『放課後、靴箱集合で』
一日の授業も終わり、教科書を鞄に入れ帰り支度をしているとスマホに一件のメールが入っていた。
送り主はもちろん、紫音から。
というか、僕のスマホには母さんと祖父母、それから紫音のアカウントくらいしか登録されていないのだけど。
……一応、父さんのアカウントも登録してあるが会話履歴が動いたことは今までない。
紫音の方を見てみると、紫音は僕より先に帰り支度を終えたようで教室を出る時に僕を見て、(待ってるよ!)と心の中で言って出ていってしまった。
まだ何も聞かされていないし、正直このまま帰ろうかとも思ったけど、紫音に言わなければいけないことがあるし、心が読めることを広めるられても困るから今日はそのままついて行くことにして、紫音が出てから少し間を置いて教室を出た。
「蒼唯も帰るのか!退院したばかりなんだから気をつけて帰れよ!」
「あ、大輝君。ありがとうございます」
「だから、大輝でいいって!あと、敬語もいらないから。もっとフランクに話して欲しい!」
僕は反応に困った。
紫音の時もそうだったけど、あんまり人と関わりを深めたくないから距離も縮めたくない。
朝は大輝君とも少し話したけど、それは今日限りの、退院したクラスメイトが学校に久しぶりに来たから物珍しさで話したという程度の特別な会話にしたかった。
でも……。
『こいつがいると場が時シラケるんだよな』
不意にそんな過去の言葉が僕の胸を締め付けた。 「……うん、わかったよ」
「おう!それじゃあ俺も部活行ってくるわ!野球部だから毎日練習あるんだよ」
「大変だね。頑張って」
やっぱり野球してたんだ。
大輝は手を振って教室の前の扉から出ていった。
僕もそれを見て、靴箱へ向かう。
今のはあれで良かったんだ。
大輝の主張を無視して敬語で喋り続けたら、空気の読めないやつとして嫌われる可能性もあった。
心を読んで敬語抜きで話して欲しいというのは本心だというのも分かっていたし、この対応で良かったはずなんだ。
階段を降りる足はいつもより早く回り、額からは変な汗をかいた。
あれは僕がその時に判断した最良の選択だ。
そうやって階段を一段降りる度、自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。
「あれ?蒼唯早かったね!急いで来てくれたの?嬉しい!」
「別に……急いでないし」
「嘘だ!汗かいてるよ。嬉しいけどそこまでしてくれなくてよかったのに」
紫音は持っていたハンカチで僕の額を拭こうと顔を近づけた。
「あれ?蒼唯、なんか顔色悪い?」
さらに顔を近づけてきた紫音の肩を掴み咄嗟に引き剥がす。
「あの、近い……です」
「え?あ、ごめん!人に見られたらどう思われるか分からないもんね!」
紫音は急に早口でなにやら言ってきたけど、僕としては顔色の話から逸れたことで内心ほっとしてあまり聞こえていなかった。
「……気にしてるの私だけ?恥ずかしっ」
いつもより少しだけ赤い顔をして小さく呟いたその声は聞こえてて、その言葉に僕も今になって恥ずかしさが込み上げてくる。
「ほら、蒼唯行くよ!バスに遅れちゃう!」
靴に履き替えてから紫音は僕の手を取って引っ張っていく。
「ちゃんと歩けるから離して!あとバスってどういうこと?いったいどこに行くの?!」
「知らない!」
「知らないって……」
気にしてるのが自分だけだと思ったから怒ってるのか?
『お互いを好きにならないこと』とルールを決めたのは紫音の方なのに。
プンスカと怒った紫音の手は僕の手を決して離そうとせず、仕方がないので甘んじて受け入れた。
せめて、誰にも見られてませんようにと願いながら歩いた。
校門を出て、道を真っ直ぐ歩くこと約十分。
やっとバス停に付き、ここでやっと手を離してくれた。
ここ来るまでに同じ学校の人とすれ違わなかったのが本当に奇跡だ。
うちの学校の生徒のほとんどが何かしらの部活動に入っているのが関係しているのだろうか。
そのせいで帰宅部は今まで肩身が狭かったが今はそれに深く感謝したい。
「で、本当にどこに行くの?」
「よくぞ聞いてくれたね!
