「みーやびっ、帰ろ!」
放課後、月宮さんが日直の仕事で席を外しているうちに、私はみやびに声をかけた。
「あ、うん!」
みやびはちらりと月宮さんの席を気にするように見たものの、笑顔で頷く。
「帰ろ帰ろ」
みやびはスマホを軽くいじってから、カバンを肩にかけて立ち上がる。おそらく、月宮さんに先に帰る旨を連絡したんだろう。
遠足の行動班に月宮さんを誘ってから、みやびと月宮さんは急速に距離を縮めていた。
休み時間だけでなく、移動教室や体育の時間は、必ず三人で行動するようになった。
私は許可なんてしてない。みやびが勝手に月宮さんに声をかけた。巻き込まれた私は迷惑極まりない。とはいえ、相手がだれであろうと私は『いい子』の仮面を被って接しなければならない。
だから勘違いしたのか、どうせすぐに嫌気が差して月宮さんのほうから離れていくだろうと思っていたのに、私の予想に反して、彼女はちゃんとみやびと親しくなっていった。私を差し置いて。
「ねぇ、今日さぁ、帰りどっか寄っていかない?」
「いいね! あ、私、遠足用のお菓子買いたい! まだ買ってないんだ」
「あっ、私も! じゃあ駅ナカの薬局行こ! あそこお菓子安いし」
帰り道、みやびと月宮さんは同じ方向で、私だけべつ。
放課後は、どこかへ遊びに行かないかぎり、私はみやびといっしょには帰れない。
私は焦っていた。
今日はふたり。この機会を逃すわけにはいかない。みやびの機嫌を取らなきゃ。
「あっ、小枝だ! これ買う!」と、みやびが言う。
「それ、美味しいよねぇ。私は抹茶味が好きー」
「えっ、そんなのあるの?」
「知らない? あるある! じゃあ私が抹茶買うから、バスで交換しよ!」
私はお菓子コーナーを探して、同じシリーズの抹茶味を手に取る。
「しよしよ! ――そうだ、茉莉奈ちゃんはなにが好きかなぁ」
みやびの口から何気なく出てきた名前に、私はお菓子を選んでいた手を止める。
「……最近みやび、月宮さんと仲良いよねぇ」
「えっ? うん。でも、私っていうか、亜子も仲良いじゃん?」
みやびはきょとんとした顔で首を傾げた。
は? 私が月宮さんと仲良い? なに言ってるの、この子。
察し下手にもほどがある。
気を遣って喋ってるの。あんたが勝手に月宮さんを誘うから、仕方なく!
月宮さんだってきっと、私が疎ましく思っていることに気付いてる。それに気付いてるから、私への当てつけでわざとあんたと仲良くしてるんだよ。
そう、ぶちまけたくなる気持ちをどうにか抑えて、私は「そうだね」と笑う。
いらいらした。
というか、みやびってもしかして腹黒?
だって、私は知っている。
最近は、私がトイレに行っているあいだとか、ふたりだけで会話をしていることも増えてきた。
そういうとき、私がなに話してるの? と会話に入ろうとすると、あからさまに気まずそうにパッと会話をやめたりする。
なにか隠してるような素振りをしたりする。
みやびはそういうことはしないと思っていたのに。
やっぱり、付き合う相手が悪いとひとって変わるんだよなぁ。
どうせ、ふたりきりのとき、月宮さんが私の悪口を言ったりしているんだろう。ホント、いい迷惑。害悪。
みやびがそれを信じて、私をきらいになって、私をハブろうとし始めたらどうしてくれるの。
冗談じゃない。
ハブられてべつのグループに入るなんて、ぜったいイヤ。ぜったい噂されるし、私の価値も下がる。
みやびは渡さない。私は、だれにもこの居場所を譲らない。そのためなら、なんだってする。
これまで私が、どれだけ努力してきたと思ってんの。
月宮茉莉奈はいつもひとり。べつにひとりでいられるんでしょ。群れてる女子をバカにしてきたんでしょ。だったらずっとひとりでいればいいじゃない。わざわざなんで私の居場所を脅かそうとするわけ? ほんっと性格悪い。消えてほしい。
「あっ、あれ、茉莉奈ちゃんだ!」
みやびの声に、ハッと我に返る。
「え?」
顔を上げると、店の窓ガラスの向こうに月宮さんが歩いているのが見えた。学校帰りのようだ。
「亜子、私、茉莉奈ちゃんのこと呼んでくるね! ちょっと待ってて!」
「あっ……」
私が引き止めるより先に、みやびはお菓子を置いて店を出ていく。
茉莉奈茉莉奈まりなマリナ。
「……ウザ」
私はスマホを取り出し、楽しげに話すみやびと月宮さんを横目に駅を出た。
***
みやびと別れたその足で、私は隼くんと会っていた。
