——俺は、ずっとあなたを待っていた。
 小さいころから誰にも恋をせず、すべてを押し殺して、あなただけを待っていた。
 もしかしたら、あなたもそうなのかもしれない。意識なんてしていなくても。気づかないうちに運命の赤い糸に操られ、俺のもとに現れたのかもしれない。
 揺るぎない恋と幸せを求めて。
 今も、俺を求めて、そばまで……。

「……ごめん。ごめん……ごめん……!」

 走る足を止めないまま、両手で糸を掴んだ。
 そして左右に力を込める。心臓がどくんと音を立てる。
 冷静で、やさしそうな人だった。
 見ず知らずの俺と桜庭に躊躇なく走り寄る、きれいな心を持った人だった。
 この糸を守っていれば、俺は近い将来、運命的な恋に落ちる。
 無気力で、なにをするにもやる気のない俺にも、あたたかい幸せが待っている。
 でも。
 ——それでも!
 手のひらに、全力で力を入れた。
 赤い糸はあっけなく、ちぎれた。
 振り返ると、命をなくした赤い糸が道の上にだらりと落ちている。それはもう俺の体の一部ではなかった。気の弱かった少年の、かつての希望だった、夢の残骸だった。
 みるみる遠くに消えていく赤い糸を、もう振り返ることもなく、静かにつぶやいた。

「……さよなら」


 その瞬間、俺の運命はほかでもない、俺自身に委ねられていた。