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いつも賑やかなうちのクラスは、いわゆる陽キャが多いと思う。
授業中に誰かが問題を間違えると、ほかの誰かが笑いでカバーする。ペンケースを落として爆音が響くと、ほかの生徒も真似をしてペンケースを落とす。そうやって場が和む、明るいクラスだ。
活発な生徒と普通の生徒でグループ分けはされるものの、その間でいじめやいざこざが起きることもない。教員側から見てもいいクラスだと思う。
授業が終わると同時に、生徒たちは一斉に教室を動き回る。その姿は、ドッグランに放たれた柴犬みたいに元気だ。
「今日の帰り、モス寄らねぇ?」
「いいよー。みぃちゃんたちも行くよね? あ、そっちは誰来る?」
「ハルキと、シゲと……あとほかに行きたい人ー!」
まだ一時間目の終わりなのに、もう放課後の予定が組まれはじめる。二年生になって一ヶ月、すでに気軽に誘い合える関係を築けていることに感心してしまう。
俺というと、そんな華々しい会合には参加したことがなかった。
一年のころから、大人数での集まりは可能な限り避けてきた。理科の実験や文化祭での班分けのようなものからは逃れられないけれど、個人的な誘いには極力乗らないようにしてきた。
それは、俺が陽キャではないほうの人間だから、というのもあるけれど。
そういう〝陽〟の気を放つ集まりには、たいてい異性もいるからだ。
俺にはルールがある。ひとつは、赤い糸のことを誰にも言わない、ということ。
そしてもうひとつ。
女性とは深く関わらない、ということ。
「生命線、長い?」
その声に顔を上げると、渉がいつのまにか俺の前の席に座っていた。
俺は左手を机につき、ぼんやりと赤い糸を眺めていた。無意識にやってしまうのだ。何度見ても、赤い糸に変化なんかないのに。
そんなことを繰り返しているうちに、渉の中での俺は手相マニアということになってしまった。その勘違いに便乗して、渉には、手相は毎日変わるからと説明している。
「……どうだろ。これ、長い?」
「手首までいってんじゃん。百歳まで生きるんじゃね」
「そんなに長寿は望んでないんだけど」
まだ十六歳のくせになんの楽しみもなく生きている俺は、もはやいつ人生が終わってもかまわない。学校があるから登校して、テストがあるから勉強をして、友達が来るから話をしている。
それらが苦痛になったら、すべてを手放してもいいと思っている。とことん生気のない人間だ。
ぼんやりとしたまま手のひらから目を離すと、目の前に渉の顔はなく、かわりに彼の後頭部がこちらを向いていた。
「今日はお願いがありまして参上いたしました」
うやうやしく頭を下げてくる。
不思議に思いながらも、なんでしょうかと答えると、渉はさっと顔を上げた。
「もうすぐ夏休みじゃん?」
「あと二ヶ月先だけどね」
「去年の夏休み、一緒に花火観に行っただろ?」
江戸川で行われた花火大会のことだ。よく覚えている。
玉が飛ぶ瞬間の、胸に響く重低音。
視界いっぱいに広がる、色とりどりの閃光。
立ちっぱなしで足の裏がじんじんしたことも、まわりの観客の瞳に火花が映り込んでいたことも、すべて覚えている。今となってはいい思い出だ。
いつも賑やかなうちのクラスは、いわゆる陽キャが多いと思う。
授業中に誰かが問題を間違えると、ほかの誰かが笑いでカバーする。ペンケースを落として爆音が響くと、ほかの生徒も真似をしてペンケースを落とす。そうやって場が和む、明るいクラスだ。
活発な生徒と普通の生徒でグループ分けはされるものの、その間でいじめやいざこざが起きることもない。教員側から見てもいいクラスだと思う。
授業が終わると同時に、生徒たちは一斉に教室を動き回る。その姿は、ドッグランに放たれた柴犬みたいに元気だ。
「今日の帰り、モス寄らねぇ?」
「いいよー。みぃちゃんたちも行くよね? あ、そっちは誰来る?」
「ハルキと、シゲと……あとほかに行きたい人ー!」
まだ一時間目の終わりなのに、もう放課後の予定が組まれはじめる。二年生になって一ヶ月、すでに気軽に誘い合える関係を築けていることに感心してしまう。
俺というと、そんな華々しい会合には参加したことがなかった。
一年のころから、大人数での集まりは可能な限り避けてきた。理科の実験や文化祭での班分けのようなものからは逃れられないけれど、個人的な誘いには極力乗らないようにしてきた。
それは、俺が陽キャではないほうの人間だから、というのもあるけれど。
そういう〝陽〟の気を放つ集まりには、たいてい異性もいるからだ。
俺にはルールがある。ひとつは、赤い糸のことを誰にも言わない、ということ。
そしてもうひとつ。
女性とは深く関わらない、ということ。
「生命線、長い?」
その声に顔を上げると、渉がいつのまにか俺の前の席に座っていた。
俺は左手を机につき、ぼんやりと赤い糸を眺めていた。無意識にやってしまうのだ。何度見ても、赤い糸に変化なんかないのに。
そんなことを繰り返しているうちに、渉の中での俺は手相マニアということになってしまった。その勘違いに便乗して、渉には、手相は毎日変わるからと説明している。
「……どうだろ。これ、長い?」
「手首までいってんじゃん。百歳まで生きるんじゃね」
「そんなに長寿は望んでないんだけど」
まだ十六歳のくせになんの楽しみもなく生きている俺は、もはやいつ人生が終わってもかまわない。学校があるから登校して、テストがあるから勉強をして、友達が来るから話をしている。
それらが苦痛になったら、すべてを手放してもいいと思っている。とことん生気のない人間だ。
ぼんやりとしたまま手のひらから目を離すと、目の前に渉の顔はなく、かわりに彼の後頭部がこちらを向いていた。
「今日はお願いがありまして参上いたしました」
うやうやしく頭を下げてくる。
不思議に思いながらも、なんでしょうかと答えると、渉はさっと顔を上げた。
「もうすぐ夏休みじゃん?」
「あと二ヶ月先だけどね」
「去年の夏休み、一緒に花火観に行っただろ?」
江戸川で行われた花火大会のことだ。よく覚えている。
玉が飛ぶ瞬間の、胸に響く重低音。
視界いっぱいに広がる、色とりどりの閃光。
立ちっぱなしで足の裏がじんじんしたことも、まわりの観客の瞳に火花が映り込んでいたことも、すべて覚えている。今となってはいい思い出だ。