話があると連絡が来たのだ。いいよ、と返信を送ると、隼くんはすぐに駅に来てくれた。そのまま私たちは、スタバに入った。珍しく、私が好きなカフェデートだ。
最近気分が乗らないことが多くて、隼くんからの誘いを断り続けていたから、さすがに焦って私好みの店をチョイスしてくれたのかもしれない。可愛いところもある。
私たちは、カウンターでそれぞれドリンクを受け取ると、窓際の席に向かい合って座った。
「そういえば、隼くんはだれと同じグループになったの?」
「えっ?」
大袈裟なリアクションで、隼くんが顔を上げる。
「えっ、て……遠足の話だよ」
驚いた顔の隼くんに疑問を抱きながらも、私は話を続ける。
「あ、あぁ……遠足ね。ふつーにサッカー部のやつらと固まったよ」
「そうなんだ」
こうやって話していても、いつも、亜子は? とは聞かれない。だから私は、「私は……」と話し始めるつもりでいた。
そうしたら、「亜子は?」と聞かれた。私は驚いて、思わず喉が鳴った。
「あ……うん。私は、みやびと月宮さんだよ。あとは安堂くんたち」
月宮さん、あたりで隼くんが飲んでいたフラペチーノを吹き出した。
「えっ、ちょっと、大丈夫!?」
「ごめんっ!」
慌てて紙布巾を差し出すと、隼くんがこぼしたフラペチーノを拭く。
そのあとも、隼くんはどこか落ち着きなく、じぶんが頼んだ抹茶フラペチーノの容器を握ったり離したりしている。さすがにおかしい。
そう思って、「ねぇ、どうかしたの?」と訊ねた。すると、隼くんはようやく、私を見た。そして、言った。
「……あのさ、亜子。実はその……いきなりでホント申し訳ないんだけどさ、俺と別れてほしいんだ」
その瞬間、目の前からふっと光が消えた気がした。
「……え」
なに? 今私、なんて言われた?
瞬きも忘れて、さっきの音を手繰り寄せる。
別れてほしいって、言われた。間違いなく。
「……え、なんで?」
「……好きなひとができたんだ」
は? 意味分かんない。好きなひとってなに。隼くんの好きなひとって、私じゃないの? だって私たち、付き合ってるんだし。
隼くんは、珍しく申し訳なさそうな顔をしている。これまで、私がどんなに高いお金を払ってもケロッとしていたくせに。
「……そっか……そっかそっか。それじゃあ仕方ないね。うん、分かった。いいよ、別れよ」
承諾すると、隼くんはホッとしたような顔をした。
「……ごめんな、亜子」
申し訳なさそうな顔が腹立つ。
「ううん、べつにいーよ。なんとなく私たち最近、なんかちょっと合ってないなって気がしてたし」
「だよな! うん、俺たち、合ってなかったよな!」
お前が言うな、お前が。ひとの金でさんざん遊んできたくせに。けれど、私は笑顔を保つ。みっともなく縋るとか有り得ない。
「でさぁ、隼くんの好きなひとって、だれ?」
ここは、聞いておく。一軍の私をふるくらい、好きになった相手。
「あー……それは」
隼くんは私から視線を逸らし、言葉を濁す。いやな予感がした。
隼くんの口元が、ゆっくりと動く。まるでスローモーションになったかのように思えた。
隼くんは私に、「月宮さん」と言った。
ひとりカフェに取り残された私は、ぼんやりと窓の向こう、行き交うひとびとを見ていた。
隼くんにふられた。しかも、よりによって月宮さんに取られた。信じらんない。
呆れて言葉も出てこなかった。
隼くんは気まずさからか、聞いてもいないことをぺらぺらと話し出した。
『部活帰り、バスでいっしょになったのがきっかけ。あっ、でも、俺から声をかけたんじゃないよ。あっちが話しかけてきたんだ。亜子の彼氏だよね、って。それから少しづつ話すようになって、いつの間にか……ごめん、俺、最低なこと言ってるな』
どうでもいいけど、このひとって本当にクズだよなぁ。
隼くんは私を傷付けたと思っているのかもしれないけれど、私は正直、隼くんと別れたこと自体はどうでもよかった。あの空き教室でのできごと以降、私はすっかり隼くんへの気持ちが冷めてしまっていたからだ。
もともと隼くんと付き合っていたのは一軍ステータスのためで、特別な感情なんてこれっぽっちも抱いていなかった。
最近は、お金を払うことも面倒になっていたくらいだし。だって、いちいちうざかった。隼くんの笑顔を見るたびに、あの空き教室の冷笑が思い出されるようだったから。
それによく見たら、隼くんって割とふつーの顔してるし、ぜんぜん私と釣り合ってない。
これが噂の蛙化現象ってヤツなのかしら?
