「びっくりした……」
「ちょっとぉ、びっくりしたのはこっちだよ。ノックもしないで入るかね、普通」
そういえば、昨夜久しぶりに姉ちゃんが帰ってきたのだ。
物音は聞いていたけれど、挨拶するのも面倒で寝たふりをしていた。一年ぶりくらいに会うというのに気まずい再会だ。
反射的に小説をうしろ手に持ち変え、廊下に放った。
「……ごめん。部屋、間違えた」
「嘘つけ! あんた、私がいないとき勝手に部屋出入りしてんじゃないの」
聞かなかったことにして、ドアを閉じようとする。
しかしその前に手が伸びてきて、ドアをまた開けられた。
「ちょっとちょっと。久しぶりじゃん? 顔見せなさいよぉ」
「そんな時間ないよ。これから学校なんだけど」
「陽斗、もう二年生だっけ。そろそろカノジョとかできた?」
「できてないから腕離して」
姉ちゃんは、紛れもなく〝陽〟の人種だ。
たまに帰ってくるとこうしてダル絡みをしてくるから、極力関わりたくなかった。渉は適切な距離感のある〝陽〟だけれど、姉ちゃんは空気を読まない〝陽〟だから、正直鬱陶しい。
それは桜庭も同じか、と思い出し、さらに気が萎えた。
「あ、いいこと考えた! 五分ちょうだい」
勝手に朝の大事な五分を奪われ、部屋に引きずり込まれる。
嫌だけど、しかたない。無理に振り払って逃げることはできるけど、ついてこられて廊下の小説を見られたら面倒だ。
両肩を押され、椅子に座らせられた。
さすがは女性の部屋とでもいうのか、目の前には大きな鏡台がある。鏡には眠そうな俺の顔と、背後で鞄を漁っている姉ちゃんが映っている。
「……なんで急に帰ってきたの?」
ついでに、気になっていたことを聞いてみた。
うちの家族はみんな良好な関係だ。けれど、我が家のムードメーカーである姉ちゃんは、家を出てからあまり帰ってこない。
それはひとえに、姉ちゃんの社会人生活が充実しているかららしい。母さんはいつも「便りのないのがいい便り」と言っている。
「んー、ちょっとお母さんたちに話があっただけ。職場の方面に引っ越そうかなって」
「引っ越しの報告なんて電話ですればいいんじゃない」
「まぁ、一応ね。家遠くなると少し会いづらくなるしさぁ」
それだけ聞いて、会話が止まる。こんなときは続けて近況報告なんかをするべきなんだろうけど、そういうのは面倒くさい。うちの家庭では基本、姉ちゃんが中心となって話を進める。
ぼんやりと鏡の中の自分を眺めていると、姉ちゃんが鏡台の上になにかを置いた。
ワックスだった。
「髪の毛、セットしてあげる!」
見ると、姉ちゃんはさっそく両手にクリームのようなものを擦り合わせ、にこにこしている。
慌てて立ち上がろうとして、今度は肘で押さえつけられた。
「なんだよ。そんなのいいって」
「まぁまぁ、いいじゃん。陽斗はもとがいいんだからさぁ、もうちょっと色気出していきなよ」
最悪だ。放課後は桜庭と会わなきゃいけないのに、昨日と違う髪型なんかしたら変な意味に取られかねない。
でも姉ちゃんの、こうと決めたらテコでも動かない性格も知っている。
諦めるほかなく、背もたれに寄りかかった。
姉ちゃんはニセ美容師のような手つきで、俺の髪の毛をすくい上げる。
「ちょっとぉ、びっくりしたのはこっちだよ。ノックもしないで入るかね、普通」
そういえば、昨夜久しぶりに姉ちゃんが帰ってきたのだ。
物音は聞いていたけれど、挨拶するのも面倒で寝たふりをしていた。一年ぶりくらいに会うというのに気まずい再会だ。
反射的に小説をうしろ手に持ち変え、廊下に放った。
「……ごめん。部屋、間違えた」
「嘘つけ! あんた、私がいないとき勝手に部屋出入りしてんじゃないの」
聞かなかったことにして、ドアを閉じようとする。
しかしその前に手が伸びてきて、ドアをまた開けられた。
「ちょっとちょっと。久しぶりじゃん? 顔見せなさいよぉ」
「そんな時間ないよ。これから学校なんだけど」
「陽斗、もう二年生だっけ。そろそろカノジョとかできた?」
「できてないから腕離して」
姉ちゃんは、紛れもなく〝陽〟の人種だ。
たまに帰ってくるとこうしてダル絡みをしてくるから、極力関わりたくなかった。渉は適切な距離感のある〝陽〟だけれど、姉ちゃんは空気を読まない〝陽〟だから、正直鬱陶しい。
それは桜庭も同じか、と思い出し、さらに気が萎えた。
「あ、いいこと考えた! 五分ちょうだい」
勝手に朝の大事な五分を奪われ、部屋に引きずり込まれる。
嫌だけど、しかたない。無理に振り払って逃げることはできるけど、ついてこられて廊下の小説を見られたら面倒だ。
両肩を押され、椅子に座らせられた。
さすがは女性の部屋とでもいうのか、目の前には大きな鏡台がある。鏡には眠そうな俺の顔と、背後で鞄を漁っている姉ちゃんが映っている。
「……なんで急に帰ってきたの?」
ついでに、気になっていたことを聞いてみた。
うちの家族はみんな良好な関係だ。けれど、我が家のムードメーカーである姉ちゃんは、家を出てからあまり帰ってこない。
それはひとえに、姉ちゃんの社会人生活が充実しているかららしい。母さんはいつも「便りのないのがいい便り」と言っている。
「んー、ちょっとお母さんたちに話があっただけ。職場の方面に引っ越そうかなって」
「引っ越しの報告なんて電話ですればいいんじゃない」
「まぁ、一応ね。家遠くなると少し会いづらくなるしさぁ」
それだけ聞いて、会話が止まる。こんなときは続けて近況報告なんかをするべきなんだろうけど、そういうのは面倒くさい。うちの家庭では基本、姉ちゃんが中心となって話を進める。
ぼんやりと鏡の中の自分を眺めていると、姉ちゃんが鏡台の上になにかを置いた。
ワックスだった。
「髪の毛、セットしてあげる!」
見ると、姉ちゃんはさっそく両手にクリームのようなものを擦り合わせ、にこにこしている。
慌てて立ち上がろうとして、今度は肘で押さえつけられた。
「なんだよ。そんなのいいって」
「まぁまぁ、いいじゃん。陽斗はもとがいいんだからさぁ、もうちょっと色気出していきなよ」
最悪だ。放課後は桜庭と会わなきゃいけないのに、昨日と違う髪型なんかしたら変な意味に取られかねない。
でも姉ちゃんの、こうと決めたらテコでも動かない性格も知っている。
諦めるほかなく、背もたれに寄りかかった。
姉ちゃんはニセ美容師のような手つきで、俺の髪の毛をすくい上げる。