「勿体ぶらずにちゃんと教えて」
「つれないなぁ〜。そんなだとモテないよ」
「モテなくていいんだよ」
その後もブツブツと文句を言ってたけど向こうに乗る予定のバスが見えてやっと紫音は目的地を口にした。
「駅前のショッピングモールに付いてきてもらおうと思って」
「ショッピングモール?」
「うん。レッツショッピング!」
紫音は右手を空に突き上げて気合十分だけど、僕はあまり乗り気ではなかった。
でも、バスがもう到着してしまう。
これを逃したら今度こそ同じ学校の誰かに僕らが話しているところを目撃されてしまう。
それは絶対に避けたいから端的に質問をした。
「それは『お手伝い』のうちの一つ?」
バスが到着し、乗り口に足をかけた紫音は振り返ってニッコリと笑った。
「さぁ?あんまり考えてなかった。でも『お手伝い』って言ったら来てくれるならそう言おうかな」
紫音は分かって言ってる。
これに僕が乗らなかったら明日には僕の心を読む力が学校中に広めると言うことを。
僕はため息をついてバスに乗り込んだ。
だって僕に拒否権はないんだから。
「大丈夫!蒼唯にも関わることだから!」
僕を脅してるにも関わらず、その笑顔は皮肉にも眩しく見えた。
「着いたよ!ここが今日の目的地です!」
「……本当にここで合ってる?」
「ここで合ってるよ!ここまで来てなんで疑うの?」
バスに揺られ三十分、それから徒歩で十分した頃だろうか。
ついたのは僕らが住んでるあたりで一番大きなショッピングモール。
中には雑貨屋などはもちろん、映画館やゲームセンターまで併設されていて、今日は平日だというのにさっきから人がどんどん入っていく。
それにここは中高生がデートで行くのに有名なスポットなんだけど……。
チラリと横を見るけど、紫音はそんなこと一つも気にしていなさそうだ。
「……悪いけど、人が多いところは苦手でだから今からでも帰っていいかな?」
「残念だけど、今日ばかりはそれは無理です!」
自分の体質を用いた上手い言い訳だと思ったんだけど今日の紫音は強い。
いや、『お手伝い』といい、ここまで引っ張られてきたことといい、紫音が僕のこれからを強引に決めてくることはいつものことか。
改めて自覚してガッカリと肩を落とす。
なんで僕はこんな人に弱味を握らせてしまったんだ……。
「ほら、蒼唯!グダグダしてないで行くよ!」
紫音はまた僕を引っ張りショッピングモールの扉をくぐった。
ただ今回掴まれたのがはバス停までの手首ではなく、今回はしっかりと手が握られていたことには少し驚いたけど、周りのカップルに馴染むにはこの方が良かったんだろうと自分を勝手に納得させた。
それから紫音に引っ張られるままに色んなところを回った。
クレープを食べたり、作りもしないハンドメイドのお店を覗いたり、文房具店を見てたり、ゲームセンターでUFOキャッチャーもした。
「どう?楽しい?」
「……まぁ、普通かな」
「蒼唯ってツンデレ?」
「違う!」
でも、久しぶりに人と外で遊んで案外悪くないと思ってる自分がどこかにいるのは確かだ。
こんなこと、人の心が読めるようになってからしていなかったから分からなかったけど案外僕の中には心が読めるようになるまでの性格がどこかに残っているのかもしれない。
でも、そろそろ限界だ。
「っ!!」
僕は頭を抑えて思わず蹲ってしまった。
「どうしたの蒼唯?!もしかして事故の影響がまだ……!」
「……大丈夫。これは心が読める弊害ってやつかな」
「弊害?とりあえず休もっか。無理して連れ回してごめんね。向こうの椅子まで歩ける?」
紫音の肩を借りて少し先の椅子に腰掛ける。
紫音が僕の傍に椅子にも座らず、心配そうに顔を覗き込むので悪い気がして向かいの椅子に座ってもらった。
僕はノイズキャンセリングの無線イヤホンをつけて落ち着くまでじっと耐えた。
