そこは人界から隔絶された神々の領域。
 現実において有数の山を統べる神たちが集まって優雅な茶会を開いていた。
 卓を囲む3人と給仕を買って出た1人の神。
 話題の内容は、最近誰と誰が揉めた、神同士の惚れた腫れた、掛けに勝った負けた。
 人間でいうゴシップとなんら変わらぬ俗っぽさであった。

 そして、話題がこと最近の人間に及ぶと、一人の神が鼻息荒く憤りをあらわにした。

「最近の人どもは神に対する信仰がなさすぎる!」

 怒りをテーブルにたたきつけ顔を赤く染めているのは、ギリシャの山々を統べる男神。
 その名前はオリンポス。
 くせっ毛気味のショートヘアに、彫りの深い目鼻口。
 かのダビデ像が動き出したかのような精悍さを醸していた。
 怒りを宥めなさいとでも言うようにコーヒーフラペが差し出され仕切り直しとなる。
(ちなみにコーヒーフラぺとは、シェイクして泡立てた砂糖たっぷりのコーヒーに水や氷、ミルクを好みで加えるギリシャの名物飲み物である)

「そこでだ」

 オリンポスはニヤリと表情を歪め言葉を続けた。

「前回の世界神会議で今後300年をかけて人類を衰退させていこうという方針となっただろう?なので、ウチの山々の麓では毒草を増やしるんだ」

「へぇ、なんという植物なんだい?」

 話の続きを促したのは南米の山を治めるアプ。
 黒い地肌に編み込んだ髪を後ろで結ったポニーテールで、思わず“姉御”と呼んでしまいたくなる美女である。
 強い意志を彷彿とさせる凛とした目元は、まるで映画のワンシーンのような迫力を放っている。

「その名も“ドクニンジン”さ!無毒な山ニンジンと間違えて口にしたニンゲンを死に至らしめる。人類史の偉人、ソクラテスのエスコートを務めたのもこいつだね」

「それは見事じゃなー」

 相槌を打ったのは、特徴的な一本足を椅子から投げ出し、その細められた糸目の奥に思慮深さを滲ませている中国の山神。独脚鬼。

 給仕されたオレンジジュースをありがとうと一口飲み、話を続ける。

「しかし、わしも負けておらんぞ?皆も聞いたことがあるであろう?トリカブトの名を。何を隠そうあれの原産地はもともとウチの麓じゃ」

「おおぉ、聞いたことがあるぞ。何やらニンゲンの娯楽小説?とやらでは王道の毒物としてその名を不動のものとしているとか?」

「うむうむ、そうなのじゃ」

 アプの驚いた顔に満足したのか、胸を張って鼻息を吐く独脚鬼。
 そういえばとオリンポスがアプに水を向ける


「アプのところにも何か毒植物がなかったか?」

「あぁ、あるぞ。とっておきのがな」

 チーズの溶かされたチョコレートラテの“フラットチョコレート”に舌鼓を打っていたアプが答える。

「マンチニールと言ってな?リンゴに似た実から樹液まですべてが強毒。この木の下で雨宿りすると、通り抜けてきた雨水に当たるだけで肌が爛れる」

 予想の上を行く凄惨さに2神が思わず顔をしかめる。

「なんでそんなの作ったんだ?」

「いや、若気の至りというやつでな?振られて荒れていた時期なのもあって、憂さ晴らしに『最強最恐の攻撃力』というコンセプトで作ってみたのよ。なんならまだその毒性の全ては人類に解明されてはおらんな」

 はっはっはと呵々大笑したアプが近寄ってくる女神に声をかける。

「飲み物ありがとう。美味しかったよ」

「どういたしまして」

 自分の飲み物をこさえ最後に席に着いたのは、透き通るような真っ白い
 肌で、美しい白髪を腰まで伸ばした女神。
 インドの山神ヒマヴァット。

「皆嗜好を凝らした毒植物をお抱えなのはわかったが、ヒマヴァットはどうなのだ?」

「そうですねぇ~。皆さんもう飲んでいらっしゃいますわよ?」

 唐突な発言に皆は揃って首をかしげる。



「あらピンときません?正解は“お砂糖”ですわ。インドが最大の産出国で、一年間に18万人ほど屠っておりますの」



 ニッコリと何でもないことのように言ってのけた女神を前に全員が凍り付く。
 三神は誓った。
 この先永劫、インドの山神は怒らせないようにしようと。