驚くほど勝てない。
シューティングゲームもレースゲームもリズムゲームも、もちろんクイズゲームなんてもっての外だ。
バスケットボールが綺麗にゴールを揺らすのを見て、俺は機械音で喧しいゲームセンター内で顔を覆った。
「お前、ゲーム出来て勉強出来て顔良くて……弱点とかないのか」
しかも運動神経もまぁまぁいいと見た。なんだこいつ。少年漫画のヒロイン改め少女漫画のヒーローかよ。
「コミュ症」
致命的だな。
恐ろしい真顔だ。話しすぎるのとパーソナルスペースゼロだから敢えて人と距離とってるんだっけな。それでも、だ。
「俺ほどじゃないだろ」
大和の言ってることは分かる。ノってくるとずっと一人で喋ってるし、体はどっかしら触れ合ってる。
でも、俺みたいに黙ってしまう回数は少ない気がする。
「冷静な時は顔色伺ったり、定型文のやり取りとかは出来るかも」
俺はそれすらできねぇよ。顔色伺っても答えが出ないから黙るしかない。どうしたら良いか分からなくなる。
正解が見えればいいのにって思うのも疲れて、独りでいることにしたんだ。
今だってそうだ。原画展の後に大和が、
「次は蓮君のいきたいところいこう」
って言ってくれたけどどうしたらいいか分からなくて。でもなんか言わないとってゲーセン行こうって言った。
そうしたら大和が楽しいのか不安になって、顔に答えが書いているわけじゃないのにずっとチラチラ見てる。
次は何しようって周りを見渡す大和に、ただついていっている。
「僕は仲良くなってからの方が怖いんだ」
UFOキャッチャーの横を通ったとき、ふと大和が呟いた。
「なんで?」
「遠慮なくなって言わなくて良いこと口走ったり……あと、独占欲もすごくて」
俯き加減で話しながらも、ふらりと吸い込まれるようにUFOキャッチャーの台の前に立つ。その中にはさっきまで原画展に言ってた漫画のキャラクターぬいぐるみがあって、本当にブレないなと感心する。
「独占欲?」
「きっかけはよくあることなんだよ。幼稚園の頃から仲が良かった子がいたんだけど、小学校に上がってその子が別の子と仲良くなって……友だちがとられたみたいで悔しくてさぁ」
正直、俺にはよく分からない状況だ。なぜなら幼児の頃からほとんどぼっちだったから。
でも、そのくらいの嫉妬なら可愛い気がするけどな。という気持ちで、ガラスの向こうでアームが動くのを見る。
「どこに行くにもべったり引っ付くようになってね。他の子と遊んでても割り込んだり……トイレまで追いかけてたかな」
「子どもって加減が分かんないよな」
「そう。加減が分からなくて……流石に鬱陶しがられて喧嘩しちゃった」
「そうだったのか」
俺はなんと言ったらいいか分からなくてとりあえず合槌だけ打つ。相手の子の気持ちも分かるし、大和に悪意がなかったことも分かる。ただ、「大好き」の表現を間違えただけだ。
まだ人付き合いも勉強中の時期。本来ならそういうことを繰り返して人間関係の作り方を学ぶんだろう。
引っ掛かりそうだったぬいぐるみがアームから零れ落ちて、大和は追加の小銭を入れた。
「僕、心が折れちゃってさー……声かけられなくなったの。丁度その後、引っ越したりもしたし」
大和の声は淡々としてるし、表情もいつも通りだ。でもその時に人との距離感が迷子になってしまって、今に至っているなら大和にとっては深い傷になったに違いない。
俺はなんとなく落ち着かなくて、隣にあるお菓子が並ぶ台に小銭を滑り込ませた。出来るだけ感情が出ないように、言葉を選ぶ。
「そんくらいの頃の失敗、意外と引きずるよな」
「蓮くんも似たような感じ?」
「俺は……そもそも人と話すのが苦手で」
話しながらアームを動かすと、バラバラと積み上がっているお菓子が何個も落ちた。欲しいわけでもないのに、こういう時は上手くいくんだよな。
俺は台に吊ってあるビニール袋を持ってしゃがみ込む。普段は記憶箪笥の奥にしまい込んでるけど、どうしてもへばりついて離れない記憶を引っ張り出した。