そんな僕を紫音は心配そうな顔で黙って見ていた。
落ち着いた頃にイヤホンを外してから紫音は話しかけてくれた。
「蒼唯大丈夫?」
「うん。もう大丈夫。もういい時間になって人が徐々に帰っていってるんだろうね」
「どういうこと?というか弊害って?」
「簡単に言えば『音酔い』に近いのかな?」
この現象を言語化したことがなくて形容するのが難しい。
「僕には心の声が僕の意思関係なく、直接頭に響くように聞こえるんだ。耳を塞いでも貫通してくるほどの大音量スピーカーが耳元に置かれて、常に鳴ってる感じって言ったらイメージしやすいかな?」
「え、そんな感じで聞こえてたの?!確かにそれは嫌だ……蒼唯もよくそれで普通に生活出来てるね」
「最初は何回も吐いたし、倒れたよ。特に学校とかこういう場所は人が多いからその分声も増えて、それこそ脳が割れるように痛む時もある」
それを聞いて紫音の顔は青くなり、勢いよく頭を下げた、
「ごめん!私そんなこと知らずに無理やりここに連れてきて……」
「ち、違うよ!謝って欲しかったんじゃないんだ!今日は本当に楽しめたし、そのことを事前に言わなかったのは僕だ」
紫音をなだめて、頭を上げさせる。
弱味を握って脅すことには何も感じないのに、こういうところは意外と気にするらしい。
「でも私。蒼唯が心を読めることについて、分かったような気でいて何も知らなかったんだなって」
「それはそうだよ。僕が意図的に話さないようにしてるんだから」
「どうして?」
その言葉が胸にブスリと刺さったような気がした。
これから口にする言葉が僕の心を重くした。
「言っても誰も信じてくれないからね。信じてもらえても、次にはその人は僕のことを化け物だと忌み嫌ってる。それはそうだ。心を読める人なんて身の周りにいて欲しくないに決まってる」
自虐的な笑いが溢れ出る。
それで幼い頃、僕がどれだけ苦労したか。
そのせいで、僕は人が怖くなってしまったんだから。
「でも、もしかしたら分かってくれる人がいるかもしれない――」
「それはないよ」
僕は紫音が言い切る前にそう言って遮った。
「人っていうのは自分に分からないものを遠ざけたがるんだ。だから、天才って呼ばれる人は周りに避けられるし、その逆の人は他人に疎まれ、蔑まれる。僕はそういう声を何度も聞いてきた」
学校の中で、街の中で、お店の中で、そのような場面は何度も何度も目にした。
「人が人を嫌う理由なんて、『自分と違うから』なんて理由で十分なんだよ」
紫音はしばらく下を向いて聞いていた。
紫音はどこでも明るくて、きっとみんなに好かれてきたんだろう。
だから、きっとこういう、人の心の闇とは無縁のはずだ。こうなるのも無理は無い。
僕が「気にする事はないよ」と言いかけた時、紫音は肩をワナワナと震わせて、勢い余ったかのように机をバンッと叩き立ち上がった。
「でも私は違うよ。私だけは蒼唯のことを信じてるし、化け物だなんて思わない」
紫音のその真っ直ぐな瞳に僕は絆された。
人に嫌われて、人を嫌いになって関わらなくなった僕に久しぶりに向けられた純粋な感情だった。
「私は心読まれないしね」
「本当にどうやってるの?それ」
「企業秘密です!気になるなら当ててみな!」
紫音は口の前にバツを作って目細めて僕を威嚇した。
「じゃあ、今日はなんで僕をここの連れてきてくれたの?」
今日一日、新鮮な体験を楽しめた一方でそのことがずっとその事が疑問だった。
「蒼唯のこと、もっと知りたいと思って!」
紫音は席に座り、屈託のない笑顔で笑った。
しまったと思った。向かい側ではなく、隣とかに座らせるべきだった。
思わず顔を逸らすと紫音は「これからパートナーになるんだからね」と言って、その言葉でやっと顔から熱が冷めた。
紫音は自分から『お互いを好きにならないこと』なんてルールを作ったくせに言い回しや行動がいちいち紛らわしい!
