「陽斗、学校楽しくやってるの?」

 俺が省略した近況報告を、姉ちゃんが聞いてきた。
 姉弟なのだから、その社交性を1%でもわけてほしいと思う。

「普通……。最低限生きてるよ」
「もう、なんであんたってそんなに覇気がないの。なんか心配だよ、クラスで孤立してないかって」
「友達くらいいるし」

 気軽に話せるのは数人だけで、異性の友達に関しては十六年間ゼロだけどね……。
 俺が女性と話せるのは、この地球上で母さんと姉ちゃんだけだ。
 姉ちゃんはおしゃべりでうざったい人だけれど、一方で、話してると新鮮な気持ちになる。
 世の人間は、こんなふうに女の人としゃべるんだろうな、と想像させられる。いや、姉ちゃんは家族だから厳密に言えば違うのかもしれない。俺の言う女の人とは、気の知れた家族ではなく、巡り合って出会う他者の話だ。
 家族以外の女性と話す機会のない俺は、やっぱり女性とうまく接することはできないだろう。……きっと、桜庭とも。
 そうこう考えている間にも、姉ちゃんは髪の根本を取り、一気に立ち上がらせていく。

「そうだ! あんた文芸部入ったんだってね。そっちに友達はいるの?」

 姉ちゃんが思い出したように話を変えた。
 またも気乗りしない話題に、心の中で息を吐く。

「いるわけないよ。うちの文芸部って活動ないから。帰宅部のかわりなの」
「えー⁉︎」

 リアクションがいちいち大袈裟で、うるさい。

「そうなんだぁ。お母さんからあんたの部活のこと聞いてさ、いよいよ陽斗も本気で小説好きになったんだって喜んでたのに」
「なんで姉ちゃんが喜ぶんだよ。関係ないじゃん」
「同じ趣味持ってると、布教し合えるでしょ。昔は私の一方通行だったけどさ」

 思わず鏡の向こうの本棚に目が行った。
 薄ピンクの背表紙と、やさしい雰囲気のフォントだけでどんな小説なのかがわかる。廊下に置き去りにしてした小説も、同じ背表紙のデザインだ。

「向こうのマンションでもまた小説溜まっちゃってさぁ。今度、お薦めの本持ってくるね」
「……いい。読んでたのなんて小さいころだけだよ。もう、興味ないから」

 視線を逸らし、言い捨てた。姉ちゃんは俺の気持ちに気づくことなく笑っている。

「ま、ほかに趣味ができたんなら安心だわ。青春は短いんだからね、大いに楽しみなさい!」

 姉ちゃんが髪全体をわしゃわしゃとかき混ぜ、完成! と叫ぶ。いつのまにか毛束がきれいにうねっていて、それっぽい髪型になっている。
 青春は、短い。
 たしかに短い。
 でも、それよりも遺された命のほうが短い場合、どうしたらいいのだろう。
 何気なく言い放たれた姉ちゃんの言葉が、妙に胸に残った。