「言葉を言葉通り受け取って女子を泣かせたことがある。あの時から本格的に離れるようになったかも」
「聞いてもいい?」
「今思えば、なんて馬鹿なんだって感じだぞ。俺も、小学生の時の話だし」
「馬鹿だったって思えるなら、成長してるってことだね」
ぬいぐるみの台から目を離さず、それでも大和は完全に聞く姿勢だ。もしかしたら、この話を向き合ってするのが気まずいのかもしれない。
俺みたいに。
お菓子を袋に詰め終えた俺は、ふーっと一度息を吐く。
「『お母さんが似合うっていうから着てきたけど、私は青より赤の方が似合うと思わない?』って言われてだな」
「……そうだなって言っちゃった?」
「そう……」
まさか正解が「どっちも似合うから今日の服も可愛いよ」だとは思わなかった。赤が似合うって言って欲しいと思ったんだ。
泣かれた時に周りの女子たちが慰めている言葉を聞いて、初めて気づいたんだよ。
複雑怪奇すぎるぞ女心。
「難しいよね、言葉の裏とか読むの」
「難しい」
大和が操るアームは俺たちを嘲笑うかのように人形を出口ギリギリのところで落とす。
諦めたらしい大和は、もう財布は出さずに手をポケットに入れた。
「仲良くなって依存したらって思うと、声も掛けづらくて。小学校の時には一人でボール蹴りに今までと違う公園に行ってたよ」
「壁打ちしたら相手いなくてもボールが返ってくるもんな。俺もやってた」
歩き出した大和と共に、再び電子音が溢れるゲームセンター内を移動する。
公園で友達とサッカーやってるクラスメイトたちを横目に、トイレの白壁にパコパコぶつけていたのを思い出した。
同じことをやってる子供の大和を想像すると、隣に行ってやりたい気がするのは「成長してる」ってことなんだろうか。
「その時に、隣で同じことしてる子がいてさ」
「へぇ」
「毎日隣でボール蹴っててね。次こそ声かけるぞーって意気込んで公園行ってたのに」
「話しかけられなかったのか」
聞いたことあるような話だな。
シューティングゲームもレースゲームもリズムゲームも、もちろんクイズゲームなんてもっての外だ。
バスケットボールが綺麗にゴールを揺らすのを見て、俺は機械音で喧しいゲームセンター内で顔を覆った。
「お前、ゲーム出来て勉強出来て顔良くて……弱点とかないのか」
しかも運動神経もまぁまぁいいと見た。なんだこいつ。少年漫画のヒロイン改め少女漫画のヒーローかよ。
「コミュ症」
致命的だな。
恐ろしい真顔だ。話しすぎるのとパーソナルスペースゼロだから敢えて人と距離とってるんだっけな。それでも、だ。
「俺ほどじゃないだろ」
大和の言ってることは分かる。ノってくるとずっと一人で喋ってるし、体はどっかしら触れ合ってる。
でも、俺みたいに黙ってしまう回数は少ない気がする。
「冷静な時は顔色伺ったり、定型文のやり取りとかは出来るかも」
俺はそれすらできねぇよ。顔色伺っても答えが出ないから黙るしかない。どうしたら良いか分からなくなる。
正解が見えればいいのにって思うのも疲れて、独りでいることにしたんだ。
今だってそうだ。原画展の後に大和が、
「次は蓮君のいきたいところいこう」
って言ってくれたけどどうしたらいいか分からなくて。でもなんか言わないとってゲーセン行こうって言った。
そうしたら大和が楽しいのか不安になって、顔に答えが書いているわけじゃないのにずっとチラチラ見てる。
次は何しようって周りを見渡す大和に、ただついていっている。
「僕は仲良くなってからの方が怖いんだ」
UFOキャッチャーの横を通ったとき、ふと大和が呟いた。
「なんで?」
「遠慮なくなって言わなくて良いこと口走ったり……あと、独占欲もすごくて」
俯き加減で話しながらも、ふらりと吸い込まれるようにUFOキャッチャーの台の前に立つ。その中にはさっきまで原画展に言ってた漫画のキャラクターぬいぐるみがあって、本当にブレないなと感心する。
「独占欲?」