今まで人と話してこなかった僕には十分刺激的な訳で……。
紫音はどうしてか心も読めないし、本当に何を考えてるのか分からない。
「ねぇ蒼唯。もしよかったらあなたの昔の話を聞かせて」
でも、心が読めないからこの力を手にする前のように僕は紫音と話すことができるんだろう。
だから僕は紫音になんでも話してしまうんだろうなって、そう思った。
それこそ今まで誰にも話してこなかったような話を。
「じゃあ、僕の昔の話を聞いてくれる?」
一日の授業も終わり、教科書を鞄に入れ帰り支度をしているとスマホに一件のメールが入っていた。
送り主はもちろん、紫音から。
というか、僕のスマホには母さんと祖父母、それから紫音のアカウントくらいしか登録されていないのだけど。
……一応、父さんのアカウントも登録してあるが会話履歴が動いたことは今までない。
紫音の方を見てみると、紫音は僕より先に帰り支度を終えたようで教室を出る時に僕を見て、(待ってるよ!)と心の中で言って出ていってしまった。
まだ何も聞かされていないし、正直このまま帰ろうかとも思ったけど、紫音に言わなければいけないことがあるし、心が読めることを広めるられても困るから今日はそのままついて行くことにして、紫音が出てから少し間を置いて教室を出た。
「蒼唯も帰るのか!退院したばかりなんだから気をつけて帰れよ!」
「あ、大輝君。ありがとうございます」
「だから、大輝でいいって!あと、敬語もいらないから。もっとフランクに話して欲しい!」
僕は反応に困った。
紫音の時もそうだったけど、あんまり人と関わりを深めたくないから距離も縮めたくない。
朝は大輝君とも少し話したけど、それは今日限りの、退院したクラスメイトが学校に久しぶりに来たから物珍しさで話したという程度の特別な会話にしたかった。
でも……。
『こいつがいると場が時シラケるんだよな』
不意にそんな過去の言葉が僕の胸を締め付けた。 「……うん、わかったよ」
「おう!それじゃあ俺も部活行ってくるわ!野球部だから毎日練習あるんだよ」
「大変だね。頑張って」
やっぱり野球してたんだ。
大輝は手を振って教室の前の扉から出ていった。
僕もそれを見て、靴箱へ向かう。
今のはあれで良かったんだ。
大輝の主張を無視して敬語で喋り続けたら、空気の読めないやつとして嫌われる可能性もあった。
心を読んで敬語抜きで話して欲しいというのは本心だというのも分かっていたし、この対応で良かったはずなんだ。
階段を降りる足はいつもより早く回り、額からは変な汗をかいた。
あれは僕がその時に判断した最良の選択だ。
そうやって階段を一段降りる度、自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。
「あれ?蒼唯早かったね!急いで来てくれたの?嬉しい!」
「別に……急いでないし」
「嘘だ!汗かいてるよ。嬉しいけどそこまでしてくれなくてよかったのに」
紫音は持っていたハンカチで僕の額を拭こうと顔を近づけた。
「あれ?蒼唯、なんか顔色悪い?」
さらに顔を近づけてきた紫音の肩を掴み咄嗟に引き剥がす。
「あの、近い……です」
「え?あ、ごめん!人に見られたらどう思われるか分からないもんね!」
紫音は急に早口でなにやら言ってきたけど、僕としては顔色の話から逸れたことで内心ほっとしてあまり聞こえていなかった。
「……気にしてるの私だけ?恥ずかしっ」
いつもより少しだけ赤い顔をして小さく呟いたその声は聞こえてて、その言葉に僕も今になって恥ずかしさが込み上げてくる。
「ほら、蒼唯行くよ!バスに遅れちゃう!」
靴に履き替えてから紫音は僕の手を取って引っ張っていく。
「ちゃんと歩けるから離して!あとバスってどういうこと?いったいどこに行くの?!」
「知らない!」
「知らないって……」
気にしてるのが自分だけだと思ったから怒ってるのか?
『お互いを好きにならないこと』とルールを決めたのは紫音の方なのに。
プンスカと怒った紫音の手は僕の手を決して離そうとせず、仕方がないので甘んじて受け入れた。
せめて、誰にも見られてませんようにと願いながら歩いた。
校門を出て、道を真っ直ぐ歩くこと約十分。
やっとバス停に付き、ここでやっと手を離してくれた。
ここ来るまでに同じ学校の人とすれ違わなかったのが本当に奇跡だ。
うちの学校の生徒のほとんどが何かしらの部活動に入っているのが関係しているのだろうか。
そのせいで帰宅部は今まで肩身が狭かったが今はそれに深く感謝したい。
「で、本当にどこに行くの?」
「よくぞ聞いてくれたね!
