「おい!乃々!」
 朝学校に来ると僕は泣いたまま怖い顔をした乃々さんに思い切り左手を掴まれて上に挙げられた。
 僕らはほとんど同じ身長だから、上に挙げられた腕からは長袖のカッターシャツとカーディガンが下に落ちてきてブレスレットが顕になった。
 「え?!乃々さん、どうした……の……」
 (やっぱり……)
 そう乃々さんの声が頭に響くと僕の話も聞かず、乃々さんは僕の手をパッと離してそのまま何も言わず走って教室の外まで出ていってしまった。
 「蒼唯!大丈夫か?」
 「大輝。乃々さんどうしたの?泣いてたけど……」
 「ねぇ!乃々ちゃんが泣いて教室から出てきたんだけど何があったの?!」
 教室に今来た紫音が慌てて入ってきた。
 「紫音か!あいつどこに行った?」
 「分かんない。ねぇ、大輝何があったの?!」
 「それは……」
 大輝は紫音から目を外し周囲を見た。
 授業もあと十分もしたら始まる時間だ。
 今の時間帯は電車や朝練の関係で一気に人が教室に入って来る時間。
 今だって教室内にいる十数人は(どうしたの?)(何があったの?)と心の中でも実際の声でもざわつき始めている。
 「大輝、紫音。一旦外で話さない?」
 僕が提案すると大輝は(ありがとう、蒼唯)と心の中でお礼を言った。
 でも、今はそんな大輝が一番青い顔をしている。
 一部始終を知ってる大輝から何が起こったのか心の中を読もうにも今の大輝から聞こえる声は支離滅裂な状態だ。
 周りの目もあるし一旦外に出る方がいいだろう。
 紫音に目配せすると紫音もそれに気づいたのか「ほら、大輝一旦外行くよ」と大輝の背中を押して僕ら三人は教室の外を出て、そのまま隣の棟の空き教室へ移動することにした。
 隣の棟は旧校舎で使われてない教室達の鍵は今使ってる新しい棟が建設されてから紛失したらしく空き教室の鍵は常に開けっ放しで今の僕らには都合が良かった。
 「それで何があったの?ゆっくりでいいから話せる?」
 自販機から買った水のペットボトルを大輝に渡しながら言うと大輝は水を受け取るだけで飲まずにペットボトルをぼんやりと力なく眺めていた。
 「俺だってよく分からない。話してたら急にああなっちゃんたんだ」
 大輝も混乱しているようだった。
 それもそうだ。
 いつも気丈に振舞ってる乃々さんが涙を流しながらあんだけ取り乱していたんだ。
 「でも、蒼唯なら分かるんじゃないか?心が読める蒼唯なら」
 「え?蒼唯心が読めること大輝に言ったの?!」
 紫音が僕の方を見て目を見開いた。
 友達なんていらない、人が怖いなんて言ってた僕がその原因であるこの力について人に教えるなんてちょっと前ならありえないことだし、紫音が驚くのも無理は無い。
 「うん言ったよ。でもその話は一旦後にしよう」
 「そうだね。今は乃々ちゃんが最優先」
 さすがは紫音だ。すぐに気持ちを切り替えた。
 「それでどうなんだ蒼唯?なんか分からなかったのか?」
 「去り際に乃々さんは『やっぱり……』って言って教室を出ていったことくらいしか……」
 「『やっぱり』ってどうゆうこと?何がやっぱりだったの?」
 「分からない。でも、心当たりがないことは無い……。だから大輝。朝何があったか話してくれないかな?」
 大輝は僕の言葉にハッとしてペットボトルからようやく目を離す。
 「分かった。朝何があったか包み隠さず全部話すよ」