*
「じゃあなー。連絡するからそのうち遊ぼーぜ」
「いいよ、無理しなくても。俺より遊びたい人いるだろ」
「それはそれだから!」
渉が笑いながら手を振る。終業式が終わり、俺たちは無事夏休みへと突入した。
終業式のあとも、渉はそのまま部活があるらしい。野球部は大変だ。手を振り返し、渉が廊下の先に消えるのを見送る。そして二号館へと向かった。
行き先は当然、文芸部の部室だ。
結局俺は、期末テストが終わってからも放課後を部室で過ごしていた。
もう勉強をする必要はない。けれど、〝花火の段取りを決めなきゃいけないから〟という理由を建前に、俺は桜庭に会っていた。
桜庭も当たり前のように部室に来ていて、俺が仕入れた花火の情報を興味津々に聞いていた。
「この動画、どう? スローで花火撮ってるんだけど、かなり雰囲気ある」
「わ、きれい! アーティストのミュージックビデオみたい! 背景もいいね、夕暮れの高台かぁ」
「変わった撮り方してみたいよな。あと、光の残像で字を書く技もあるんだって」
「へー、おもしろい! せっかくだからいろいろ試したいね。動画アプリとか探してみよっか」
スマホを見せながら話し合う。退屈な返ししかできない俺だけれど、花火の話をするときだけは桜庭の笑顔を引き出すことができた。
ほかにも、俺はなんてことのない話をした。
テストの結果が思いのほかよかったこと。クラスメイトと遊んだゲームの話。母さんの作ってくれるお弁当に愚痴を言ったら、次の日のお弁当が白米だけだったこと。
俺は、なにをしているんだろう。
そう思ったりもするけれど、この二ヶ月の俺は、どこか幸せだったように思う。
いつからか、一日の中で放課後が一番の楽しみになっていた。
「あ、もう来てた!」
顔を上げると、桜庭が入り口から顔を覗かせていた。
最近はどちらが早く部室に来るか、競争になっていた。
「桜庭、今日くらい誰かと帰らなくていいの」
「んー、別にそうしてもいいけど。浅見くん、一緒に帰る友達いないみたいだから、ひとりにしたらかわいそうだなって」
「そこまでぼっちじゃねーよ……」
終業式も終わったから、今日は一学期最後のふたりの会合だ。
だからか、少し緊張していた。
「ね! 花火の日、そろそろ決めない?」
長机にバッグを置くと、桜庭がぴょこぴょこと俺の隣に座った。
俺はスマホを膝に置き、静かに呼吸を整える。
「花火、この前見たサイトで注文するんだよね? 来るのに少し時間かかるだろうから、到着してから、都合のいい晴れそうな日にって感じかなぁ。チャットで連絡取り合う? 明日から夏休みだし」
「……これから、買いにいく?」
「え?」
桜庭の表情が固まった。
つい視線を逸らし、スマホの中の花火セットへと目を向ける。
「ネットで注文、してもいいけど。オーソドックスな花火のパックなら駅前のホームセンターに売ってたんだよな。実際に見たほうがイメージ湧くし、ほかにも楽しそうなやつ売ってるかもしれないし……」
手に汗をかいていた。冷静な振りをするのが難しい。
少しして、桜庭が掠れた声で、でも、とつぶやく。答えを聞くのが怖くなって、即座に予防線を張った。
「……や。体調のこともあるし、いやならいいんだけど」
「行く!」
桜庭が遮る。
そっと見ると、桜庭は前のめりになって俺を見ていた。
「行きたい」
桜庭は、俺が以前、一緒には帰らないと言ったのを気にしていたのだろう。でも結局、なにも聞かずに俺の誘いに乗ってくれた。
……本当に、俺はなにをしているんだろう。
花火をしようと言い出して。放課後は一緒に部室で過ごして。果てには、ネットで買えるものをわざわさ一緒に買いにいこうと誘っている。
なにをそんなにがんばっているのかわからない。
わからないけれど、ただ、体が勝手に動いていた。
桜庭が望んでいそうなことを口にしていた。桜庭のしたいことを探っていた。
桜庭が笑う方法を考えていた。
——桜庭の笑顔が、見たかった。
