「……ごめん」

 気づくと、謝っていた。
 突然の謝罪に、さすがの桜庭もなにが起きたのかわからないようだった。
 俯いている俺に、桜庭は体を傾けて、無理やり視界に入ろうとしてくる。

「なにが?」

 ——力になれなくて、ごめん。
 高校生らしいデートができなくて、ごめん。
 王子さまになれなくて……ごめん。
 ……あと。

「嘘、ついてた」

 前屈みになって、左手の赤い糸を見つめた。
 糸はぴくりとも動かないけれど、無言のまま、俺をしばりつけている。

「……別に、この道が気になってたわけじゃない。俺には冒険心なんてない。ただ」

 桜庭がさらに俺の顔を覗き込んでくる。

「ただ?」

 左手を握りしめ、桜庭の視線から逃げるように瞼を閉じた。

「……赤い糸が、伸びてるから。気になっただけなんだよ」

 はじめて、あの秘密を口にした。
 ——桜庭は純粋に、俺の願いを叶えようとしてくれたのだと思う。
 もし自分に恋人ができたら、そうするから。相手が行きたいと思った場所で自分も楽しみたいと思うから。だから、一回きりのデートに、俺が希望した〝街の探索〟を選んでしまった。
 でも……そのデートコースだけは、だめだったんだ。
 この道は、桜庭ではない、ほかの女性に会いにいくための道だったんだから……。
 すぐ横に接近している、桜庭の白い膝を見る。
 申し訳なくて顔を見れなかった。
 彼女はまた、きょとんとした顔をしているだろう。それは声色でもわかった。

「赤い糸?」

 やっぱりなにを言っているかわからないようで、桜庭が繰り返す。
 自分で言って恥ずかしくなってきたものの、今さら引っ込めることもできず、説明した。

「俺の小指に……赤い糸が、ついてるんだ。俺にしか見えないんだけど……。前から、この道に糸が伸びてるのを見てて……それで」
「……なにそれ」

 桜庭の色のない声に、びくりと体が揺れそうになった。
 また、傷つけたかもしれない。いや、傷つかないほうがおかしい。
 提案されたデートコースが、最低な理由で考えられたものだったんだから。
 腰を上げて、桜庭がさらに近づいてくる。

「赤い糸って……あれ? 好きな人とつながってるっていうやつ」
「わからないけど、たぶん……」
「それが、浅見くんの指についてるの?」
「……そう」

 そこまで答えると、桜庭は黙ってしまった。
 砂場で俺たちの様子を窺っていた子どもたちは、いつのまにか帰っていた。遠くで揺れるブランコだけが、俺たちの話に聞き耳を立てている。
 ……なにをしているんだろう、俺は。
 やっぱり話すべきじゃなかった。
 デートの思い出は思い出のまま、そっとしておくべきだった。桜庭は気づかず、ちゃんと楽しめていたんだから。
 そもそも、赤い糸なんて誰が信じるだろう。
 正直に話してしまったけれど、こんなの桜庭を越える妄想癖にしか見えない。せっかくデートをした人物がこんな男で、ショックを受けたかもしれない。
 話すべきじゃなかったんだ。
 いくら嘘をつきたくなかったからって。
 いくら、桜庭のまっすぐな気持ちに、感化されたからって……。
 後悔の念に押しつぶされそうになっていると、急に横から細い腕が伸びてきて、俺の左手首を掴んだ。
 白い肌が直に触れ、飛び上がりそうになる。