父さんと会う。
 その想像をするだけで僕の足は鉛のように重くなった。
 もし会ったらどうなるだろうか。
 (お前のせいで俺達は離婚したんだ)とか(何で来たんだ。顔も見たくなかった)とか言われるかもしれない。
 心が読める力なんてなかったら僕だってそこまで考えなくても良かったかもしれないのに。
 思い返してみればいつもそうだ。
 僕をこんな性格にしたのは、僕を絶望させるのはいつもこの力が原因だった。
 なつくんの時だってそうだ。
 小さい頃はそこまでの考えに至らなかったけど、彼のしたことは別に酷いことなんかじゃなかったんだ。
 一緒に遊びに行きたいと言った僕に対してなつくんは実際は口では「いいぜ!」と嫌な顔なんて全くせずに言ってくれた。
 (こいつがいると場がシラケるんだよな)
 それと同時に思っていた心の声を勝手に聞いたのは僕の方だ。
 あの時のなつくんの対応は至って普通の、心の読めない人にとってはとても大人でいい人の対応だっただろう。
 それと同じように父さんも表の顔では子供の僕にいい言葉をかけてくれるかもしれない。
 けど実際にそう思っているかどうかを知れてしまう僕はやはりどうしても行く気が起きない。
 「どうしたの蒼唯?足なんか止めてなんかあった?」
 「え、いやなんでもないよ」
 紫音のお母さんへのお墓参りのために道を歩いているっていうのに急に足を止めてしまうほど僕の意識はその事ばかりに集中してしまう。
 「なんでもないことないでしょ?まだ怖い?お父さんと会うこと」
 「だから、それじゃないって」
 図星をつかれて本当はそうなのに嘘をついた。
 僕は人と話すのも苦手であれば嘘をつくのも苦手みたいだ。
 言い訳を探すように目線を動かすと公園から道路にはみ出した満開の金木犀があって思わず見惚れた。
 「……金木犀を見てたんだ」
 「金木犀?いい匂いだけど、何か思い出でもあるの?」
 紫音は不思議そうに尋ねた。
 「僕が心を読めるようになった時に今まで知らなかった、人の黒い部分に晒されて気分が滅入っている時に僕を慰めてくれた子がいたんだけどその子は僕を慰めるために手の平いっぱいの金木犀の花をくれたことがあるんだ」
 金木犀を見ていたというのは咄嗟に思いついた苦しい言い訳だけどこの話は嘘じゃない。
 僕はもう名前も顔も覚えていないその子に実際に救われたんだ。
 「……可愛いお友達だね」
 「ちょっと待っててなんて言って家まで帰って摘んできてくれたみたいで、帰ってきた時には息も絶え絶えで」
 僕はその時のことを思い出してクスッと笑った。
 「人の負の面を目の当たりにした僕にとって、あれが本当の人の善の面に出会えた瞬間だったんだ」
 「その子は今はどうしてるか知ってるの?」
 「いや、知らない。心を読んだ限りではその時にはもう引っ越しが決まっていたみたいで僕らが出会ったのはその数回きりなんだ」
 紫音は僕の顔を覗き込んでまじまじと見つめた。
 「え、紫音?どうしたの?」
 「……その思い出が今まで蒼唯を支えてきたの?」
 「僕を……支えてきた?」
 僕を見つめたままの状態で紫音は口を開いた。
 僕を支えた?
 そうなのだろうか?
 「そう。だって、そのことを話している今の蒼唯のずっと笑ってるからそうなのかなって」
 紫音は今の僕がそうであるかのようににんまりと笑って見せた。
 手で口角を触ってみると確かに口角が上がっている。
 「そう……なのかも」
 「ほらね!」
 でも、紫音の笑顔はやりすぎだ。
 僕がそんなに笑ったら表情筋がつってしまう。
 「じゃあ、その子は蒼唯にとって特別な子なんだね」
 「……今となっては僕の昔の初恋の人に当たるんじゃないかな?」
 「へぇ、初恋」
 「……なんで紫音がそんなに笑ってるのさ」
 「えっ?私笑ってる?!」
 「笑ってるよ、ニヤニヤ顔でね。そんなに僕が恋愛してたのが意外?」
 今度は紫音が自分の口角を触り、「あれ?ほんとだ?!」なんて一人で呟いている。
 「なんというか……蒼唯にもそういう時期があったんだなぁって」
 「もう!早く行くんでしょ?!」
 未だニヤニヤが止まらない紫音からそっぽを向いて僕は歩き始めた。
 元はと言えば僕が止まったから始まった会話だと言うのに、照れ隠しとはいえ言える立場ではないけど当の本人は気にしていないしそのまま僕は紫音の横を通り過ぎ、前を早足で逃げるように歩く。
 (そこ左だったけど蒼唯には黙っとこ)
 「それをもう少し早く言ってよ!」