴衣女子たちも、根性で着ているに違いない。

 人が多い中、もみくちゃにされながら大和が屋台を見回す。

「何か食べる? それとも王道に金魚掬いする?」
「楽しそうだけど……絶対浴衣濡らすからたこ焼き食う」

 偶然目に入ったタコのイラストは、黄色い屋根によく映えていた。祭りっぽいかと気軽に選んだものの、よく見たら列が出来てたからちょっと迷ったけど、

「急いでるわけじゃないから並ぼうよ」

 と言ってくれる大和と二人でだったから、順番はすぐに回ってきた。

 河川敷の芝生に座って食べるか考えた結果、やっぱり浴衣を汚しそうなのが心配で。察してくれた大和が、橋の下で立って食べようと提案してくれた。
 出店の通りを抜けると比較的人の行き来が少ないから、ようやくまともに息が吸えるようになった。気温は変わらないのに、少し涼しい場所に出たような気になる。

 俺と大和は並んでたこ焼きを開けた。香ばしい匂いが鼻を満たす。ついさっきまで鉄板の上にあっただけあって、白い器は熱くて、鰹節は踊っている。
 大きな一口でぱくんっと食べた大和が口を押さえてハフハフ言っている。俺は無意識に笑ってしまった。

「ひとつ目を一気にいったら熱いだろ」

 大和はウーっと何か音を発しながらコクコクと何度も頷く。俺は同じ轍を踏まないようにたこ焼きを齧る。
 ソースと生地を舌に乗せて、上手く熱を逃がしながら咀嚼した。

「うま」
「そうだね、熱々美味しい」

 復活した大和が顔を綻ばせた、直後。全く想定していなかった事態が起こった。

「あそこにいる人イケメンじゃない?」
「本当だ! って、あれ? 浴衣着てるのって同じクラスの」
「なんだっけー……蓮くん?」

 今世紀最大の無視したい声が聞こえてきたのだ。