「ヨメイ」

 ただ意味もなく、桜庭の言葉を繰り返す。
 ……なんだ?
 ヨメイって、なんだ?
 ヨメイ。
 よめい。
 ……余命?
 桜庭が俺の顔を見て、ふっと笑った。

「神経系の病気でね。筋肉がだんだん動かなくなるの。最期には、心臓とか肺とか、いろんなところが止まっちゃうんだって」

 は? と、渉がボケたあとのツッコミのような言葉が脳裏によぎった。でも、とてもじゃないけど口には出せない。
  室内には桜庭がスマホを叩く、小気味いい音だけが響いている。
 余命半年。
 夕飯の献立でも発表するように言うものだから、全然頭に入ってこない。
 なに、それ。
 なんだ、それ。
 頭が働かず、しばらく窓辺に置いた自分の指先を見つめていた。
 この歳で、余命宣告?
 あと半年で……死ぬ?
 ……そんなわけあるか。
 俺も桜庭も、まだ、高校生なんだぞ……。
 ようやく頭が否定してくれたところで、桜庭が突然声を上げた。

「あ!」

 はっとして振り向くと、桜庭もスマホから視線を外し、こちらを見ていた。

「ごめん。これ、内緒の話だった。ほかの人には言わないでね!」

 ……別に、言われなくてもこんなこと、無闇に話したりはしないけど。
 それよりも、なんでそんなにあっけらかんとしているのかわからなかった。
 内緒にするとかしないとか、今はどうでもいい。

「本気で……言ってんのかよ」
「ほんとだよ。冬になるころには私、地球上に存在してないんだって」
「……そんな、人ごとみたいな……」

 余命? 本当に?
 とてもじゃないけど信じられない。
 だって桜庭は、こうして見ていると普通の女子高生だ。
 意外とおしゃべりで、明るくて。隙間時間があればついスマホを触ってしまう——そんな、ごく普通の高校生。

「……本当なら、とりあえず……帰って、休んでたほうがいいんじゃないの」

 まだ信じられなかった。ただ、今は別の意味で早く帰ってほしくなっていた。
 こんな状況じゃ、話す話題も思いつかない。それに、本当に病気を患っているのなら、なにかあったらこと(・・)だ。
 でも桜庭は首を振る。

「余命半年の人間だって、放課後は誰かと普通に話したりしたいんだよぉ」

 そりゃ、そうかもしれないけど……。普通にと言われても、知ってしまった以上は普通に接することなんてできない。
 本当、なのか?
 ピンとこない。いま目の前にいる同級生が、半年後、いなくなっているなんて。
 ——でも。
 そうだ。俺は見たんだ。
 壁にもたれかかったまま、桜庭が崩れ落ちていくところ。
 薬がなければ一歩も歩けない。
 そして、薬を飲み続けてもいずれ、桜庭は……。

「……ごめんね」

 困ったように笑って、桜庭がスマホを置く。
 その謝罪は、俺の様子を見てのものだろう。俺は今、どんな顔をしていたのだろうか。
 桜庭に近寄った。
 パイプ椅子を引き、でも向き合うことはできなくて、黒板のほうを向いて座る。頭の中に言葉が浮かんでは消えていくの繰り返す。
 近しい人間が不治の病にかかった経験なんてないから、なんと言えばいいのかわからない。
 ましてや自分の同級生がそんなことになるなんて、思いもしなかった。

「……なんでそんなこと、俺に話したんだよ」

 励ましかなにかを言うべきなのに、なぜか、八つ当たりのような言葉が出てしまった。
 なんで、昨日知り合っただけの俺なんかに言うんだ。
 別に、仲がいいわけでもないのに。桜庭の病状なんて、俺には関係ないのに。
 おかげで、なんて言えばいいのかわからない……。
 右半身が、彼女の身じろぎする気配を感じ取った。

「あは。なんだろうね。つい話しちゃった」
「いや……本当、なんでだよ」
「わかんないや」
「俺、からかわれてんの」
「そんなこと」

 そこまで言って、桜庭が言葉を止める。