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 桜庭の自宅に着くと、息を整える間も置かずにインターホンを押した。
 ドアの向こうで、ピンポン、と間の抜けた音が響く。待っている一秒が永遠のように感じられる。
 もしかしたら、桜庭も家族も今、別の病院にいるかもしれない。
 そうであれば、今の俺にできることはなにもない。
 誰か出てくれ、と願う。
 ただただ祈る。
 こうしている間にも、桜庭の遺された時間は減っているのかもしれない。
 今、桜庭は、どうしているんだ……?
 ガチャ、と音がし顔を上げると、ドアから半身を覗かせる冴子さんの姿があった。
 部屋着姿で、どこか虚な目で、階段下の俺を見下ろしている。

「陽斗くん……」

 驚いたような声を出すものの、冴子さんの表情は変わらない。疲れ切り、絶望に囚われた体が、喜怒哀楽を失わせていた。
 俺も今、冴子さんと同じようにひどい表情をしているかもしれない。
 それでも、自分の見た目なんか気にすることはできなかった。

「突然すみません」

 単刀直入に伝える。

「桜庭さんが今いる場所を、教えてくれませんか。会わせてくれませんか。会いたいんです」

 冴子さんはぴくりと肩を揺らすと、そのまま俯き、黙り込んでしまった。
 もしかしたら、俺が来ても断るようにと桜庭に言われているのかもしれない。
 桜庭が生きていても、……手遅れであっても。冴子さんもこれ以上、桜庭をほかの人に見せたくないのかもしれない。
 でも。それでも。
 俺はここを譲ることができない。
 聞き出すまではここを動かない。
 そう決心し、門扉を掴み、冴子さんを見つめる。
 どれだけそうしていただろう。
 不意に、冴子さんの固まっていた表情が一変した。はっとし、身を乗り出して冴子さんを凝視する。
 その目には涙があふれ、耐えきれなくなった雫が一筋、頬を伝った。

「あの子は、中に、いるわ」