そんなふうに思っていた。
だけど、月宮茉莉奈に取られるとなると話はべつ。ぜんぜん笑えない。面白くない。
私は、アイスティーのストローを噛む。
このままじゃ終わらせない。やられたらやり返す。ぜったい月宮茉莉奈を許さない。
これ以上月宮茉莉奈の好きにはさせない。隼くんはもういい。だけど、みやびのことは、ぜったいに渡さない。
さて、どうやってやり返そう。
月宮茉莉奈の弱みを握る? どうやって?
私はスマホを開く。チップスを開いて、『星蘭高校、月宮茉莉奈』で検索をかける。
引っかかった投稿を確認していく。
『めっちゃ可愛い子見つけた。二年一組の月宮茉莉奈って子』
うざ。消えろ。
『月宮茉莉奈っていつも赤いパーカー着てる子だよね』
どうでもいいわ。
『彼氏パーカーみたいで可愛い』
黙れ。
苛立ちが募って、頭を搔く。
ろくな呟きが出てこない。これでは、いくら遡っても意味がない。
学校で探るしかないな、と諦めてアプリを閉じようとしたとき、
『推しが星蘭高校に通う娘の同級生に似てる気がするんだよなぁ』
推し?
ふと、気になる投稿を見つけた。投稿主の名前は、『もずく』さん。
もずくさんのアカウントに飛ぶと、投稿の中身はだいたい、愛娘の自慢か推しだとかいうホステスのマリちゃんの話。クズなんだか子煩悩なんだかよく分からない。
まぁ、この投稿はたぶん、月宮茉莉奈とは関係ないだろう。やっぱり学校で探るしかない。
私はスマホをポケットにしまって、帰路についた。
***
月宮茉莉奈は、毎朝、ホームルームが始まるギリギリの時間に登校してくる。登校しても、担任が教室に入ってくるまでは基本的にじぶんの席で寝ていて、注意されてようやく起きる。
授業中も必ず寝てる。教師たちは既に諦めているのか、居眠りについても、校則違反のパーカーについても、なにも言わない。
基本的にじぶんからだれかに話しかけるようなこともなく、男子に話しかけられたら答える、くらいのコミュニケーション。
いつも違う男と噂になっていて、ふったふられたの話にはなっていない。男のほうが騒がないってことはたぶん、彼女がふってるんだろう。でも、身勝手に、じゃない。付き合った男たちからは一切不満が出ていないことを考えると、彼女は円満に別れを切り出している。
私は月宮さんをじっとりと観察しながら、トマトジュースのストローを噛み潰す。
彼女を見ていると、おのずと彼女が着ている赤いパーカーに目が引き寄せられる。Lサイズくらいだろうか。彼女の体格では、Sでも充分大きいはずだ。
なんでわざわざあんな大きなパーカーを着ているんだろう。男物だとしても、ずっと同じものを着ているから、男からのプレゼントではないだろうし……。
考えていると、
「ねぇ、亜子」
みやびに話しかけられた。顔を向けて、「なに?」と答える。
「今日って放課後、ひま?」
「え、なんで?」
「安堂くんたちに、カラオケに行かないかって誘われてて……」
は? なにそれ聞いてない。なんで私抜きで話が進んでるわけ?
