それは週末。

社会人になってからも学生時代と同じ高速バスでの移動。
今回はしょうがない、コンサート参戦回数を増やすのと少しでもグッズの売り上げに貢献したいから。
新幹線代をケチる。

腰は痛くなるし出発は夜遅くて長距離で寝られないが同じく学生時代から共に推し活している咲良と共にキャリーケースを引きずって深夜バスに乗り込む。

金曜の仕事終わりに一旦家に帰り近くから東京直通のバス。本当に便利になったものだ。でも意外と利用客が少なくなって本数が減ったのがねぇ。まだ需要はあるのよ。

帰りは月曜の仕事のことを考えるとバスの便の時刻を考えて東京から名古屋までのバス、そこからの電車帰宅で日にちを跨ぐ前に日曜日に帰って来られる。

土、日それぞれ1公演ずつ推しのライブを楽しむのである。

「リミ、今日の公演で限定のTシャツ即売れらしいよ」
「金曜なのに? んー、日曜に狙うしかないね」
「ホテル早めに出て買うか、それか現地組に頼む?」
「そうしたほうがいいかな? 一応こっちからも名古屋限定の頼まれていたし土産も持ってきたしね」
「おーらい、リミ。頼んどくわ。今は寝て体力温存よ」
「うん」
私たちは夜行バスの乗り切り方をある程度学んでいるからちょっとはマシになったかも。
少し小声の会話した後に膨らましたエアー枕をシートと首の間に挟んでアイマスクをして寝た。

女性専用車、隣は慣れ親しんだ友、安心した空間である。

なんだかんだで涎垂らして寝てしまっている自分の体が不思議である。





現地に着くとどうやら同じバスで明らかに同じくファンの子も数人いたが自分たちよりも一回り若い学生ファンであろう。つるむことは今のところはない。

「自分たちも昔はあんな感じだったよね」
咲良が、しみじみという。
「そうよね。でもああやって若いファンたちもつくのはありがたいわ、貴重」
「教育テレビでレギュラーMCとか学生向けのラジオで出たからファン層も下がったわよねー」
「そうそう、子連れも多いし……って私たちもあの頃40代くらいのファンたちにも思われてたのかなぁ。若造がぁって」
「かなぁ、少なくとも互いに絡もうとは思わなかったよね」

2人で朝のバス停で何を言ってるのやら。

確かに昔は年上のファンと仲良くなることは難しいというか怖いイメージがあったけどSNSの発達と共に実際会ってみたらかなり年上! とかここ最近は年下が多かったり、子持ちの子とかお母さん世代とかいろんな職業のファンと繋がれてリアルの友達よりもネットの中だけど仲が良い。

どちらかといえば女性のファンが多いけど男性のファンも少なからずいてその人たちとも仲良くなった。
私は女子校育ちで短大で男子も少なくて歯科医院も女性が多い。
男性慣れしてないからリアルではなかなか話せないけど同じアイドルを推してるもの同士は老若男女、職業がなんだろうが問題ない。

ああ、推しの力ってすごいわぁ。推しを通して色んな人と出会ってその人たちの生活を知って……すごく良い機会に恵まれててそれで満足している。
と言ったらあれだけどね。

「あ、東京軍団がいたー!」
咲良は思い切って手を振ると数人のグループで固まっているメンバーがいた。

「久しぶりー。名古屋軍団の子達の限定グッズ、もう昨日の時点でゲットしてあるよ」
「うわー、ありがとう! よかったらお土産」
「うわー、いつもありがとう!」

この仕切りは全部社交的な咲良だ。本当にそういう人とのやり取りが上手い、羨ましい。私も一緒に仲良くさせてもらってる。このグループは私たちと年代は同じなのだ。職種はバラバラだが私も無理なく推しのことを交えながら話すことができる。

私はなんか違和感を感じる。人数が少ない。いつもこのグループで真ん中にいるあの子……。
「そうそう、リーダーがさぁ……ご懐妊しましてね」
「えっ……彼氏いたの?」
咲良が聞くと東京軍団のみんなはウンウンという。
……うわ、まただ。

「親から急かされててー幼馴染と付き合ったらすぐ子供できちゃったらしいよ。でもその幼馴染が地主で!」
「まじで!!」
「今日も行きたかったらしいけど体調悪くなったみたい。だからこのお土産も私が責任持って渡すよ」
「うん……」
「結婚式も落ち着いたらやるみたいだから、その時はお祝いムービー送ってね!」
……結婚……またか。

いかん、私はグラついてはいけない。私は結婚をしない、そう決めたのだから。

「私てっきりリミちゃんが次かと思ったー」
「へっ?」
周りがそうそうーと言う。何を勘違いを……。てか咲良にはあまり聞かないよね。それも彼女が一度みんなの前でピシャリと結婚もしないし彼氏も作らないから、と言ったのもあるかもしれない。私もそういえばよかったけど咲良みたいにはできなかった。

てかなんか私に視線が集中する。

「だって名古屋公演で迎えに来てくれたじゃない、ワゴン車の彼!」
ワゴン車の……彼!!! そのワードだけで私はすぐわかった。誰かって。あれは……元彼だし、浮気野郎のアホやろう。忘れたい存在だ。彼のせいで人間不信。それを忘れさせてくれたのがこの推し活なわけで。

「あれは彼氏じゃない!」
「うそぉー! 絶対彼氏!」
「違うー!」


もう本当に嫌になる!! って言ってはダメだと口をぎゅっと閉めた。