結局、なんの解決策も出ないままテスト期間は終わった。
 日々返却される答案用紙に一喜一憂し、いつもの生活に戻っていく。いつもの生活、それはすなわち、帰って寝るだけの生活だ。
 俺が部室に寄るのは基本、テスト前だけだった。最近は中間の結果が悪かったせいで部室にこもっていたけれど、基本、まじめに勉強するのはテスト前のみ。それにあと数週間で夏休みもはじまる。今日から部室には行く理由はなくなる。
 そしたら桜庭はどうするんだろう。
 俺と会うこともなく帰るのだろうか。

「陽斗。今日の昼さ、ほかの人と食べてもいい?」

 十分休み、渉が俺の前の席に座り込んで耳打ちしてきた。
 昼休みはいつも、渉と、渉が声をかけた適当な男子たちとご飯を食べていた。渉がいなければほかの誰かを誘うか、ひとりで食べるだけだ。

「別に、いいけど。……それってさ」
「時任さんと、隠れて食べる」

 やっぱりか。野暮なことを聞いてしまった。
 渉は平日も休日もほぼ部活だから、自由な時間が少ない。しかも勉強にも百パーセントの熱を注いでいる。
 空いた時間といえば、昼休みが一番長いのかもしれない。

「いいよ。今日だけじゃなくて、これから毎日行ってきたら」
「いや! それはいい。愛する陽斗くんとの時間もかけがえのないものだから」
「気持ち悪いんだけど」

 それからひそひそ声でふたりの近況を聞き、チャイムが鳴ったところで渉は戻っていった。
 いいな、と思う。
 心から、ふたりの関係が深まることを望む。
 左手の赤い糸を握って、負の感情を閉じ込める。寂しいけど、寂しくなんかない。恋人ができても渉が俺の友達であることにかわりはないし、渉が楽しそうにしているのを見るのは俺も、うれしい。
 だから、俺は今、幸せだ。

〝浅見くん、本当は、誰かに恋してみたいんじゃないの?〟

 ふと、あの言葉が脳裏に浮かんだ。
 俺はあれからも、変わらず女子を避ける日々を過ごしていた。
 やっぱり、急には変われなかった。クラスに気になる女子がいるわけでもないし、突然気さくに話しかけたら怖がられる。そもそも俺は赤い糸がなかったとしても、おいそれと異性に話しかけるタイプじゃないらしい。
 だからといって、桜庭の好意を受け入れるのも違う気がした。
 恋することに興味があったとしても、誰でもいいわけじゃない。桜庭を利用して、都合のいい存在になんかにしたくない。
 ただ俺は、俺を想い続ける桜庭を心配しているだけだ。
 そんなことよりも、もっと意味のある時間を過ごしてほしいだけだ。

「浅見……くん?」

 昼休みになり、ご飯を食べ終えトイレに立つと廊下で声をかけられた。
 振り返った瞬間、華奢な足首が目に入る。女子だ、と反射的に身構え、顔を見て、さらに驚いた。
 時任さんだった。
 時任さんのことは渉から何度も話を聞いていたけれど、間近で見るのは久しぶりだ。久しぶりというか、去年同じクラスだったときに具体的な接触があったかすらも覚えていない。
 なんの用事なのか見当もつかず、慌ててしまう。
 時任さんのほうも、自分から話しかけたにも関わらず、俺と目が合うと恥ずかしそうに下を向いた。

「ごめん……。今、ちょっといい?」
「……うん」

 時任さんが伏し目がちのまま、廊下の隅に寄る。
 単なる事務連絡だとしても、クラスが離れた今、連絡事項なんて思いつかない。騒々しい廊下の隅、俺たちの間にだけ妙な緊張感が漂っている。