気に入らない。
「……それって、月宮さんも行くの?」
私は月宮さんを見つつ、みやびに訊ねる。
「ううん。茉莉奈ちゃんはバイトがあるから行かないって。私も、亜子が行かないなら断ろうと思ってる」
「ふぅん……」
つまり、私より先に月宮さんに確認したと? 私が行くか行かないかより、月宮さんが行くかどうかそっちのほうが気になったと?
……気に入らない。
いらいらしながらストローを啜っていると、口内に入ってくる液体が途切れた。中身が空になったらしい。
「亜子はどうする?」
私はトマトジュースのパックを握り潰しながら、みやびに言った。あくまで笑顔は絶やさない。
「ごめん。今日はやめとこうかな。明日遠足だし」
「そっか。じゃあ私から断っておくね。安堂くんたちには悪いけど、私も今回は行くのやめる」
「うん、ごめんね」
私はみやびに謝り、教室を出た。
空になったパックをゴミ箱に捨て、教室に戻ろうとしたとき、渡り廊下の先に桃果の姿を見つける。
かなり派手めの女子ふたりと、楽しげに話している。桃果と話しているその友だちのほうに、どこか見覚えがある気がして、私は足を止める。知り合いではない。だけど、どこかで見たことがある。
でも、どこで見たんだっけ?
放課後、みやびは図書委員の仕事があるというので、別々に帰ることになった。
昇降口を出たところで、月宮さんのうしろ姿を見つける。月宮さんはひとりだった。スマホをいじりながら歩いている。私には気付いていないようだ。
そういえば、月宮さんは今日、バイトがあるとみやびが言っていた。
スマホを開いて時間を確認する。まだ十七時前。少し考えてから、私は彼女のあとを追いかけた。
月宮さんは、バスに乗った。バレないように乗客に紛れて、私もバスに乗り込む。十五分ほどバスに乗り、『泉町商店街前』というバス停で下車した。慌てて私も降りる。
月宮さんは、そのまま近くにあったコンビニのトイレへ入っていった。
私はコンビニの前で立ち止まる。鉢合わせしたら困る。
私は、道路を挟んだ向かいにある書店に入って、彼女が出てくるのを待つことにした。
しばらく雑誌を読むふりをしてトイレを注視していると、月宮さんが出てきた。出てきた姿を見て、驚く。
月宮さんは制服ではなく、私服になっていた。白いシャツに、赤いチュールスカート。
なにあれ。ただのバイトなのに、なんでわざわざ私服に着替えてるわけ?
彼女の行動が理解できず、私は思案する。
制服から私服に着替えるということは、制服では入れないバイト先ということだろうか?
ということはつまり、学校から許可をもらっていないバイト。もしくは、学校には言えないバイトということ。
ふと、昨日のもずくさんの投稿を思い出す。
『推しが星蘭高校に通う娘の同級生に似てる気がするんだよなぁ』
……え、なにそれ。つーか推しってなに? まさか地下アイドルとかやっちゃってたり? なにそれウケる。アイドルなら写真撮ってSNSに晒しても許されるだろうし、さて、どう料理してやろうか。
じぶんの口角が上がっていくのを自覚する。
私はわくわくしながら彼女のあとを追いかけた。
結果的に私の予想は、当たらずも遠からず、といったところだろうか。いや、むしろアイドルなんかよりもっとやばい。
月宮さんは、バス停からすぐ近くの路地に入っていった。キャバクラやホストクラブ、ガールズバーなどが立ち並ぶ、大人の雰囲気が漂う夜の街だ。高校生が立ち入る場所ではない。
彼女のうしろ姿をカメラに押さえて、私はにんまりと笑う。
「いいもの見ちゃった」
月宮さんが入っていった店は、男性向けのガールズバーだった。
さらに決定的な証拠写真を撮るべく、私は近くの喫茶店に入った。
『同級生、ガールズバーなう』
裏アカで高揚感を呟きながら、時間を潰す。
十七時に看板のライトがつき、数人の男性がなかへ吸い込まれていく。それからさらに十九時を過ぎたあたりで、月宮さんが出てきた。キモいおっさんと腕を組んで歩きながら。
うわー、期待どおり。というか、期待以上。
もずくさんのマリちゃんは、正真正銘月宮茉莉奈だった。
もずくさんグッジョブ!
