「おはよう蒼唯君!怪我の様子はどう?」
 「おかげさまで今日の夕方には無事退院出来そうです」
 「そっか、それは良かった!」
 花宮さんはそそくさと丸椅子を出すと昨日と同じ様子で僕の膝辺りの場所に座った。
 まさか本当に今日も来るとは……。
 しかも、ご丁寧に今日は初めから心の声が聞こえないようにされている。
 「花宮さん学校はいいの?」
 「学校には事情を話してるから大丈夫!「命の恩人のお見舞いに行きたいんです!」って言ったら一発だったよ〜。蒼唯君とは同じ学校だから先生達はみんな事情知ってたしね」
 その瞬間、終わったと思った。
 正直に言おう、花宮さんは可愛い。
 小柄で陽気な性格と、大きな目と二重、スっとした鼻筋に茶色がかったセミロング。
 雑誌に載ってるモデルと見比べても遜色ない程だ。
 もしかしたら既にスカウトされた経験だってあるかもしれない。
 そんな彼女が「命の恩人のため」と大勢の前で懇願したらどうなるかなんて火を見るよりも明らかだ。
 僕がその命の恩人とやらだと分かればすぐに人に囲まれるだろうし、心の中では何を思われるか分かったものじゃない。
 「花宮さん本当にその調子で話したの?」
 「え?あ、いや、まぁ、だいたいそんな感じかな〜みたいな?!あはは……駄目だった?」
 珍しく歯切れの悪い花宮さんに頭を抱えてしまう。
 その言い方は絶対そういう言い方しちゃったやつでしょ……。
 花宮さんが何組かは知らないけど退院しても学校には行きたくない。
 絶対に道行く先生達から好奇な目で見られることになる。
 同級生達に知られてた場合は最悪だ。
 「じっーと、私の顔を見てどうしたの?」
 花宮さんは性格もいいし、陽キャだし、絶対に友達も多いだろう。もし絡まれでもしたら……。
 「もしかして……蒼唯君、怒ってる?」
 「いえ、怒ってはないです。ちょっと頭を抱えたい気分なだけで」
 「ごめん!」
 「大丈夫ですから、頭は上げてください!」
 「いや〜、焦ってたとはいえ、本人から言っていいか確認は取るべきだったね」
 流石に反省もしてくれているし、これ以上頭を抱え続けているのも失礼だろう。
 「それで、昨日の話なんだけどさ……」
 僕がそう切り出すと花宮さんは途端にいつもの調子を取り戻した。
 「そう!『お手伝い』の話でしょ!私もちゃんと家に帰って話まとめてきたから聞いて欲しくて」
 花宮さんが表情をパッと明るくして話すものだから言いずらかったけど、さすがにこれは言わないと駄目だ。
 「ごめんなさい。昨日も言いましたけど、やっぱり僕には無理です……。もちろん、代わりになにかあれば聞くので――」
 「そっか、仕方ないよね。蒼唯君の意見も聞かないといけないもんね」
 それから花宮さんが心の中で発した言葉に僕は息を飲んだ。
 (受けてくれなかったら、蒼唯君が心を読めることを学校のみんなにバラしちゃうかも)
 「え?」
 そんな花宮さんの脅し文句が頭に響いた。
 この人は可愛い顔をした悪魔だったのだ。
 「というか、花宮さん。心の声消してたんじゃないの!?」
 「あ、やっぱり聞こえてたんだ」
 一体どうやってそんなことしてるんだ?
 心の声が聞こえないと思ったらいきなり聞こえるようにしたりして。
 こんなことできる人に会うのは初めてだ。
 「本当にいったいどうやってるの、それ……」
 「さぁ、当ててみる?」
 僕には到底当てられない話だから黙りしていると花宮さんはニヤリと笑った。
 「それで、どう?受けてくれる?」
 「分かりましたよ!やればいいんでしょ!」と口から溢れ出る。
 苦渋の決断だったが心を読める力を広められることと比べたらそ断然そっちの方がいいに決まってる。
 僕が心を読めることが知られたらいよいよ僕の学校生活が終わってしまう。
 心が読める人なんて絶対に疎まれるし、良くて厨二病のやばいやつだ。
 「よく言った蒼唯君!」
 (こう言えば了承してくれると思ったよ)
 その言葉でハッとした。
 僕にそう言ったら願いを聞いてもらえるという確信は彼女にはなかったんだ。
 だから、彼女は僕に鎌をかけた。
 僕がすべきだった行動は「だから何?」と開き直り、その情報を広めても花宮さんが変な目で見られるだけだと強気な態度でいることだった。
 この条件を呑んでしまったことで、僕は彼女に弱味を握られてしまったんだ。
 「……花宮さん。嵌めましたね」
 「まぁね!」
 すごくいい顔で笑ってるよ、この人は……。
 最初から僕に断られること予想して、僕が首を縦に振るように仕向けてたんだ。
 わざわざ隠してた心の声まで読ませて。
 この人と一緒に居るときは頭を抱えてばかりだ。
 「これからよろしくね。蒼唯君」
 彼女はイタズラっぽくニヤリと笑い、僕に手を差し出した。
 元はと言えば、僕が彼女を殺人鬼と勘違いしたところから始まったんだ。
 さらに言えば、僕が軽率に「なんでもする」なんて言ったのも悪かった。
 彼女は別に僕にとんでもない要求をしている訳でもない。
 全て僕が招いてしまった結果なのだ。
 そう。僕が悪かった。
 だから、僕がこの件は責任をもって片付ける必要がある。
 それが自分を納得させるためだけの言葉であることは分かっているけどそう思わずにはいられなかった。
 「分かりました。これからよろしくお願いします」
 顔を引き攣らせながら、彼女の手を取った。
 そんな僕とは対照的に自然な笑みで「うん。よろしく」と言う彼女は、とびきり眩しく見えた。