「リミ、あんたはいつ結婚するの」
 って言葉は何度も言われた。

 私は38歳。

 もう、38歳……でもないし。
 まだ、38歳……だなんて強がることもしたくない。
 数字をロールプレイングのレベルに例えてる人もいるけども年齢は単なる数字なのよってことも強がってる言い方にしか思えない。

 気づいたら38年、自分は生きていただけ。

 ぅて、これを言っても強がり~って言われるのがねぇ。ほんとしんどい!

 さっきから辛気臭い話し方してるけど私はまだ若いって思ってるし。
 年齢だけで判断するなんてもってのほかだと私は最近思うようになった。
 どちらかといえば昔は反対の立場だったのに気づけばこうなっていた。不思議なものである。あの頃の私が今の私を見たら笑うのであろう。

 私の名前は中原リミ。カタカナでリミ。なぜ漢字で当てなかったのか、ひらがなでもなかったのか、命名した父よ。
 親2人とも靖と京子で共通した漢字も読み方もない。日本人だし外国のルーツがある血筋でもない。何かのアニメのキャラでもない。

 沖縄出身の歌手で下の名前同じだけどそれとは違う。(その人もひらがなだったと思う。) 

 そして父に聞くたびに由来は変わる。神のお告げ、適当、辞書で引いたら……。

 そして最近は限られたという意味の「リミット」、38まで結婚をせず実家暮らししている私に対して「もう人生も時間限られているぞ」と今の状況をそのまま取ってつけたような回答。

 二つ下の弟、研二(弟はなぜか漢字!)も結婚する気はまだなさそうだし、でも彼は実家からとうの昔に出て行ってしまった。
 多分今も実家にいたら彼も私と同じように結婚はしないのかとか何たらかんたら聞かれて嫌になるだろう。
 それを見越して大学出てからすぐ地元から出て行ってしまった。と言っても車で1時間くらいのところだし、彼の気が向いた時に帰ってくるって感じだ。自由気まま、って私もそう言われればそうだし。

 でも正直研二はずるい、昔からだけど。……まぁ私も家から、この地元から出れば良かったのに。
 だが私には出る理由もなかった。


 実家暮らしで、近くの歯科受付の仕事をしている。一人暮らしできない理由は貯金はないわけではない。自由気ままな生活を楽しんでいるからだ。
 甘えといっちゃあれだけどね。完全に任せているわけでもなく、ご飯は作ってもらうけど家にお金を入れてはいるし、家事もたまにはする。
 親は親で自由に過ごしているし、ベタベタするわけではない。

 住んでいるところは田舎というか普通に暮らすには車がないとだめである。
 バスは通ってるけど便が少なくて乗ることもないし、電車は車がないと駅まで行けない。でも駅まで行けば名古屋、大阪、東京……全国各地に行ける。平日はほぼ仕事だから休みの日に行けばいいことだし地元で十分である。あと本数はさほど多くはないが高速バスで東京まで行ける便も近くの街からあるのである。かなり回り道で時間かかるがリーズナブルである。

 それで満足しちゃってるのは私以外でも多分多くいるはずだろう。

 今日は週末の楽しみのために夜も眠い中準備をしている。

 私は推し活がほぼライフワークで好きなアーティストであるYES NO BOYZの追っかけをしているのだ。

 中学生の時にテレビで彼らの魅力に取り憑かれて、そこからである。彼らのおかげで日々の生活が彩られた。彼らのおかげで友達も全国にたくさんできた。

 と思えば彼らも40代を超えてしまったがいまだに衰えない美貌とクリスタルボイス、そして激しいダンス力、誰にも分け隔てない世渡り上手のタレントとしても最高。

 メンバーの中での一番推しの梨岡くんは世界一のスーパースターだと豪語する。
 他にもメンバーいるけどその中でも一人輝いて、センターポジションにはふさわしい人である。
 ベタ褒めしすぎかしら。推しを推すってことはこういうことなの。

 あとはあれかな、友人で幼馴染、玲子の2人の子供たちとの関わりも私にとっては特別な時間だ。一緒に遊んだり、成長を見守ることで私の心も癒されるのだ。
 親戚の子供以上に可愛い、いや親戚の子、自分の子供ではないかと思うくらい……。言い過ぎか。周りからも言われる。

 本当に充実した毎日なのだ。だからそれでいいのだ。

 なのに……周りはうるさい。結婚彼氏子供……。

 私は今のこの生活が心地よいと思っている。自分の時間を費やすことに喜びを感じているし、結婚や家庭を持つことが私の幸せの最上級の形ではないと確信している。
 だからこそ、私はあえて結婚をしない選択をしたのだ。

 しかし、周囲からの結婚勧めはますます強くなっている。うざったいほど。
 家族や友人、社会の常識に縛られた人々が私に結婚を押し付けようとする。まず持って彼氏を、じゃなくて。
 私の選択をまったく理解してもらえず、孤立するような気持ちになることもある。

 私の幸せは私自身が決めるものであり、他人の期待やプレッシャーに流される必要はないと強く信じている。

 とかいいつつもやはり言われるたび、他人の人生の転換期に立ち会うと今後のことを考えてしまうのも事実だ。