「勿体ぶらずにちゃんと教えて」
「つれないなぁ〜。そんなだとモテないよ」
「モテなくていいんだよ」
その後もブツブツと文句を言ってたけど向こうに乗る予定のバスが見えてやっと紫音は目的地を口にした。
「駅前のショッピングモールに付いてきてもらおうと思って」
「ショッピングモール?」
「うん。レッツショッピング!」
紫音は右手を空に突き上げて気合十分だけど、僕はあまり乗り気ではなかった。
でも、バスがもう到着してしまう。
これを逃したら今度こそ同じ学校の誰かに僕らが話しているところを目撃されてしまう。
それは絶対に避けたいから端的に質問をした。
「それは『お手伝い』のうちの一つ?」
バスが到着し、乗り口に足をかけた紫音は振り返ってニッコリと笑った。
「さぁ?あんまり考えてなかった。でも『お手伝い』って言ったら来てくれるならそう言おうかな」
紫音は分かって言ってる。
これに僕が乗らなかったら明日には僕の心を読む力が学校中に広めると言うことを。
僕はため息をついてバスに乗り込んだ。
だって僕に拒否権はないんだから。
「大丈夫!蒼唯にも関わることだから!」
僕を脅してるにも関わらず、その笑顔は皮肉にも眩しく見えた。
「着いたよ!ここが今日の目的地です!」
「……本当にここで合ってる?」
「ここで合ってるよ!ここまで来てなんで疑うの?」
バスに揺られ三十分、それから徒歩で十分した頃だろうか。
ついたのは僕らが住んでるあたりで一番大きなショッピングモール。
中には雑貨屋などはもちろん、映画館やゲームセンターまで併設されていて、今日は平日だというのにさっきから人がどんどん入っていく。
それにここは中高生がデートで行くのに有名なスポットなんだけど……。
チラリと横を見るけど、紫音はそんなこと一つも気にしていなさそうだ。
「……悪いけど、人が多いところは苦手でだから今からでも帰っていいかな?」
「残念だけど、今日ばかりはそれは無理です!」
自分の体質を用いた上手い言い訳だと思ったんだけど今日の紫音は強い。
いや、『お手伝い』といい、ここまで引っ張られてきたことといい、紫音が僕のこれからを強引に決めてくることはいつものことか。
改めて自覚してガッカリと肩を落とす。
なんで僕はこんな人に弱味を握らせてしまったんだ……。
「ほら、蒼唯!グダグダしてないで行くよ!」
紫音はまた僕を引っ張りショッピングモールの扉をくぐった。
ただ今回掴まれたのがはバス停までの手首ではなく、今回はしっかりと手が握られていたことには少し驚いたけど、周りのカップルに馴染むにはこの方が良かったんだろうと自分を勝手に納得させた。
それから紫音に引っ張られるままに色んなところを回った。
クレープを食べたり、作りもしないハンドメイドのお店を覗いたり、文房具店を見てたり、ゲームセンターでUFOキャッチャーもした。
「どう?楽しい?」
「……まぁ、普通かな」
「蒼唯ってツンデレ?」
「違う!」
でも、久しぶりに人と外で遊んで案外悪くないと思ってる自分がどこかにいるのは確かだ。
こんなこと、人の心が読めるようになってからしていなかったから分からなかったけど案外僕の中には心が読めるようになるまでの性格がどこかに残っているのかもしれない。
でも、そろそろ限界だ。
「っ!!」
僕は頭を抑えて思わず蹲ってしまった。
「どうしたの蒼唯?!もしかして事故の影響がまだ……!」
「……大丈夫。これは心が読める弊害ってやつかな」
「弊害?とりあえず休もっか。無理して連れ回してごめんね。向こうの椅子まで歩ける?」
紫音の肩を借りて少し先の椅子に腰掛ける。
紫音が僕の傍に椅子にも座らず、心配そうに顔を覗き込むので悪い気がして向かいの椅子に座ってもらった。
僕はノイズキャンセリングの無線イヤホンをつけて落ち着くまでじっと耐えた。
そんな僕を紫音は心配そうな顔で黙って見ていた。
落ち着いた頃にイヤホンを外してから紫音は話しかけてくれた。
「蒼唯大丈夫?」
「うん。もう大丈夫。もういい時間になって人が徐々に帰っていってるんだろうね」
「どういうこと?というか弊害って?」
