「すごい。……すごい。すごい」
興奮した彼女の声が耳元で聞こえた。
手を振り解きたかったけれど、罪悪感が尾を引いていて動けない。
「そんなこと、ある? すごい。漫画とか小説の世界みたい。信じらんない!」
桜庭が好奇心に満ちた声色で叫び続ける。
その反応に、呆気にとられてしまった。
「え……。……信じるの?」
「え、嘘なの?」
「嘘、じゃ、ないけど」
桜庭は俺の左手を両手で掴み、まじまじと見つめている。
人の手に触れている、というよりも、新種の生物がそこにいるかのように観察していた。
「だから、浅見くんは屋上でその糸を見てたの? その糸って、浅見くんは触れるの? 重さはあるの? 誰につながってるか、知ってるの?」
矢継ぎ早に質問された。
桜庭の記憶からは俺が嘘をついていたことなど消えていて、赤い糸のことでいっぱいのようだった。
「……本当に、あると思ってる?」
「もちろん!」
あまりに即答で、くらくらする。そうだ。彼女はそういう人なのだ。
運命とか、奇跡とか、そういう現象が好きな人。だからこんな異常なことも、素直に受け入れてしまうのかもしれない。
どうなの、と催促されて、慌てて質問に答えた。
俺はずっと、糸を見ていた。糸には触れる。重さは感じない。誰につながってるのかは、もちろん、知らない。
桜庭は、俺の言葉のひとつひとつに大きく相槌を打つ。
こんな信じられない話を、桜庭は全部受け止めている。意味がわからなかった。俺の状態も、桜庭の感覚も。
しばらくああだこうだと質問されて、答えるのにも疲れてきたころ、桜庭はようやく俺の腕を離して背もたれに寄りかかった。
「すごい。赤い糸かぁ。いいな……」
恋愛映画でも観たあとのように、満足げな顔をして息を吐く。
その言葉に、急に現実に引き戻されたような感覚がした。
「……いいことなんか、別に、ないけど」
心の中に、暗い感情があふれてくる。
それを抑え、ただ事実だけを口にするよう努めた。
「俺は、運命の相手が決まってる。それってつまり、この糸とつながってる相手以外とは付き合えないってことなんだよ。だから、ほかの女性とは極力話さない。桜庭とももう、ふたりでは会わない。悪いけど……」
正直に、すべてを話してしまった。
赤い糸を信じてくれるなら、話したほうが丸くおさまるんだ。
普通の人なら、赤い糸だなんて、好意を拒絶するための下手な言い訳だと思うだろう。でも桜庭は、疑うそぶりもない。
「だからさ、俺よりいいやつ探せよ。桜庭は、なんか変なやつだけど……明るいし、一生懸命だし、きっとみんな好きになってくれるから。クラスの中にだってたぶん、桜庭のこと気にかけてるやつなんて」
「ね。いいこと思いついた」
不意に桜庭の顔が近づいてきて、まんまるの目が俺を捉えた。
その距離の近さに、息が止まる。
「やっぱりさ、私たち、付き合わない?」
え?
……また、ややこしいことを言っている。
突然の提案に、頭が働かない。
「……俺の話、聞いてた?」
「聞いてたよ。だから、期間限定で私と付き合わない?」
何度聞いても意味がわからない。
なにがどうなって、そういう結論になるんだ?