「きっかけはよくあることなんだよ。幼稚園の頃から仲が良かった子がいたんだけど、小学校に上がってその子が別の子と仲良くなって……友だちがとられたみたいで悔しくてさぁ」
正直、俺にはよく分からない状況だ。なぜなら幼児の頃からほとんどぼっちだったから。
でも、そのくらいの嫉妬なら可愛い気がするけどな。という気持ちで、ガラスの向こうでアームが動くのを見る。
「どこに行くにもべったり引っ付くようになってね。他の子と遊んでても割り込んだり……トイレまで追いかけてたかな」
「子どもって加減が分かんないよな」
「そう。加減が分からなくて……流石に鬱陶しがられて喧嘩しちゃった」
「そうだったのか」
俺はなんと言ったらいいか分からなくてとりあえず合槌だけ打つ。相手の子の気持ちも分かるし、大和に悪意がなかったことも分かる。ただ、「大好き」の表現を間違えただけだ。
まだ人付き合いも勉強中の時期。本来ならそういうことを繰り返して人間関係の作り方を学ぶんだろう。
引っ掛かりそうだったぬいぐるみがアームから零れ落ちて、大和は追加の小銭を入れた。
「僕、心が折れちゃってさー……声かけられなくなったの。丁度その後、引っ越したりもしたし」
大和の声は淡々としてるし、表情もいつも通りだ。でもその時に人との距離感が迷子になってしまって、今に至っているなら大和にとっては深い傷になったに違いない。
俺はなんとなく落ち着かなくて、隣にあるお菓子が並ぶ台に小銭を滑り込ませた。出来るだけ感情が出ないように、言葉を選ぶ。
「そんくらいの頃の失敗、意外と引きずるよな」
「蓮くんも似たような感じ?」
「俺は……そもそも人と話すのが苦手で」
話しながらアームを動かすと、バラバラと積み上がっているお菓子が何個も落ちた。欲しいわけでもないのに、こういう時は上手くいくんだよな。
俺は台に吊ってあるビニール袋を持ってしゃがみ込む。普段は記憶箪笥の奥にしまい込んでるけど、どうしてもへばりついて離れない記憶を引っ張り出した。
「言葉を言葉通り受け取って女子を泣かせたことがある。あの時から本格的に離れるようになったかも」
「聞いてもいい?」
「今思えば、なんて馬鹿なんだって感じだぞ。俺も、小学生の時の話だし」
「馬鹿だったって思えるなら、成長してるってことだね」
ぬいぐるみの台から目を離さず、それでも大和は完全に聞く姿勢だ。もしかしたら、この話を向き合ってするのが気まずいのかもしれない。
俺みたいに。
お菓子を袋に詰め終えた俺は、ふーっと一度息を吐く。
「『お母さんが似合うっていうから着てきたけど、私は青より赤の方が似合うと思わない?』って言われてだな」
「……そうだなって言っちゃった?」
「そう……」
まさか正解が「どっちも似合うから今日の服も可愛いよ」だとは思わなかった。赤が似合うって言って欲しいと思ったんだ。
泣かれた時に周りの女子たちが慰めている言葉を聞いて、初めて気づいたんだよ。
複雑怪奇すぎるぞ女心。
「難しいよね、言葉の裏とか読むの」
「難しい」
大和が操るアームは俺たちを嘲笑うかのように人形を出口ギリギリのところで落とす。
諦めたらしい大和は、もう財布は出さずに手をポケットに入れた。
「仲良くなって依存したらって思うと、声も掛けづらくて。小学校の時には一人でボール蹴りに今までと違う公園に行ってたよ」
「壁打ちしたら相手いなくてもボールが返ってくるもんな。俺もやってた」
歩き出した大和と共に、再び電子音が溢れるゲームセンター内を移動する。
公園で友達とサッカーやってるクラスメイトたちを横目に、トイレの白壁にパコパコぶつけていたのを思い出した。
同じことをやってる子供の大和を想像すると、隣に行ってやりたい気がするのは「成長してる」ってことなんだろうか。
「その時に、隣で同じことしてる子がいてさ」
「へぇ」
「毎日隣でボール蹴っててね。次こそ声かけるぞーって意気込んで公園行ってたのに」
「話しかけられなかったのか」
聞いたことあるような話だな。