「なにかやりたいこと、ないの?」

 しかたなく聞いた。
 小説をパラパラとめくっていた桜庭は、ロダンのブロンズ像のように、わざとらしく考えるポーズを作る。

「浅見くんを観察すること、かなぁ」
「……それ以外で」
「思いつかない!」

 裏表のない笑顔を見て、思わず呆れる。
 そんなわけないだろ、と思いつつも、桜庭ならそんなこともあり得るのだろうか、と思ってしまう。

「桜庭って、休みの日はなにしてるの」

 続けて聞いてみると、桜庭が小走りで俺の横の椅子に座った。

「わぁ、浅見くんが私に興味持ってくれてる!」
「そういうわけじゃないけど」
「休みの日はねぇ、ごろごろしてるよ。お昼寝したり、スマホで遊んだり」

 それって俺と同じ、無趣味というやつなのでは……。
 いや、昼寝もスマホを触ることも、ただの暇つぶしとは限らない。俺だって前に、人の趣味をけなすなよと思ったはずだ。だったらその時間は大切なものとして、そっち方面を強化して促してみることもできるんじゃないか。
 そんなことを考えていると、カシャ、と聞き慣れた音がした。
 横を見ると、桜庭が俺にスマホを向けている。俺の写真を撮ったらしい。

「スマホはね、普段こんな感じで遊んでまぁす」
「やめ……、……え?」

 桜庭が画面をこちらに向ける。それを見て愕然とした。
 そこには、いま撮られた俺の顔だけじゃなく、さまざまなシーンの俺が並んでいた。

「……盗撮じゃん」
「あとね、浅見くんのメモも増えてるよ。意外と勉強熱心で、答え合わせしてるときに全部マルだとひとりでニヤニヤしてるとか。帰るとき、気をつけろよって絶対言ってくれるからやさしい! とか」

 スマホをじっと見る。カメラロールに〝アサミ〟フォルダが作られ、そこにたくさんの俺が詰まっていた。勉強をしている俺。先日の散歩デートのときの俺。よく見ると、はじめて会ったときの、俺が立ち去るうしろ姿まである。
 〝スマホで遊んだり〟って、つまり、趣味は俺に対する情報収集ってこと……。

「……ほかにやりたいこと、ないの」

 ストーカー行為に及んでいたことは、ひとまず目をつむる。とにかく桜庭が楽しく時間を過ごせることが先決だ。
 ……できれば、俺がいなくても成立することがいい。

「やりたいこと……ないことも、ないけど。浅見くんは?」
「俺のことはいいから。やりたいことってなに? そういえば前に、やりたいことはたくさんあるって言ってなかったっけ」
「私のやりたいことはね、浅見くんがそこに居てくれるだけでどんどん達成されていくの。だからいいんだ」

 達成って……。本当に?
 この一ヶ月、俺はたいしたことをしていない。
 毎日同じことの繰り返しだ。部室に来て、勉強して。俺が帰る支度をはじめると桜庭もすぐにバッグを背負い、また明日と言って帰っていく。俺が以前言った、「一緒には帰らない」という言葉を守っている。
 桜庭は、……好きな人、と、ただ時間をともにするだけで充分だと言いたいのか。

「浅見くんは私のことなんて気にしないで。自由にしてていいからね!」

 桜庭はそう言い残し、窓辺へと向かった。
 こんな時間の使い方でいいのだろうか。
 そんなんじゃ、満たされないはずだ——そう決めつけてしまうのは、俺と桜庭が違う人間だからだろうか。
 カチリ、と時計の針が鳴る。
 カウントダウンは音もなく進んでいく。