——きみはいつも、小説に囲まれていた。
 部屋を本棚で埋め尽くして、暇さえあれば本の世界に没頭していた。
 今もきみは、読みかけの小説を抱きしめたままソファで寝息を立てている。ちゃんとベッドに入ればいいのに、最近は睡眠時間を削ってでも小説を読みたくなってしまうみたい。
 そんなところで寝てると、また首を痛めちゃうよ。
 ……そう声をかけてみても、きみは私のアドバイスなんていつも聞かないのだから、ちょっとムカつく。


 きみが、こんなに小説を好きになるなんて思わなかった。
 だって、出会ったころのきみは「小説は暇つぶし」なんて言っていたんだから。
 きみは、本に興味がなくて。……っていうか、なんにも、なーんにも、興味がなくて。
 ただあり余る時間を、小説や、いろんなもので塗りつぶしていた。そういう人だった。
 私はそんなきみも、今のきみも、どちらも好きだけれど。

「……おーい」

 彼に近づくと、腰を屈めて唇を耳元に寄せた。
 でも起こす気はないから、小さな声で呼びかける。

「おーい。陽斗(はると)くーん」

 彼が顔をしかめて、寝返りを打つ。
 ふふ、と声が漏れそうになって、一歩離れた。かわいい寝顔だったのに、邪魔をしてしまったみたい。
 彼とふたりで住むようになって、三年が経つ。
 それは本当に幸せな時間だった。
 私を見つめる、彼の眼差しが好きだった。穏やかで、やさしくて、視線だけで彼のすべての感情が伝わってきた。
 こんな日が来るなんて思わなかった。
 だって、私と彼は離れる運命だったのだから。
 私と彼は、決して相容れることのない、ただの同級生のまま終わるはずだったんだから。
 でも……。

「……またね(・・・)、陽斗くん」

 そう伝えて、私は立ち上がった。
 彼が寝ている間に、私はここを出る。
 彼とはもう、一緒にはいられない。
 彼の未来をしばりたくはないから。
 これが彼のためだから。
 私は、彼が……好きだから。
 だから今日、私は、彼との関係に区切りをつけるんだ。


 外に出ると、真っ青な空が私を見下ろしていた。
 吸い込まれそうなその青を見つめる。
 目の奥が突き刺されたように痛んで、涙がこぼれそうになって、きつく目を閉じる。


 ありがとう。
 ありがとう、陽斗くん。
 あなたは私の、運命の人だよ。