「簡単に言えば『音酔い』に近いのかな?」
この現象を言語化したことがなくて形容するのが難しい。
「僕には心の声が僕の意思関係なく、直接頭に響くように聞こえるんだ。耳を塞いでも貫通してくるほどの大音量スピーカーが耳元に置かれて、常に鳴ってる感じって言ったらイメージしやすいかな?」
「え、そんな感じで聞こえてたの?!確かにそれは嫌だ……蒼唯もよくそれで普通に生活出来てるね」
「最初は何回も吐いたし、倒れたよ。特に学校とかこういう場所は人が多いからその分声も増えて、それこそ脳が割れるように痛む時もある」
それを聞いて紫音の顔は青くなり、勢いよく頭を下げた、
「ごめん!私そんなこと知らずに無理やりここに連れてきて……」
「ち、違うよ!謝って欲しかったんじゃないんだ!今日は本当に楽しめたし、そのことを事前に言わなかったのは僕だ」
紫音をなだめて、頭を上げさせる。
弱味を握って脅すことには何も感じないのに、こういうところは意外と気にするらしい。
「でも私。蒼唯が心を読めることについて、分かったような気でいて何も知らなかったんだなって」
「それはそうだよ。僕が意図的に話さないようにしてるんだから」
「どうして?」
その言葉が胸にブスリと刺さったような気がした。
これから口にする言葉が僕の心を重くした。
「言っても誰も信じてくれないからね。信じてもらえても、次にはその人は僕のことを化け物だと忌み嫌ってる。それはそうだ。心を読める人なんて身の周りにいて欲しくないに決まってる」
自虐的な笑いが溢れ出る。
それで幼い頃、僕がどれだけ苦労したか。
そのせいで、僕は人が怖くなってしまったんだから。
「でも、もしかしたら分かってくれる人がいるかもしれない――」
「それはないよ」
僕は紫音が言い切る前にそう言って遮った。
「人っていうのは自分に分からないものを遠ざけたがるんだ。だから、天才って呼ばれる人は周りに避けられるし、その逆の人は他人に疎まれ、蔑まれる。僕はそういう声を何度も聞いてきた」
学校の中で、街の中で、お店の中で、そのような場面は何度も何度も目にした。
「人が人を嫌う理由なんて、『自分と違うから』なんて理由で十分なんだよ」
紫音はしばらく下を向いて聞いていた。
紫音はどこでも明るくて、きっとみんなに好かれてきたんだろう。
だから、きっとこういう、人の心の闇とは無縁のはずだ。こうなるのも無理は無い。
僕が「気にする事はないよ」と言いかけた時、紫音は肩をワナワナと震わせて、勢い余ったかのように机をバンッと叩き立ち上がった。
「でも私は違うよ。私だけは蒼唯のことを信じてるし、化け物だなんて思わない」
紫音のその真っ直ぐな瞳に僕は絆された。
人に嫌われて、人を嫌いになって関わらなくなった僕に久しぶりに向けられた純粋な感情だった。
「私は心読まれないしね」
「本当にどうやってるの?それ」
「企業秘密です!気になるなら当ててみな!」
紫音は口の前にバツを作って目細めて僕を威嚇した。
「じゃあ、今日はなんで僕をここの連れてきてくれたの?」
今日一日、新鮮な体験を楽しめた一方でそのことがずっとその事が疑問だった。
「蒼唯のこと、もっと知りたいと思って!」
紫音は席に座り、屈託のない笑顔で笑った。
しまったと思った。向かい側ではなく、隣とかに座らせるべきだった。
思わず顔を逸らすと紫音は「これからパートナーになるんだからね」と言って、その言葉でやっと顔から熱が冷めた。
紫音は自分から『お互いを好きにならないこと』なんてルールを作ったくせに言い回しや行動がいちいち紛らわしい!
今まで人と話してこなかった僕には十分刺激的な訳で……。
紫音はどうしてか心も読めないし、本当に何を考えてるのか分からない。
「ねぇ蒼唯。もしよかったらあなたの昔の話を聞かせて」
でも、心が読めないからこの力を手にする前のように僕は紫音と話すことができるんだろう。
だから僕は紫音になんでも話してしまうんだろうなって、そう思った。
それこそ今まで誰にも話してこなかったような話を。
「じゃあ、僕の昔の話を聞いてくれる?」