フェンスで仕切られた長方形のひとつひとつに、青空が詰まっていた。
 五月に入ってから、この街は雲ひとつない快晴が続いている。
 今日も空を見上げると、憎らしいくらいに爽やかな天色(あまいろ)が広がっていた。屋上はまわりに遮るものがない。寝転がって視界いっぱいに空を感じたら、どんなに気持ちいいだろう。
 だけれど俺は、それを無視して校庭を見下ろしていた。
 眼下に伸びる、一本の糸を見つめていた。
 長い長い糸だ。この距離でもよく見える。それは生徒が進む道を示しているかのように、昇降口から正門、そして街中へと、道なりに進んでいく。
 この糸はどこまで伸びているんだろう。
 隣町。埼玉。茨城。もしかしたら海を超えて、海外まで伸びているのかもしれない。
 気がつくと、糸の先へと想いを馳せてしまう。
 といってもその行為に意味なんかなくて、ただの癖のようなものだけれど。

(はる)()!」

 声がして振り返ると、()(ざき)(わたる)がこちらに向かって手を振っている姿が見えた。
 屋上の出入り口の前、ちょうど日陰になっている位置であぐらをかいている。短髪にした黒髪の生え際部分に、一粒だけ汗が光っていた。
 フェンスから離れて彼のもとへ行くと、頭上から影が落ち、青空が遠ざかった。

「なに」
「なに、じゃないだろ。早く食おうぜ」

 渉が呆れた顔でビニール袋を持ち上げる。
 半透明の膜の向こうに、おにぎりの山が見える。そこでようやく、俺はここへなにをしに来たのか思い出す。
 「今日の昼休み、屋上行こうぜ」——そう誘ってきたのは渉だった。
 うちの学校の生徒がそう誘われたら、誰もが「どうやって入るんだよ」と返すだろう。屋上は立ち入り禁止だから、普段は鍵が閉まっている。
 けれど渉は、職員室の奥の壁に鍵がかかっているのを知っていた。その近くに座っている田中先生を訪ねる振りをして、職員室に入り込む。そして去り際に鍵を拝借し、ときどき俺を屋上へと誘うのが恒例の流れだった。

「今日、なんで屋上なの」

 渉の横に座り、置きっぱなしにしていた弁当箱を手に取った。
 入るな、と言われると入りたくなるのが心情というやつなのかもしれない。
 ただ、高校二年生ともなるとさすがにリスクが大きいのだ。忍び込んでいるのがバレたら内申に響くかもしれない。俺は内申なんてどうでもいいけれど、渉は難関大学への進学を狙っている。先生からの印象はいいに越したことはない。
 それでも渉がリスクを犯すのは、なにかしらの理由があるに違いなかった。

「ちょっと、話したいことあってさー」
「こんなとこ来なくても、教室で話せばいいだろ」
「教室では話しにくいこともこの世にはあるのさ、陽斗くん」
「なに。俺、告白でもされんの」

 無表情のまま茶化してみたものの、無視された。どうやらこれから重大なニュースが発表されるらしい。
 弁当箱を開け、箸を手に取っている間に、渉は持っていたおにぎりをすべて口に詰め込んだ。

「告白なら、もうしたよ」

 渉の唐突な発言に、卵焼きを掴もうとしていた箸が止まる。

「え?」
「告白した」
「告白」
時任(ときとう)さんに、告白した」