混乱している俺をよそに、桜庭はひとりで盛り上がっている。
「これ、すごくいいアイディアだと思うの。私と浅見くんが付き合うと、お互いのためになると思う。最高のアイディアだよ」
「……待っ、て」
また両手を掴まれそうになって、慌てて万歳のように手を上げた。
「おち、おち、落ち着けよ。なんでそんな話になるんだよ」
「私は落ち着いてるよ」
「俺、……運命の相手が決まってるんだって」
「そうみたいだね」
「だから、無理なんだよ。ほかの人とは付き合えない。わかるだろ」
「浅見くん、このまま恋、できなくていいの?」
急に、核心を突かれた気持ちになった。
両腕を下ろすと、桜庭は真剣な表情になり、俺を見つめた。
興奮した彼女の声が耳元で聞こえた。
手を振り解きたかったけれど、罪悪感が尾を引いていて動けない。
「そんなこと、ある? すごい。漫画とか小説の世界みたい。信じらんない!」
桜庭が好奇心に満ちた声色で叫び続ける。
その反応に、呆気にとられてしまった。
「え……。……信じるの?」
「え、嘘なの?」
「嘘、じゃ、ないけど」
桜庭は俺の左手を両手で掴み、まじまじと見つめている。
人の手に触れている、というよりも、新種の生物がそこにいるかのように観察していた。
「だから、浅見くんは屋上でその糸を見てたの? その糸って、浅見くんは触れるの? 重さはあるの? 誰につながってるか、知ってるの?」
矢継ぎ早に質問された。
桜庭の記憶からは俺が嘘をついていたことなど消えていて、赤い糸のことでいっぱいのようだった。
「……本当に、あると思ってる?」
「もちろん!」
あまりに即答で、くらくらする。そうだ。彼女はそういう人なのだ。
運命とか、奇跡とか、そういう現象が好きな人。だからこんな異常なことも、素直に受け入れてしまうのかもしれない。
どうなの、と催促されて、慌てて質問に答えた。
俺はずっと、糸を見ていた。糸には触れる。重さは感じない。誰につながってるのかは、もちろん、知らない。
桜庭は、俺の言葉のひとつひとつに大きく相槌を打つ。
こんな信じられない話を、桜庭は全部受け止めている。意味がわからなかった。俺の状態も、桜庭の感覚も。
しばらくああだこうだと質問されて、答えるのにも疲れてきたころ、桜庭はようやく俺の腕を離して背もたれに寄りかかった。
「すごい。赤い糸かぁ。いいな……」
恋愛映画でも観たあとのように、満足げな顔をして息を吐く。
その言葉に、急に現実に引き戻されたような感覚がした。
「……いいことなんか、別に、ないけど」
心の中に、暗い感情があふれてくる。
それを抑え、ただ事実だけを口にするよう努めた。
「俺は、運命の相手が決まってる。それってつまり、この糸とつながってる相手以外とは付き合えないってことなんだよ。だから、ほかの女性とは極力話さない。桜庭とももう、ふたりでは会わない。悪いけど……」
正直に、すべてを話してしまった。
赤い糸を信じてくれるなら、話したほうが丸くおさまるんだ。
普通の人なら、赤い糸だなんて、好意を拒絶するための下手な言い訳だと思うだろう。でも桜庭は、疑うそぶりもない。
「だからさ、俺よりいいやつ探せよ。桜庭は、なんか変なやつだけど……明るいし、一生懸命だし、きっとみんな好きになってくれるから。クラスの中にだってたぶん、桜庭のこと気にかけてるやつなんて」
「ね。いいこと思いついた」
不意に桜庭の顔が近づいてきて、まんまるの目が俺を捉えた。
その距離の近さに、息が止まる。
「やっぱりさ、私たち、付き合わない?」
え?
……また、ややこしいことを言っている。
突然の提案に、頭が働かない。
「……俺の話、聞いてた?」
「聞いてたよ。だから、期間限定で私と付き合わない?」
何度聞いても意味がわからない。
なにがどうなって、そういう結論になるんだ?
混乱している俺をよそに、桜庭はひとりで盛り上がっている。
「これ、すごくいいアイディアだと思うの。私と浅見くんが付き合うと、お互いのためになると思う。最高のアイディアだよ」
「……待っ、て」
また両手を掴まれそうになって、慌てて万歳のように手を上げた。
「おち、おち、落ち着けよ。なんでそんな話になるんだよ」
「私は落ち着いてるよ」
「俺、……運命の相手が決まってるんだって」
「そうみたいだね」
「だから、無理なんだよ。ほかの人とは付き合えない。わかるだろ」
「浅見くん、このまま恋、できなくていいの?」
急に、核心を突かれた気持ちになった。
両腕を下ろすと、桜庭は真剣な表情になり、俺を見つめた。