「蒼唯のお父さん、後どれくらいで到着しそう?」
 「えっと、仕事が終わりのメッセージをもらって十分くらい経ったしあと少しで来るはずなんだけど」
 「了解!蒼唯のお父さんが来たら私は別の場所に行くから、その後は二人で話してね」
 「ありがとう、わざわざついてきてくれて」
 父さんに「父さんと話したいことがあるんだけど、今日会える?」とメッセージを送ると急な連絡なのにも関わらず父さんからすぐに「仕事を早めに切上げる。どこへ行けばいい?」とメッセージが届いて、僕らは離婚前に通っていたファミリーファミレスに集合する予定を立てた。
 紫音は「やっぱり愛されてるじゃん」と言っていたけど、僕はやはり不安を拭えずにいた。
 人は上辺ならいくらでも取り繕うことができるからだ。
 本来なら取り繕うことは悪いことじゃない。でもこの力のせいで僕はその人の本音が聞けてしまう。
 きっと優しい父さんは上辺では僕に優しく接してくれるに違いない。
 心配なのは心の声の方だ。
 心の声を隠すことができた紫音でも、心の声を偽ることはできなかったし実際にそれを実現できた人を僕は見た事なかった。
 心の声では嘘をつけない。
 僕は内容がどうであろうと父さんの僕への本音が否応なしに聞こえてしまうんだ。
 僕はなんと言われるだろうか。
 あまりの不安の感じ様に紫音も父さんがファミレスに到着するまでは一緒に居てくれていることになった。
 一人でいつまでも悩んでいるよりも紫音のように明るい人が傍に居てくれるだけで随分と気持ちが楽になった。
 ……恋心を自覚してしまったせいでちょっとだけ、本当にちょっとだけ、ドキドキもした。
 「蒼唯!」
 (あぁ!本当に蒼唯だ)
 ファミレスすぐ横の曲がり角からスーツを来た父さんが出てきた。
 父さんの額には秋も終わるというのに汗が滲んでいた。
 本当に仕事が終わってすぐに来てくれたんだ。
 父さんばかりに気が向いていると左手のブレスレットが振動して慌てて紫音の方を見た。
 (それじゃあ、あとは頑張ってね!)
 紫音は父さんにぺこりと一礼し、父さんが出てきた方とは逆の側の曲がり角を曲がって去っていく時にまた紫音の声が頭に響いた。
 (困ったら蒼唯の気持ちを素直に伝えてごらん。案外、人って言うのは実際に口に出して言わないと何も伝わっていないものなんだから。蒼唯はもっと自分に素直に生きてみてもいいと思うよ)
 紫音はそれだけ言うとすぐに姿が見えなくなった。
 紫音は何が伝えたかったのだろうか?
 「蒼唯、元気にしてたか?」
 「え!?あ、うん」
 いや、今はそれどころじゃない。
 やっと父さんに会えたんだ。今はそれに集中しないと。
 久しぶりに見た父さんは記憶の中よりも白髪が増え、僕が大きくなったからか、なんだか小さく見えた。
 「とりあえず、店入るか?」
 「うん」
 平然を装って発した声は震えていた気がした。
 中に入ると案内されたのは偶然にも昔いつも使っていた厨房横の角のテーブル席だった。
 (蒼唯、背が伸びたなぁ。もう越されてしまっただろうか?)
 席に座る時も仕切りに父さんの心の声が聞こえてくる。
 「それで、いきなりどうしたんだ?何か困ったことでもあるのか?」
 「それは……」
 しまった。父さんに会うこと自体が目的で会った後のことを何も考えていなかった。
 会いに来ただけ。なんて言ってわざわざ慌てて来てくれたのに面倒くさいやつだと思われないだろうか。
 父さんにだって、今の父さんの生活があるだろうに、僕がそこに割って入っても良かったのだろうか?
 「どうした、蒼唯?」
 『困ったら、蒼唯の気持ちを素直に伝えてごらん』
 さっき聞いた言葉がやけに耳に残っていた。
 素直な気持ちを伝える……自分に素直に生きる……。
 そんなこと、僕がしてもいいのだろうか。
 心の声が聞こえる前までは、多分僕もそうやって生きてきた人だった。
 でも心の声が聞こえるようになって、人の本音が聞こえるようになった。
 そこで僕の生き方は間違いだったんだと気がついた。
 (あいつがいると場がシラケるんだよな)
 今だって、そんな言葉たちが僕の頭から離れない。
 『誰かの物語ではいい主人公でも、違う視点からだと悪役になったりする』
 これも紫音が言っていた。
 なんだか今日の紫音はいいことばかりを言う。
 そしてそれを全部覚えている僕も僕だなって思って暗かった気持ちが前向きになる。
 僕は最初、出会う人全員に対していい人で居られるように努めた。
 そしてそれが失敗に終わり、いつしか人が嫌いになって避けるようになった。
 紫音やみんなのおかげで今は多少だけど人と話すようになった。
 それでも今だって人と話して嫌われるのは嫌いだ。
 でも今この瞬間だけは悪役でもなんでもいいから、父さんとただ話してみたいと思った。
 悪役でもいい。そう思うと心が少し軽くなった。
 悪役でいいなんて思えたのはこれが初めてだ。
 意を決して父へ向かって口を開いた。
 「父さんに……久しぶりに、会いたくて」
 「俺に、会いに?」
 やっぱり僕の声は少し震えてしまっていた。
 父さんは驚いた顔をして(そうか)と心の中で呟いた。
 さぁ、どう反応されるだろうか。
 面倒くさいやつと思われるだろうか。
 それとも用もないのに呼んだことを怒るだろうか。
 父さんは席から身を乗り出し、右手を上へ振り上げた。
 「っ……!」
 僕は咄嗟に身構えたが次に訪れたのは空を裂くような平手の音でも、鈍い痛みでもなかった。
 「よく来たな。俺も会いたかった」
 父の大きな手は僕の頭を優しく、包み込むように撫でていた。
 「メールくれてありがとうな」
 (こんなことならもっと早くに連絡してやれば良かった)
 肝心の父さんの心の声も僕を思うような言葉ばかりだった。
 今までの僕の不安は杞憂だったようだ。
 「……僕はもうそんなに小さくないよ」
 「俺からしたら蒼唯はずっと子供だよ」
 そう言って父さんも僕の頭をこねくり回し、父さんも僕も涙を堪えて笑っていた。