「じゃあなー。連絡するからそのうち遊ぼーぜ」
「いいよ、無理しなくても。俺より遊びたい人いるだろ」
「それはそれだから!」
渉が笑いながら手を振る。終業式が終わり、俺たちは無事夏休みへと突入した。
終業式のあとも、渉はそのまま部活があるらしい。野球部は大変だ。手を振り返し、渉が廊下の先に消えるのを見送る。そして二号館へと向かった。
行き先は当然、文芸部の部室だ。
結局俺は、期末テストが終わってからも放課後を部室で過ごしていた。
もう勉強をする必要はない。けれど、〝花火の段取りを決めなきゃいけないから〟という理由を建前に、俺は桜庭に会っていた。
桜庭も当たり前のように部室に来ていて、俺が仕入れた花火の情報を興味津々に聞いていた。
「この動画、どう? スローで花火撮ってるんだけど、かなり雰囲気ある」
「わ、きれい! アーティストのミュージックビデオみたい! 背景もいいね、夕暮れの高台かぁ」
「変わった撮り方してみたいよな。あと、光の残像で字を書く技もあるんだって」
「へー、おもしろい! せっかくだからいろいろ試したいね。動画アプリとか探してみよっか」
スマホを見せながら話し合う。退屈な返ししかできない俺だけれど、花火の話をするときだけは桜庭の笑顔を引き出すことができた。
ほかにも、俺はなんてことのない話をした。
テストの結果が思いのほかよかったこと。クラスメイトと遊んだゲームの話。母さんの作ってくれるお弁当に愚痴を言ったら、次の日のお弁当が白米だけだったこと。
俺は、なにをしているんだろう。
そう思ったりもするけれど、この二ヶ月の俺は、どこか幸せだったように思う。
いつからか、一日の中で放課後が一番の楽しみになっていた。
「あ、もう来てた!」
顔を上げると、桜庭が入り口から顔を覗かせていた。
最近はどちらが早く部室に来るか、競争になっていた。
「桜庭、今日くらい誰かと帰らなくていいの」
「んー、別にそうしてもいいけど。浅見くん、一緒に帰る友達いないみたいだから、ひとりにしたらかわいそうだなって」
「そこまでぼっちじゃねーよ……」
終業式も終わったから、今日は一学期最後のふたりの会合だ。
だからか、少し緊張していた。
「ね! 花火の日、そろそろ決めない?」
長机にバッグを置くと、桜庭がぴょこぴょこと俺の隣に座った。
俺はスマホを膝に置き、静かに呼吸を整える。
「花火、この前見たサイトで注文するんだよね? 来るのに少し時間かかるだろうから、到着してから、都合のいい晴れそうな日にって感じかなぁ。チャットで連絡取り合う? 明日から夏休みだし」
「……これから、買いにいく?」
「え?」
桜庭の表情が固まった。
つい視線を逸らし、スマホの中の花火セットへと目を向ける。
「ネットで注文、してもいいけど。オーソドックスな花火のパックなら駅前のホームセンターに売ってたんだよな。実際に見たほうがイメージ湧くし、ほかにも楽しそうなやつ売ってるかもしれないし……」
手に汗をかいていた。冷静な振りをするのが難しい。
少しして、桜庭が掠れた声で、でも、とつぶやく。答えを聞くのが怖くなって、即座に予防線を張った。
「……や。体調のこともあるし、いやならいいんだけど」
「行く!」
桜庭が遮る。
そっと見ると、桜庭は前のめりになって俺を見ていた。
「行きたい」
桜庭は、俺が以前、一緒には帰らないと言ったのを気にしていたのだろう。でも結局、なにも聞かずに俺の誘いに乗ってくれた。
……本当に、俺はなにをしているんだろう。
花火をしようと言い出して。放課後は一緒に部室で過ごして。果てには、ネットで買えるものをわざわさ一緒に買いにいこうと誘っている。
なにをそんなにがんばっているのかわからない。
わからないけれど、ただ、体が勝手に動いていた。
桜庭が望んでいそうなことを口にしていた。桜庭のしたいことを探っていた。
桜庭が笑う方法を考えていた。
——桜庭の笑顔が、見たかった。