にやける口元を抑えられない。
私は喫茶店のなかから、ガラス越しに彼女にカメラを向ける。数枚写真を撮って、撮影した画像を確認した。
月宮さんは、チョーカーネックの豪奢なドレスを着ていた。化粧がいつもより濃いからか、一見すると月宮さんに見えない。
画像をじっと見つめていると、私はあることに気付いた。
チップスを開いて、もずくさんのアカウントへ飛ぶ。
右上の検索マークをタップして、『マリ』と打ち込むと、二十数件の投稿がヒットした。
関係のない投稿はスルーしていく。そして、目当ての投稿を見つけた。ブクマを付ける。
じわじわと口角が上がる。
私は、メッセージアプリから、目当ての人物のアカウントを探した。
市野桃果。
噂を流すには、桃果を使うのがいちばんだ。あの子は私が知っているひとのなかでも特に口が軽い。
相談するふりをして話せば、ぜんぶ学校で言いふらしてくれるだろう。いっしょにいたときは困る性格だったけれど、今は使える。
『おひさー。ねぇ、今日電話できる? ちょっと相談があってさぁ』
私は桃果にメッセージを送ったあと、私は喫茶店を出た。
まだ四月ということもあって、空はすっかり暗く、少し肌寒い。
私はスマホを握り締めて、足早に駅への道を歩いた。夜道は苦手だ。ひとりでいると無性に寂しくなるし、心細くなる。
駅に着き、ホームに降りると、ちょうど電車のアナウンスがした。
タイミングがいい。待たずに電車に乗れるのは助かる。
明日はいよいよ遠足だ。
今日中に桃果に月宮さんのことをバラせば、明日にはきっと学年中に広まっているはず。
果たしてあの子は、どんな顔をするんだろう。楽しみで興奮して、眠れないかもしれない。
***
「――ねぇ、三人でお揃いの髪型にしない?」
翌日、テーマパークに向かうバスのなかで、みやびが唐突に言った。
今日は遠足である。
バスの席は左から敷島くん、私、通路を挟んでみやび、月宮さんだ。私と敷島くんのうしろの席に、安堂くんと本島くんがいる。
「私たち三人みんな髪長いし、ツインお団子できるじゃん? お揃いで写真撮ったらぜったい盛れるよ!」
――お揃い。
女子が好きなやつだ。特に、一軍女子が好きなやつ。仲良しの証みたいなもの。
私にとって重要なのは、『三人で』という部分。
この場合、普段ならぜったい断る。
圧倒的なみやびとふたりでお揃いをするなら、比較はされないからいい。でも、月宮さんと同じことをしたら、比べられる。
私と月宮さんの、どっちが可愛いか。もちろん私に決まってる。だけど、万が一ってことがある。ほら、好みとかの関係で。だから基本、危ういことはしないのだけど、今日はべつ。
「いいよ! やろやろ!」
私は笑顔で頷く。
今日の私は機嫌がいい。なぜなら、月宮茉莉奈の秘密を握っているから。
心からの笑顔を向けられる。
私はみやびの奥の席に座る月宮さんを見る。
「ね、月宮さんもやろう?」
声をかけると、月宮さんは私のことをちらりと見て、無愛想に言った。
「あたしはいい」
「えぇー茉莉奈ちゃんもやろーよ」
みやびも口をすぼませる。
「せっかくの遠足なんだよ? 三人でたくさん写真も撮りたいし」
「そうだよ。今日くらい」
すると、月宮さんが私を睨んだ。
「バカみたい。髪型揃えてなにになるわけ?」
出た。空気読まない発言。それでも私は笑顔を崩さない。
「写真映えするじゃん!」
私の言葉に、月宮さんは鼻で笑った。殴りたい。
「そうだよ。みんな同じ制服なんだし、三つ子コーデになるじゃん?」とみやびが言うと、茉莉奈ちゃんはもう反論はしなかった。
「……でもあたし、じぶんじゃできないよ」
「まかせて! 私がやってあげる。茉莉奈ちゃんの髪さらさらでいじってみたかったんだぁ」
「じゃ、ヨロシク」
月宮さんは面倒そうな顔をしながらも、そう言ってみやびに背を向けた。
みやびが嬉しそうに彼女の髪を梳き始める。
月宮さんはみやびのされるがままになりながら、窓の外を眺めて呑気に欠伸をしていた。