「いた……けど」
「それで、私たち、目が合ったよね」
「合った」
「……やっぱり!」
その声に思わず彼女のほう見ると、弱々しかった彼女の目は見開かれ、輝きを取り戻していた。
「だよなぁ、って思ったの。私も、浅見くんのこと見えたから」
思わず首を傾げる。
見えた?
あの距離で?
「私ね、目が合って、あれ浅見くんだよなぁって思って……。で、もしかしたらここに来るかも、って思ったの。来るわけないのにね。私と浅見くんなんて、ただの同級生でしかないし。お昼休みはもう終わっちゃうし、私は学校の外だし……。……でも、来るような気がしたの。そしたら本当に来てくれて、すごくびっくりした!」
妙な剣幕に驚いて、まじまじと彼女を見てしまう。
彼女にも俺が見えていたとは思わなかった。目が合ったような気はしたけれど、気のせいだと思った。だって俺たちは、何百メートルも離れていたのだから、
それはそれとして。
なぜか興奮している様子の彼女に、ちょっと引いてしまう。
「いや。俺はたまたま外眺めてて、その……具合の悪そうな人が見えたから、ちょっと気になって来ただけで……。……そっちも俺のこと、見えてたんだ」
「見えたよ。なんかね……双眼鏡で、ぎゅーんってズームしてるみたいだった。だから浅見くんの顔を見た瞬間、ほんとに来た! って思って、感動したの」
双眼鏡。たしかに俺もそんなイメージだった。
世界が縮まって、彼女の周りだけが明瞭に見えた。すぐ目の前に彼女がいるような、そんな錯覚すらあった。
それには同意するけれど、身を乗り出して熱弁してくる彼女が少し、怖い。
「あんな距離で目が合うって、奇跡じゃない? だって、屋上から見たら私なんて通行人のひとりでしょ。でも、浅見くんは私を見た。それで、私も浅見くんを見た。そしたら、来てくれた……。すっごくびっくりしたの。こんなことないよね。それで思ったの。これって運命なのかも、って」
「……はぁ」
一方的にまくし立てる彼女に、微妙に心が遠のく。
運命、か。
遠くから目が合っただけでそこまで発展するなんて、なかなかに夢見がちな人なのかもしれない。
俺たちが赤い糸がつながっていたのなら、たしかに運命的な感じはしただろうけど……。
「……ごめん。俺、そろそろ行かないと」
そろそろ退散しよう。
すてきな妄想を破壊するようで申し訳ないけれど、変な期待を持たせるわけにもいかない。
「あ、うん。ありがとう。すごく助かったよ」
「……ひとりで家、帰れそう?」
「うん。平気!」
「じゃあ」
とりあえず、最後まで〝体調不良者に気づいて助けにきた善人〟を演じられてよかった。途中で思いついただけだけれど、これ以上ない正当な理由だ。
あなたのことを運命の赤い糸の相手と勘違いしました、なんて口にしたら、俺は彼女以上のドリーマーだと思われてしまう。
「あ、浅見くん」
不意に呼び止められた。
おそるおそる振り返る。
彼女がいる公園の前、アスファルトの上に伸びている赤い糸が、俺たちを分断するように線を引いている。
「私の名前、言ってなかったよね。私、桜庭彩葉」
サクラバ……イロハ?
どこかで聞いたことのある響きだ。
「彩葉って呼んでね! 私、自分の名前気に入ってるの」
「いや……名前、は」
「ふふ。苗字でもいいけどね」
桜庭はくすりと笑うと、小さく手を振った。
「またね、浅見くん」
またねと言われても。
……また、なんて、別にないけど。
そう心の中で返し、小さく会釈をして学校へ戻った。
「それで、私たち、目が合ったよね」
「合った」
「……やっぱり!」
その声に思わず彼女のほう見ると、弱々しかった彼女の目は見開かれ、輝きを取り戻していた。
「だよなぁ、って思ったの。私も、浅見くんのこと見えたから」
思わず首を傾げる。
見えた?
あの距離で?
「私ね、目が合って、あれ浅見くんだよなぁって思って……。で、もしかしたらここに来るかも、って思ったの。来るわけないのにね。私と浅見くんなんて、ただの同級生でしかないし。お昼休みはもう終わっちゃうし、私は学校の外だし……。……でも、来るような気がしたの。そしたら本当に来てくれて、すごくびっくりした!」
妙な剣幕に驚いて、まじまじと彼女を見てしまう。
彼女にも俺が見えていたとは思わなかった。目が合ったような気はしたけれど、気のせいだと思った。だって俺たちは、何百メートルも離れていたのだから、
それはそれとして。
なぜか興奮している様子の彼女に、ちょっと引いてしまう。
「いや。俺はたまたま外眺めてて、その……具合の悪そうな人が見えたから、ちょっと気になって来ただけで……。……そっちも俺のこと、見えてたんだ」
「見えたよ。なんかね……双眼鏡で、ぎゅーんってズームしてるみたいだった。だから浅見くんの顔を見た瞬間、ほんとに来た! って思って、感動したの」
双眼鏡。たしかに俺もそんなイメージだった。
世界が縮まって、彼女の周りだけが明瞭に見えた。すぐ目の前に彼女がいるような、そんな錯覚すらあった。
それには同意するけれど、身を乗り出して熱弁してくる彼女が少し、怖い。
「あんな距離で目が合うって、奇跡じゃない? だって、屋上から見たら私なんて通行人のひとりでしょ。でも、浅見くんは私を見た。それで、私も浅見くんを見た。そしたら、来てくれた……。すっごくびっくりしたの。こんなことないよね。それで思ったの。これって運命なのかも、って」
「……はぁ」
一方的にまくし立てる彼女に、微妙に心が遠のく。
運命、か。
遠くから目が合っただけでそこまで発展するなんて、なかなかに夢見がちな人なのかもしれない。
俺たちが赤い糸がつながっていたのなら、たしかに運命的な感じはしただろうけど……。
「……ごめん。俺、そろそろ行かないと」
そろそろ退散しよう。
すてきな妄想を破壊するようで申し訳ないけれど、変な期待を持たせるわけにもいかない。
「あ、うん。ありがとう。すごく助かったよ」
「……ひとりで家、帰れそう?」
「うん。平気!」
「じゃあ」
とりあえず、最後まで〝体調不良者に気づいて助けにきた善人〟を演じられてよかった。途中で思いついただけだけれど、これ以上ない正当な理由だ。
あなたのことを運命の赤い糸の相手と勘違いしました、なんて口にしたら、俺は彼女以上のドリーマーだと思われてしまう。
「あ、浅見くん」
不意に呼び止められた。
おそるおそる振り返る。
彼女がいる公園の前、アスファルトの上に伸びている赤い糸が、俺たちを分断するように線を引いている。
「私の名前、言ってなかったよね。私、桜庭彩葉」
サクラバ……イロハ?
どこかで聞いたことのある響きだ。
「彩葉って呼んでね! 私、自分の名前気に入ってるの」
「いや……名前、は」
「ふふ。苗字でもいいけどね」
桜庭はくすりと笑うと、小さく手を振った。
「またね、浅見くん」
またねと言われても。
……また、なんて、別にないけど。
そう心の中で返し、小さく会釈をして学校へ戻った。